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2005/08/31

川路柳虹のことを少々

高橋哲哉著『靖国問題』」と題した拙稿を一昨日、書き下ろしている。
 高橋哲哉著『靖国問題』(ちくま新書 532)を扱った感想文である。
「石橋湛山   靖国神社廃止の議 難きを忍んで敢て提言す」を転記したりして、たださえ長くなったので、触れて起きたいと思いつつも、割愛せざるをえなかった事柄がある。
 それは、川路柳虹のことであり、彼の詩のことである。

 本文の中では、占領軍によって施された検閲の例として、川路柳虹の詩「かへる靈」が挙げられている。
 本書、高橋哲哉著『靖国問題』の中でこの詩が扱われている文脈は、やや(相当に)違うのだが、この詩の全文を引用しているサイト(「堺教科書講演録③―日本政策研究センター」)があったので、そこを参照させていただく。

 かへる靈 川路柳虹

  汽車はいつものやうに
  小さな村の驛に人を吐き出し、
  そつけなく煤と煙をのこして
  山の向ふへ走り去つた。

  降り立つた五六人のひとびとは
  白い布で包んだ木の箱を先頭に、
  みんな低く頭を垂れて
  無言で野路へと歩き出す。

  かつての日の光榮は、
  かつての日の尊敬すべき英雄は、
  いま骨となつて故里へ還つたが、
  祝福する人もなく、罪人のやうに
  わづかな家族に護られて野路をゆく。

  青い田と田のあひだに
  大空をうつす小川
  永遠の足どりのやうに
  水の面に消えまた現れる緩い雲。

  この自然のふところでは
  すべてが、あまりに一やうで
  歓びと悲しみも、さては昨日も今日も、
  時の羽搏きすら聽えぬ間に生きてゐる。

  無言の人々に護られた英靈は、
  燃える太陽の光りのなかで、
  白い蛾のやうな幻となつて
  眩しくかゞやき動いてゐる。

  かへるその靈の宿はどこか、
  贖はれる罪とは何か?
  安らかに眠れよ、たゞ安らかに

  おまへを生み育てた村の家に、
  戦ひのない、この自然と人の静かさの中に。


 この詩が、占領軍に検閲され太文字の部分が削除された。しかも、詩の題名までが、「かへる靈」から「かへる」とされたのだった。

 削除の意図については、戦意の高揚に繋がるからということのようだが、無条件降伏しているのだから、今更、戦意の高揚もないだろうに。
 このことの意味について、高橋哲哉氏が考察を加えているわけである。その詳細は、ここでは触れない。どうか、本書に当たってみて欲しい。

 小生は、以前、季語随筆「出発は遂に訪れず…」の中で、梅原 猛氏の話に事寄せて、以下のように書いたことがあった:

 最後の、「私は、靖国神社に、特攻隊に私たちを行かしめた人間と一緒に祀られたくないと思った」というのは、実感ではないかと小生は思う。  よく、「靖国で会おう」とか、「靖国に祀られる」から、という思いで死んでいったのだ、だから、なんとしても靖国神社参拝は至上の営みとして行われるべきだといった主張を聞くことがある。  仮に小生が戦時下にあって、「靖国で会おう」と口にしても、それが本音のはずはないと思う。特攻隊という愚考を発案した連中、負け戦を続けた連中はともかく、戦時中にあっては、一兵卒など聖戦以外のどんな発想を口にしえるだろうか。日の丸や君が代が絶対なのである。御真影の前にあっては直立不動しかありえなかったのだ。

 小生は、「靖国で会おう」とは、つまりは、故郷(ふるさと)で会おう、生まれ育った地で会おう、生まれ育った家で家族と会おう、友と会おう、恋人や両親、家族、子ども等、恩師らと会おうという意味だと思う。
 つまり、「靖国」というのは、本音においては、郷里の鎮守の森であり、地元の神社であり、お寺であり、家の茶の間であり、裏の庭であり、田圃であり、森や谷であり、峠であり、池や川、浜辺などを意味するのだと思う。

 上掲の「かへる靈」は、小生のこの気持ちや理解を表現しているかのように、一読して感じたのだった。
 かのように、だが。
 つまり、小生だと、詩才があったとしても、「無言の人々に護られた英靈は、  燃える太陽の光りのなかで、  白い蛾のやうな幻となつて  眩しくかゞやき動いてゐる」とは決して表現しないだろう。英霊とか英雄とかではなく、あくまで、「かつての日の光榮は、  かつての日の尊敬すべき英雄は、  いま骨となつて故里へ還つたが、  祝福する人もなく、罪人のやうに  わづかな家族に護られて野路をゆく」なのである。
 それどころか、「骨となつて故里へ還つた」のなら、まだしも、なのであって、遺骨の回収事業も基本的に政府は縮小の方向とか。放置されたままであり、これからも、雨ざらしのままなのだという(上掲の季語随筆「出発は遂に訪れず…」を参照のこと)。
 現実は、このように悲惨なのだ。そうした現実を隠蔽し、糊塗するために、英霊とかと顕彰して、遺族の感情が政府へ向かうのを回避している…、そのように小生は考えているのである。

 それより、小生は、この詩が気に入り、同時に、どこかで幽かに聞いたことがあるといった程度だった川路柳虹の存在に再認識させてくれたことをありがたく思う。

 さて、川路柳虹とは何者か。「文学者掃苔録」の「川路柳虹」の項(川路 誠(1888-1959・明治21年-昭和34年)
昭和34年4月17日歿 70歳 多磨霊園)を参照すると、「わずか20歳の若き才能、未だ七五調が大勢を占めていた時代に口語自由詩運動の先を走り、その一大革新をもって詩人としての強烈な印象を詩壇に与えた川路柳虹は、以後もたゆみなく詩作、美術批評に精力を注ぎ、昭和34年4月17日、脳出血により死去した」という。
 ありがたいことに、この頁には「塵溜」と題された詩が掲載されている。「隣の家の穀倉の裏手に/臭い塵溜が蒸されたにほひ、/塵塚のうちにはこもる/いろいろの芥の臭み、/梅雨晴れの夕をながれ漂って/空はかつかと爛れてる」といった連から始まる、なかなか印象的な詩である。
 明治の終わり頃に既に、こんな鬱勃とした、退嬰的な、しかし、当時にあっては余人の感性では感得することも、まして表現することも叶わなかったような詩だ。

 ネット検索したら、他の詩も見つかった。「詩とは何か(1)---川路柳虹」では、彼の詩「蒼蠅の歌」が鑑賞されている:

                  蒼蠅の歌

              夏のひるの光

              砂ぼこり---草いきれ
              火薬のあとの煙り---燻る肉のにほひ、
              屍
              血
              赭土の丘
              夏の昼のひかり---

              兵士は傷の疼(うず)きに堪えかねて、
              また草に倒れた。
              繃帯(ほうたい)の血の滲(にじ)み
              脳漿(のうしょう)の膿(うみ)のただれ---血---臭み

              ガーゼ
              夏の昼のひかり

              赭土の丘---草---ほこり
              うめき声。
              呻き声---
              夏の昼のひかり。

              脳漿の膿の臭み---血---屍---
              をりから羽を鳴らして
              蒼蠅(あをばへ)が歌ひ出した---
              『死の苦しみの歌』

 評者は、「これは汚いゴミ箱の中身を路上にさらし、醜悪感を煽るだけではないか!単語をバラバラと並べただけではないか!」と、この詩に対し、否定的なようである。草野心平の 「」と比較対照している。
 さらに、「詩的情念を失い、言葉の美しさ、リズムの美しさを放棄した口語現代詩は、今日、漢詩や短歌・俳句に較べるべくもない惨めな地位にある。誰も相手にしないのだろう」とも書いている。

 詩の世界にも疎い小生のこと、口語現代詩の実状がどのようなものか、知らない。そもそも、詩について語る能もない。
 が、この詩については、小生は、好感(というと、この詩に関しては似つかわしくないが)を抱いた。
 単語の羅列のように見えて、小生には、草野心平とは違った意味で、「(波の)情景が目に浮かび、しかも詩そのものに律動感を感ずることができる」。
 まあ、この詩の場合、律動感というより肉弾の炸裂感というべきかもしれないが。

 ここでは詩の鑑賞をするつもりはない。ただ、この詩は、言葉にならない、まさに呻きや叫びがそのまま血飛沫のようにして吐き出されている。その意味で、羅列というより、飛沫であり心と肉片の悲惨のように感じられるのである。
 川路柳虹という存在を再認識させてもらった。機会を得て、彼の世界にもう少し触れてみたく思っている。


[ 夕方、図書館に行って、川路柳虹のことを少々調べてみた。といっても、生憎、一冊しか彼の詩の載る本はなかった(「明治文学全集」筑摩書房)。それでも、冒頭に彼の詩論があり、彼の詩も幾つか載っていた。小生、彼の詩にゾッコン。とりあえず彼の著書を予約。 (本稿執筆当日追記)]

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