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2005/08/26

池田晶子と埴谷雄高にオン!?

 池田 晶子著の『オン!』(講談社)を車中で読んだ。タイトルの全体を示すと、『オン!―埴谷雄高との形而上対話』である。
 実際、池田晶子氏の「最後からひとりめの読者による「埴谷雄高」論」と題された「埴谷雄高」論や、「註解『不合理ゆえに吾信ず』(池田晶子)」なども載っているが、直接・間接に埴谷雄高との<対話>を意識している。
(本書の目次を見てみよう→「オン! 埴谷雄高との形而上対話 目次」。これは、「はやちゃんのホームページへようこそ」と銘打っているが、「埴谷雄高さんの書籍、書誌、文書名辞典、小説「死霊」キーワードを取りそろえました」という、「埴谷雄高のサイト」の一頁なのである。)

 先に進む前に、本書の内容を出版社側のレビューで示しておくと、「埴谷を興奮させた50歳下の若き女性哲学者   ハニヤユタカ、イケダアキコ、それぞれの固有名で扮装した「よく似た意識」が遭遇して9年。思想史上のエポックともいうべき86年と92年の対話、流浪の処女論考「埴谷論」の決定稿、ほか、この1冊が、埴谷雄高を「難解」から解き放つ。いざ、スイッチ・オン!」である。

 彼の常でサービス精神が旺盛なので、埴谷が興奮しているかどうか、よく分からない。けれど二人は<出会って>から、埴谷の死に至るまで十年ほど、二度の対話を含め、意識しあう部分があったのかもしれない。
 が、埴谷の本を、特に対談を読むと、彼にそもそも対話や対談が成り立つのか、成り立っているのか、次第に疑問に感じられてくる…終いには、対話を彼は地上の誰彼とはしていない、眼中になく、彼の抱え込んだ、それとも彼を捉え込んでしまった何物かと対峙しあっているのだと感じさせられてくる。

(念のために(?)断っておくと、小生は17歳の頃からの埴谷ファンである。彼の本はほぼ全て読んできたと思う。浩瀚な埴谷雄高全集も所蔵している。皮肉にも講談社から出たこの全集を揃えだす頃には、熱は覚めているのを自覚していたのだった…。彼が死去され、文学界(マスコミ)から存在感が薄れてきたから? 悲しいかな、さすがに小生も彼の文学に限界を悟らざるを得なかったのである。)

 埴谷を捉えた妄疾のようなものを読者は強烈に感じてしまうのだ。目の前に誰が居ても、彼の目は相手を透かして背後の闇の存在を見つめてしまっている。
 あと一歩、闇の道を踏み外してしまったら、この世の何をも、誰をも見えなくなり、感じなくなり、彼の世界の中に閉じ篭り、閉じた系の中をひたすらに経巡るのみになってしまっている、そんなギリギリの境に、辺縁に彼はいたように思える。
 が、実際には彼はこの世に踏み止まり、誰彼に対しても徹底して付き合い、相手を理解しようとし、励まそうとし、ついには、埴谷教の信者たらしめんとする。
 
 埴谷のことを語る前に、本書の筆者である、池田晶子氏のことを語らないと片手落ちということになるのか。
 が、小生は、彼女の本を一冊も読んでいない(多分)。『14歳からの哲学 考えるための教科書』(トランスビュー)など、興味深いタイトル名の本が出ていることは知っているし、書店でも図書館でもパラパラ捲ったことはあるが、じっくり付き合ってみたことはないのである。
(彼女の著作については、「池田晶子著作目録」を参照。)
 要するに、本書での出会いが初対面ということになる。幸福な出会いであったかどうか…。

 埴谷は妄想を頻りに口にする。「思考実験」の巨大な可能性を強調する。文学こそは自由な形式が持ち味だけに、哲学でも論文にも書けないありえざる世界を表現し、作品の中にあらしめることができるという。その極北に詩があるとも語っておられる。
 そもそも、哲学も淵源の地・古代ギリシャでは、論文ではなく、それぞれの哲人が固有の表現を駆使していた。そこには、文学でもなければ、学術論文でもなければ、哲学というには器が足りない、詩と文学と哲学の未分化な表現世界が展開され示されていた。
 小生が大学生になり、埴谷の本を読み漁っていった中で、ちょっと嬉しかったことが一つある。それは、山本光雄訳編の『初期ギリシャ哲学者断片集』(岩波書店刊)は学生になって購入し愛読し枕頭の書にもなった本を、埴谷もまた愛読していたことを知ったことであった。
 埴谷自身の言葉を引用しておこう(拙稿参照。あるいは「パンタ・レイと諸行無常との間」も読んでね):

この本のターレスの章の最初に出てくるディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシャ哲学者列伝』は、英語かフランス語かドイツ語で必ず読みました。僕たちの時代は、文学青年のはじめは必ず読んだのですよ。この本は、山本光雄訳編の『初期ギリシャ哲学者断片集』(岩波書店刊)とともに、老年になってからの愛読書にもなりました。

 詩と哲学との未分化な、原初的表現世界。「旧約聖書」の一部や初期ギリシャ哲学者の断片の数々。たくまずしてのアフォリズム。
 埴谷は、何処でだったか忘れたが、対談の中で、自分が病に倒れ気力が失せ、思索も執筆も読書する意欲もなくなったとして、最後の最後まで手放さない読書の分野は、天文学だと語っていた。
 何一つやる意欲も気力もないほどに落ちひしがれてしまった…。そんな時期は幾度となく経験してきた。特に十代のころなど、何もしたくない、本など見向きもしたくない…。が、誰とも心を通わすことのできない自分、誰にも慰めの言葉もかけてもらえない自分をさんざん痛感してきた。
 長い夜。手の温もり、人の情。と思いつつも手が伸びるのは、数学の本や物理、特に素粒子論の本、生物学の本、というわけで、詩や戯曲や歌も含めて文学書ではなく、宇宙と生命の根源に迫らんとする学問の、そのほんの雰囲気のお零れに過ぎないのだけれど、その肌に接しようとする自分がいるのだった。
 その性向は今も変わっていない。
 そんなささやかな読書体験を通じて感じたのは、埴谷が妄想といい、思考実験を強調している、その最中、たとえば素粒子論の世界でも、相対性理論と量子論という根底において相容れない両者の合体を目指して、素粒子論(これはいまや宇宙論でもある!)の世界で、とてつもなく壮大な思考実験…しかも、徹底した論理と数式と議論の試練に耐えつつの…が今、現に行われつつあるということ、さらに、物理学に限らず生物学にしても、際限のない世界が垣間見られつつあるという、学問の現実だった。
(その一端を、「『エレガントな宇宙』雑感(付:「『宇宙は自ら進化した』の周辺」)」の中で書いている。)
 
 埴谷が妄想といい、思考実験を強調しているのは、その通りなのだとしても、また、それは詩的文学であり、若干の哲学なのかもしれないとしても、彼が妄想に耽っているその同時代において(埴谷自身、関係する文献は読み漁っていたはずだ)、知の突端を行く人たちが、妄想にも空想にも踏み込むことはないにもかかわらず(当然だ、学問なのだし、他の学者の徹底した批判や検証や議論という試練に耐えなければならないのだ)、数式と理論に裏打ちされつつ、目くるめくような思索と研究が実行されつつあることを小生は、素人なりにひしひしと感じてしまうのである。
 宇宙や生命の一回性の自覚を迫りつつあるのは、何も素粒子論(宇宙論)の分野に限らない(一回性の極地が環境問題)。数学の世界、生物の世界、環境、政治(イラク戦争の愚かしさ!)、経済、文化、もっと言うと、卑近な日常を生きる市井の人の日々の生活の現場で、土壇場を生きつつ、人間の思考と感情と想像の世界を、それこそ鉗子(かんし)で(心の)肉体の傷口を抉るようにして、広めつつある。

 日常を徹底して生きるだけで垣間見えてくるものがある。自覚的に生きてあるだけで、感じられ想像を迫られ疑問に駆られ、選択を迫られ、アッハ!とプフィ!の連続になってしまったり。
 まさに池田晶子の本のタイトルにある「オン」=存在の世界の中にあってさえ、妄想をも脅かすような知見に満ちた現実が日々、展開されているということ。

 最後に、ブライアン・グリーン著の『エレガントな宇宙』(林 一・林 大訳、草思社刊)から、再度、ブライアン・グリーン自身の言葉を引用して本稿を終えさせてもらう。引用としては少々長いが含蓄があるし、読み甲斐があるものと思う(そう言えば、埴谷さんも随分、引用文が長かったっけ):

 宇宙に目を据え、これから出会うあらゆる不思議を予期するとき、私たちはまた、振り返って、これまでにたどってきた旅に驚嘆せざるをえない。宇宙の根本法則の探求は人間特有のドラマであり、人間の頭をめいっぱい働かせ、精神を豊かにしてきた。重力を理解しようとする自分自身の営みを生き生きと描いたアインシュタインの言葉――「切実な望みを抱き、自信と疲労を交互に感じつつ、最後に光のなかに出る、不安を抱きながら暗闇のなかを探った歳月」――は、間違いなく、人間の奮闘全体を表現している。私たちはすべて、おのおのの仕方で真理を旅し、おのおの、なぜ私たちはここにいるのかという問いに答えを望む。人類が説明の山をよじ登るとき、おのおのの世代は、前の世代の肩の上にしっかり立って、勇敢に頂上を目指す。いつか私たちの子孫が頂上から眺めを楽しみ、広大でエレガントな宇宙を無限の明晰さで見渡すことがあるのかどうか、私たちには予測できない。ただ、おのおのの世代が少しずつ高く登るなかで、ジェイコブ・ブロノフスキーが述べたことを実感する。「どの世代にも、転換点がある。世界の一貫性を見る、そして、表現する新たな仕方がある」。そして、私たちの世代が新たな宇宙観――世界の一貫性を表現する新たな仕方――に驚嘆するとき、私たちは星々に向かって延びる人間の梯子に梯子を付け加えて、自分の役割を果たしているのだ。

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コメント

「「14歳からの哲学」著者・池田晶子さん、死去」
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070302i512.htm
「哲学エッセーなどで人気を集めた文筆家の池田晶子(いけだ・あきこ、本名・伊藤晶子=いとう・あきこ)さんが2月23日午後9時30分、腎臓がんのため亡くなった」という。
46歳での死去。若い!

「昨夏に腎臓がんがみつかり、手術後は自宅で療養していたが、今年1月末に入院。闘病生活を続けながら宗教を論じた対談本『君自身に還れ』の出版準備を進めたほか、8日発売の「週刊新潮」に連載エッセーを寄せるなど死の直前まで執筆を続けた」とか。

合掌!

投稿: やいっち | 2007/03/03 08:49

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