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2005/09/26

露草…陽炎(かぎろい)の青

 9月の季語(季題)例を眺めるのも、あと僅か。
 採り上げたい季語はまだまだあるが、今日は「露草」を。
 と思ってネット検索していたら、「エッセー・夏「露草」 : 和の学校から : 文化 伝統 関西発 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」といった素敵なエッセイの頁を見つけてしまい、これ以上、何を書くことがあろう、屋上屋を架すことすらできそうもないと、一気に書く気が萎えてしまった。
「花は夜明けとともに開き、昼にはしぼんでしまうので、その短命さが朝露にたとえられて、この名前があるのでしょう」とか、「露草」のほかに、「蛍草(ほたるぐさ)、月草(つきくさ)、鴨跖草(つきくさ)、青花(あおばな)、うつし花、帽子花(ぼうしばな)など、多くの名前を持っています」とか、「いにしえより、この花の汁は摺り染めに使われていましたが水で洗えばすぐに流れてしまうことから」、「古くから青花(あおばな)の名前で、友禅染の下絵用に改良品種が栽培されてきました」など、本日の季語随筆は、これにてお終い! としたいものだ。

 が! さにあらず。蛇足と余談と雑談の好きな小生なのだ、続きが延々と!

10月の西荻の花」の「露草」の項には、「別名、縹草(はなだそう)ともいい、花びらの色は縹いろと言われ上品な薄い青色は、染料として宮廷や僧侶に愛用されました」などとして、以下、露草の色(色素)について、縷々、説明が施されている。
「花びらには、アントシアンの一種であるコンメリニン(commelinin=露草の学名でもある)という色素を含んでい」るという。
 柴田桂太(1877-1949)という植物生理学者が「植物の発色メカニズム論争に終止符を打」ったという話は興味深い。彼は、「金属錯体説」を打ち出したというが、その理論は専門的に過ぎるので、「10月の西荻の花」を覗いて見て欲しい。
「柴田桂太」氏については、「20世紀のわが同時代人   柴田桂太   三浦義彰」がいいかも。なかなか興味深い逸話も載っているし。
 ほかに、「柴田記念館」など。

 ところで、上掲の「エッセー・夏「露草」 : 和の学校から : 文化 伝統 関西発 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」に掲げられている、「花ではない、あれは色に出た露の精である」 (『みみずのたはごと』徳冨蘆花)という引用が印象的である。

 この寸言を俳句で表現したなら、こうなるかという有名な句がある。つまり、「露草も露のちからの花ひらく  飯田龍太」である。
Yahoo!ブログ - フォノン通信」を覗くと、今の飯田龍太の句の他、「露草の露千万の瞳かな   富安風生」や「露草を面影にして恋ふるかな   高浜虚子」などの句の存在を教えてくれた。
 ネット検索すると、「ikkubak 2001年8月18日」に「脚折りし馬露草の露の上    奥田浩子」なる句が見つかる。この句への坪内稔典氏による鑑賞文は、是非とも一読してもらいたいものだ。
ikkubak 2004年8月9日」では、「露草や飯噴くまでの門歩き    杉田久女」なる句が載っている。

 高名なのか無名なのか知らないが、「今日の季語 記録帳」で見つかった「人影にさへ露草は露こぼし   古賀まり子」という句は、何気ない光景への気付きが床しい。

 再度、「エッセー・夏「露草」 : 和の学校から : 文化 伝統 関西発 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」に戻る。『万葉集』から、「鴨跖草(つきくさ)に衣(ころも)色どり摺らめども移ろふ色といふが苦しさ」という歌が引かれている(意味合いは、このサイトを覗いて欲しい)。
 上でも色(色素)のことに触れたが、色のこととなると、以前にもこの季語随筆「春光・色の話」にて紹介・参照した、「色の万華鏡」サイトを覗くに限る。
 その「青花紙を使う」なる頁を覗いてみる。ここでは露草など、青色に焦点を合わせた話が興味深く詳述されている。
「露草色」とは、「夏、路傍などに 咲く、露草の青い花の色をさしている」のであり、「古名をツキクサといい、月草、鴨頭草とも書かれる」という。
 ここでも、『万葉集』からとして、「鴨頭草(つきくさ)に衣(ころも)色どり摺らめども移ろふ色といふが苦しさ」(巻七)が紹介されつつ、露草の花の色の移ろいやすさが語られている。
「青花の色は水にひたすとさっと溶けてなくなることから、 友禅などの下絵を描くために古くから使われてきました」 という、下絵を描く光景など、見応えがある。
青花紙を使う」にも紹介されているように、『枕草子』には、「つき草、うつろひやすなるこそ、うたてあれ」という一節がある。
「うたてし」にはあるいは、①嘆かわしい。気にくわない。いとわしい。②情ない。気の毒だ。同情される。(「全訳古語辞典」より)といった意味合いがあるらしい。
 一体、このうちのどの意味だと受け止めるべきなのか。「中古では語幹「うたて」だけが用いられることが多く、中古末期から形容詞の用法が一般化する」(古語辞典=旺文社)というからには、①の「嘆かわしい。気にくわない。いとわしい」なのだろうか。
(ちなみに「広辞苑」によると、「①心に染まない感じである。いやだ。情ない。あいにくだ。②心が痛む。気がかりである。気の毒である。③わずらわしく厄介だ」とか。)
 清少納言なら、「同情される」くらいの理解を持ってもよさそうだが、彼女の決然とした気質には移ろいやすさがそのように情ないものと映るということか。

 さらに蛇足など。露草色とは。「~~露草色を選んだあなた~~ 柔軟さのある日です。 普段好きになれない人でも、 “話を聞いてみようかな?”なんて 気分になるかも…。 そんな行動も決して無駄ではありま せん。良い情報を手に入れたり、 周囲の人は、あなたを見直す事 でしょう。」というからには、もう少し、話を綴ってみてもいいのかも。
 といっても、もう、書き疲れたので、「色見本の館- Corrected Color2000」を覗いてお終いにしたい。

 今の時代、古代の人が感じたようには、露草の儚い移ろいやすさなどの趣や風情など、もう、感じ取ることなどできなくなっているのだろう。それでも、江戸時代の終わり頃までは、なんとか微細な変化の無常を見つめる余裕もあったのかもしれない。
 そう、プルシャン・ブルーの衝撃を受けるまでは!
 もう、何も言うまい。「美の巨人たち 世界を巡った”危険な色”~プルシャン・ブルー~」を覗いてみれば十分だ。
 プルシャン・ブルーというと、葛飾北斎の「凱風快晴」の空の青だ!
 露草も露草色も南蛮渡来のプルシャン・ブルーに圧倒されてしまったのだ!


 露草は移ろう時のエキスかも
 露草や露の命の形なす
 露草の道を歩いて日が暮れる
 露草の儚き青の恋なるか
 残り香を露草の色に溶かしける
 面影を露草の露に浮かべてる
 露草は陽炎(かぎろい)の青映してる
 露草は月草のごと満ち欠けし

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コメント

TB頂きまして、ありがとうございます。
白い露草は、他の方のブログで拝見して、一度見てみたいと思っていました。
確かに、古来よりのイメージは崩れるかも知れませんね・・・。
しかし、一年草ですから、この花が継続的に咲き続ける可能性は低いようです。
まあ、「幻の白い花」と考えれば、露草の青い花というイメージは、守れるように思います。

様々な書物からの引用、サイトの紹介。とても、楽しく拝見させて頂きました。
また、お邪魔させて頂く事にします。
宜しくお願い致します。

投稿: albireo | 2005/09/27 13:00

albireoさん、来訪、ありがとう。
白い露草。個々には稀でも、古来よりそういった変異はあったのかどうか。あったとしたら昔の人も気付いていたはずのように思えるのです。われわれよりも花や草を見る機会も時間もたっぷりあった(そんな人もいた)はずですし。
「幻の白い花」という理解、興味深いです。

貴サイトは毎日の画像が素晴らしいです。曼珠沙華もトンボたちも。
写真や古文書が好きだとか。古文書、小生も読めるようになりたいという」思いはあるのですが、なかなか。

投稿: やいっち | 2005/09/28 14:59

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