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2005/08/20

猫じゃらし…エノコロ

 猫じゃらしと呼ばれたりする草の一種エノコロ(グサ)については、この季語随筆でも、2月の季語である「猫柳(ねこやなぎ)」(February 07, 2005)の項で、若干、触れたことがある。s-DSC00989

「猫柳」を見ると、ありがちな連想で「エノコロ」にも一言したくなったのである。

           これってエノコロ? →

 その中で、「ネコジャラシと猫の胃」というからの引用の形で、以下のように書いている:

狗児(えのころ)とは、子犬のことのようだ。「「イヌのコ」が「エノコ」の発音され、エノコは仔犬を指しました。漢字では「狗」という字を当てます。羊頭狗肉(ようとうくにく)の狗」なのだとか。

 今、ネット検索していたら、「水曜通信(2003-09-28)」の中に、次のような説明を見つけた:

「犬ころ草」が転訛して「エノコログサ」となったという説もあるが、語源的には「ヰヌ(いぬ)」を「ヱヌ(えぬ)」と言ったことに由来すると考えられる。これはワンが、ヱン、ヱヌと転じたもので、サワサワがサヱサヱ、サヰサヰとなったのと同様に、ワはヱ、ヰと転じる傾向がある。

 「水曜通信(2003-09-28)」からは転記しないが、ここには、猫じゃらしやえのころなどの語の織り込まれた句が幾つか紹介されている。
 それにしても、エノコロにしても、語源については、調べる余地がまだまだありそうだ。

「ネコジャラシと猫の胃」なる頁にもあるように、ネコジャラシには、エノコログサ、キンエノコロ、アキノエノコロ草といった仲間があるとか。ほかに、ムラサキエノコロもあると、「064きんえのころ」を覗くと書いてある。
ハマエノコロ」なんてのもあるらしい。

「猫じゃらし」を今日の季語随筆のテーマに選んだのは、たまたま、昨日、実に十日ぶりに仕事をしていて、何処かの交差点で信号待ちをしていたら、道路の分離帯の脇に小さなエノコロが数本、風に揺れているのを見つけたからである。
 ネット検索したら、ちょうどこんな風だったという画像を見つけた。これより、もう少し、花穂なども小さかったし、密生はしていなかったけれど。

 ま、その前に、エノコロ…猫じゃらしが好きだということがある。「猫じゃらし!のネロ」なんて掌編を書いたことがあるほどなのだ。
 子供の頃、野原のエノコロを折り取っては、遊び仲間同士でじゃれあった。相手の背筋にいきなり猫じゃらしを突っ込んでみたり、鼻先を擽ってみたり。

 猫じゃらしというネーミングのセンスもなかなかのものだが、エノコロの風情がなんともいい。
 都会だと、大概、目にするとしたら、何処かの家の庭先ではなく、路肩だったり、庭でも庭というか塀や柵から一歩、食み出したような、半端な場所である。昨日、見つけたように、分離帯の中に植え込まれている、なんてことは、まずありえない。コンクリートでブロックされた、その外側の透き間か裂け目から顔を覗かせている。
 だからといって、蔓や蔦のように頑丈そうな茎で懸命に割れ目から懸命に這い上がってきたという風情など、微塵も感じさせない。種か胞子が風に乗ってやってきて、そこに僅かな土埃があったから、ちょっと居着いてみただけ、といったさりげない雰囲気があるだけ。
Y.HADA'S Home Page」の中の「エノコログサ」という頁に画像を添えて付されている説明にあるように、「荒れ地や路傍、畑などに生育している」のである。
 が、その後の、「アレロパシー物質を分泌するとの報告もあり、荒れ地などでは一面に群生していることがあるのがうなずける」という点が理解が及ばない。

植物情報物質研究センター」の「アレロパシーとは?」を参照させていただく。
 冒頭に、「「アレロパシー:allelopathy」とは日本語では「他感作用」と訳されています。」とあるが、詳しくはリンク先を覗いてもらうとして、要は、「休閑畑や収穫後の田畑に緑肥作物を植えて生育させ、すき込み後に次の作物(を)植えることで農作地の雑草を減らすことが出来ます。」という点だけ、理解しておけばいいと思われる。
 エノコロは、荒地に育ちやすいし、群棲しやすいのだろう。

 となると、小生は、エノコロの、まさに猫じゃらし風な可憐で控えめな風情に好感を抱いていたつもりだったけれど、実際のところは、弱き者達が(本当は弱くはないのかもしれない!)肩を寄せ合い助け合うという、弱者(実は弱者を装ってはいるが、団体行動する強者、一人では生きられない…)の生き方に思わず知らず共感していただけなのかもしれない。
 一人で生きるほど逞しくはない、自分を弱いと感じている、実際、弱い…、でも、その実、群れをなすことで、他の種の存在が縄張りを侵すことを強く警戒している…。農耕民族の性(さが)そのものを示唆しているような植物ということなのか。
 でも、世界中の荒地などで育ちうるというのだから、農耕民族云々はこじつけが過ぎ、群れをなす弱き(けれど、集団を形成することで強い)人間たちを象徴している植物だという風に理解した方がいいのかもしれない。

 さて、順序がちぐはぐしているが、エノコロは、秋の植物であり、秋の季語でもある。
「エノコロ草」の織り込まれた句は、既に幾つかリンク先という形で紹介したが、ほかに、あるサイトを覗いていたら、以下の句もあると教えてもらった:

よひ秋やゑのころぐさもころころと    一茶

 弱きもの汝の名はエノコロか
 群れをなし秋風靡くエノコロよ
 秋の日をエノコロのごと浴びてみん
 猫じゃらし擽りすぎて洟(はな)垂れて
 猫じゃらし心をあやす草ならん

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コメント

エノコロのむこうに秋と夏  (>_<)

猫じゃらしの名前がぴったりの草ですね。
じゃれているつもりが、じゃれられていたりして

実家の田の畦にも、このエノコロが風に首をユラユラと、揺すっていました。

>猫じゃらし心をあやす草ならん
この句が一番好きです


投稿: 蓮華草 | 2005/08/21 21:16

蓮華草さん、エノコロって、「猫じゃらしの名前がぴったりの草ですね。じゃれているつもりが、じゃれられていたりして」ね、同感です。
お盆の間、田舎ではあまり見なかったような。
エノコロとなると、連想は、「ススキの穂」へと向かいます。
ススキって、枯れてなくても、寂しげな風景を漂わせてくれます。

>エノコロのむこうに秋と夏  (蓮)

 エノコロに見惚れてる間に秋の来る


投稿: やいっち | 2005/08/22 11:57

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