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2005/08/24

不知火…龍燈

 気が付けば8月も残すところ僅か数日数となってしまった。暑さにすっかり弱くなってしまった小生、暑い日々の過ぎ去るのを待ち望んでいたような…。
 でも、もっと単純にただただ暑さにめげていただけなのかもしれない。
 8月というのは季題が少ない月のようである。少ない月というと、2月や9月が少ない。一番、季語例の少ない月は、10月か11月のようだ。
 といいつつ、小生、まだ、季語と季題の区別もあやふやなのだと改めて痛感。「俳句ランド」の「編集後記」の中の、「イ 季題と季語の違いについて」なる項を参照させてもらう。
 そこには、「季題とは「春」「夏」「秋」「冬」(「新年」)のこと」、「季語とは「歳時記」や「季寄せ」に載っているもの」とあり、さらに説明が付されているが、小生には今一つ、ピンと来ない。

 季語や季題が少なくても、どの言葉も気になってならない。たとえば今日は、表題にある「不知火」が目に飛び込んできた。
 漁火による蜃気楼現象のようだが、詳しくは知らないし、まして見たことは、多分、ないはず。
(正体が分からないから、見たことがないと断定することもできない。)

 ネット検索していたら、次のようなコメントを見つけた

今日、9月7日は、「八朔」です。 そして、熊本の誇る唯一の季語「不知火」の出現し易い日でもあるのです。 地元の新聞によると、午前3時過ぎに”らしきもの”が見えたとか。 地球温暖化の影響もあって、年々小さくなっているとこのこと。 永尾(えいのお)神社が、絶好のポイントといわれているのですが、船を 出したりして、当日は結構な賑いです。

(注)このコメントの載っている頁の名前は、「喫茶去」。この言葉については以前、若干、触れてみたことがある→「麦茶…喫茶去」(July 24, 2005)」

 意味や、実際の画像はともかく、「不知火」なる季語の織り込まれた印象的な句が幾つか散見された。
歳時記に詠み込まれた音環境  岩宮 眞一郎  現代のエスプリ、354号、103-113,1997(1月号) (特集 サウンドスケープ)」では、鹿児島の項にて、「不知火の闇に目覚めて鶴の声   平尾みさお」が紹介されている(「岩宮眞一郎ホームページ」参照 )。
「不知火」が熊本なのに、何故、鹿児島かというと、「鶴の声」が毎冬一万羽の鶴がここを訪れる和泉市荒崎の「地の冬の生活の一コマを詠み込んだもの」だからのようだ。
「鶴の声」が郷愁を誘う。この音も「百選」の一つだ」とあるが、地元ならではの感懐が「鶴の声」にあるのだろう。

 この前に、『不知火の海裂きわたるほととぎす』を紹介すべきか(「熊日俳句大会/熊本日日新聞」より)。表題に、「天賞受賞の鶴豊子さん 句に込めた気迫が伝わった」とある。
 作者の鶴豊子さんは、「詠んだのは、ほととぎすを季語にした初夏の不知火海。“裂く”は引き潮の様子を強く表現しています。水俣病が主題ではありませんが、不知火海には当然その歴史もある。そこまでくみ取っていただいたのはありがたいし、句に込めた気迫も伝わったのでしょう」 と語っておられるが、「「水俣病を念頭に読んだ」という選者の正木ゆう子さんから「鳴いて血を吐く時鳥(ほととぎす)といわれる苦しみの代弁者としての時鳥に、海を“裂く”という強い表現を重ねた激しい句」と評され」ていた。

 そう、不知火は有明海の漁火による蜃気楼現象のようだが、すぐに水俣病を連想してしまう。世間的には忘れられつつある水俣病だが、「水俣病は終わっていない」のだ。
 ちなみに、患者認定申請者でつくる水俣病の患者の会の名称は、「水俣病不知火患者会」(熊本県水俣市、大石利生会長)であり、不知火が入るのである。

 不知火…水俣病と来ると、石牟礼道子氏の名を逸するわけにはいかない。忸怩たる思いを抑えつつ、彼女の名を挙げる。
 何故、忸怩たる思いが湧くかというと、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』もそうだったが、関心はあるのに、目に(耳に)タコができるほどに目にしているはずなのに、読んでいない本のタイトルが浮かんでくるからだ。
 そう、 『苦海浄土』(講談社)のこと。印象が(先入観が)重苦しくて、手にすることもできないできた。もう、いいじゃないか、もう分かったよ、読まなくたって内容は分かりきってるじゃないか…。
 ここでは、「文学にみる障害者像 石牟礼道子著 「苦海浄土 わが水俣病」  中島虎彦」なる頁を紹介するに留めておく。
 レイチェル・カーソンのほうは、過日、ようやく宿願を少しだけ果たしたが、次は、石牟礼道子氏である。
 ともかく、せめて上掲のサイトだけでも覗いてみて欲しいものだ。決して、水俣は終わっていないのである。世間や国や企業などが忘れたがっているだけなのだ。

 ネット検索していたら、「鶏肋帖」というサイトの中の一文が小生の関心を惹いた。
 このサイトは、「日本で見られる水鳥の中では最大ともいわれ、全長で1メートルほどある」「青鷺」を探究しているようだ。
 読んでいるだけで結構、楽しいのだが、ここでは、竹原春泉の『絵本百物語』からの引用文以下の項に焦点を合わせる。次の文が引用されている:

姑獲鳥又夜行遊女 天帝少女 鬼鳥といひ、 青鷺といえるもの、その居る處必づ燐火ありといはるる 即ち 小雨闇夜に青鷺の光るなり 龍燈の松にかかるもこの鳥なり

 その上で、「龍燈とは、夜に水平線上に浮かぶ無数の燐火のことで、竜神が仏に捧げる灯と言われていた。有明海 の「不知火」現象を、越後や北陸ではこう呼ばれるようだ」と続く。
 あとの記述にある鈴木牧之の『北越雪譜』は、二十年ほども以前、味読したことがあった。が、中身はすっかり忘れている!「鈴木牧之の『北越雪譜 二編巻之二』で「龍 燈」という項があり、古老語りに龍燈は、「形(かた)ち鳥のやうに見えて光りは咽の下より放つやうなり。」 とあり、これを撃ち落そうとした若者に、「あなもつたいなし、此龍燈は竜神より薬師如来へささげ玉ふな り。罰当たりめ」と叱った声を聴き愕き飛び去ったという。何とは語らないものの、暗に青鷺の話を匂わす 構成になっている」なんて、脳裏を這いまわって探しても、記憶の欠片もない!

 芭蕉には、「龍燈」なる語を織り込んだ句がある。「五月雨や龍燈あぐる番太郎」で、「延宝5年、芭蕉34歳の時の作。芭蕉は、この年に俳諧宗匠として立机(プロの俳諧師になること)したらしい」という。結構、芭蕉にとって(俳諧の歴史にとって)エポックな句の中に、「龍燈」や「五月雨」が登場するわけだ。
 以下の、この句に付された説明が簡潔的確で嬉しい:

「五月雨に降り閉じ込められて辺りはまるで海の中のようだ。ここが海中ならさしずめ番太郎が掲げる番屋の灯りは竜神の掲げる竜燈だ。
 番太郎とは番小屋に住んで辻番や夜警をする準公的ガードマン。龍灯は、不知火のような海中の発光現象による光で、これが龍が放つ光だと信じられていたことによる。」

龍燈の杉」や「龍燈」にちなむ「伝説「神の道」」なる話は見つかるが、どうも、「不知火」もだが、「龍燈」も曖昧模糊としたままである。竜頭蛇尾ならぬ龍燈荼毘というところか。

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