嶋岡 晨著『現代詩の魅力』抜粋(5)
黒田喜夫(きお)「空想のゲリラ」
もう何日もあるきつづけた
背中に銃を背負い
道は曲りくねって
見知らぬ村から村へつづいている
だがその向こうになじみふかいひとつの村がある
そこに帰る
帰らねばならぬ
目を閉じると一瞬のうちに想いだす
谷川雁「東京へゆくな」
ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから
おれはみつけた 水仙いろした泥の都
波のようにやさしく奇怪な発音で
馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい
なきはらすきこりの娘は
岩のピアノにむかい
新しい国のうたを立ちのぼらせよ
つまずき こみあげる鉄道のはて
ほしよりもしずかな草刈場で
虚無のからすを追いはらえ
あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ
おれたちのしりをひやす苔の客間に
船乗り 百姓 旋盤工 坑夫をまねけ
かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき
それこそ羊歯でかくされたこの世の首府
駈けてゆくひずめの内側なのだ
高野喜久雄「独楽」
如何なる慈愛
如何なる孤独によっても
お前は立ちつくすことが出来ぬ
お前が立つのは
お前がむなしく
お前のまわりをまわっているときだ……
中江俊夫「夜と魚」
魚たちは 夜
自分たちが 地球のそとに
流れでるのを感じる
水が少なくなるので
尾ひれをしきりにふりながら
夜があまりに静かなので
自分たちのはねる音が 気になる……
堀川正美「声」(『太平洋』より)
たれさがった空のへりがゆれてはねあがる
そして空はときに
空であることをたしかめるために
そのへりをひきあげている
そしてまたおりてきて
さらにとおくのぼっている
その熱のなかでつくられた
熱より熱いものが
たちあがって……
さわる。
木目の汁にさわる。
女のはるかな曲線にさわる。
ビルディングの砂に住む乾きにさわる。
色情的な音楽ののどもとにさわる。
さわる。
さわることは見ることか おとこよ。
さわる。
咽喉の乾きにさわるレモンの汁。
デモンの咽喉にさわって動かぬ憂欝な知恵
熱い女の厚い部分にさわる冷えた指。
花 このわめいている 花。
さわる。……
粒来哲蔵(つぶらいてつぞう)「商こ伝説」
(註:商この「こ」は漢字が見つからず表記できなかった)
母が買ってきたのは女だった。そいつは縁側におくと、黙って袂から手機(てばた)をとり出し、鹿子曼荼羅(かのこまんだら)を織りはじめた。女はひもじかったので私を食い、庭先にペッペッと唾を吐いた。庭先には子供が生えて、そいつは歌をうたい、棒切れをふりまわした。……
粕谷栄市「世界の構造」
男の笑顔は、殆ど豚の顔だが、よく見ると、その足元に、同じように一人の子供が、小さな子豚を抱いて笑っているのだ。
それを眺めていると、何故か、私はひどく幸福な気分になる。……
吉岡実「僧侶」
四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自涜(じとく)
一人は女に殺される
山本太郎「讃美歌」
ぼく きとく
魔術師 めざめよ
マーガレットが またひとつ枯れる日
金魚の死ぬや 美しく
返(へん) 待つ
君が愛を語れ
ぼく 幼にして痴ドン
酒くらい よからぬことのみ好み
助(すけ) たのむ
礼金 はずむ
盛場の木馬の鞍に
蘇りませ 主よ……
山本太郎「チャルメラ・マーチ―原爆幻想―」
ぼかあ 銀色透けた指かざし この日も 屍人焼くとて立昇る煙を眺め 貝殻細工の鼻ひしびしに レンガの道でひとりチャルメラを吹く
《ひとの心みぢん つらぬき
あれは無残な天使だつたといふが》……
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