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2005/07/05

ハンモック…ロッキングチェアー

 うかうかしている間に七月である。小生の感覚では、えっ、いつの間に七月になったの、七月ってことは、一年の半分は過ぎ去ったってことか、月日の過ぎ去るのが早すぎるよー、というところか。
 そういえば、七月の一日(ついたち)は仕事だった。で、その日、我がタクシーに乗っていただいた方と、信号待ちしている間に、なんとなくお喋りに。
「えっと、今日は一日だよね。」
「えっ、ええ、そうです。今日から七月です。」
「……。」
「早いものですね、もう、一年の半分が過ぎてしまいましたよ。」
「うん、そうだね。でもね、歳月の経過が早く感じられるってのは、幸せな証拠だよ。」
「えっ、そうなんですか。」
「うん。だってね。不幸な人とか、ほら、病院に入っている人とかは、時間の経つのが凄く遅く感じられるじゃない。その点、健康な人、苦労してない人は、日々が単調だし、なんとなく過ぎ去っていくんだよ。」
「なるほど、そうですね。」タクシーの運転手は、お客さんのおっしゃることは基本的に、はい、そうですね、の世界である。政治のこと、宗教のことは、一般論でお茶を濁す、何か特定の事柄で自分と意見が違っていても、まずは、その通りですね、と受け止める。
 どっちにしたって、何事にも、いろんな見方・考え方がありえるのだ。違う見解が示されて、とりあえず頷いてみせたからと言ったって、何も、こちらもその意見に同調したわけでも、同調しなければならないわけでもない。
 とにかく、車内でのお話は社会勉強の一部、貴重な機会なのだ。
 そのうちに信号が変わり、お客さんは携帯電話で何事かお喋りされている。その間は、運転手は右の耳から左の耳への通じをよくしておく。聴いているけど、聴いてない。

 一応は聴いておかないと、いつなんどき、話がこっちに振られるか、知れたものではないのだ。
 けれど、建前としては、運転手は石ころなのである。運転する路傍の石。
 幾つかの曲がり角や坂道を登りきり降り切ったところで、また、信号に引っ掛かる。
「病院といえば、あれですね、昔の病院は、入院というと大変でしたね。」
「うん?」
「ほら、昔の病院というと、クーラーなんて、ないし、夏はひたすら暑かったし、冬は隙間風が辛かったりしてね。」
「ああ、そういえば、そうだね。」
「病室の天井にぶら下がっているデッカイ羽が回って、部屋の空気が澱まないようにしているだけ。あとは、部屋の隅っこに、淡い緑というか草色の扇風機があって、それじゃ足りないから、患者が団扇か何かでパタパタとね。」
「そうだった。昔の入院は大変だったな。」
 君も入院したことがあるのかね。なんて、質問が来るかと思ったけど、このお客さんは自分の過去を思い返しておられるみたい…。短くない入院の体験があるんだろうな…。
「お医者さんも、やたらと偉かったし…。」
 おっと、この話題は拙い。万が一、お客さんがお医者さんかもしれないし、そうでなくとも関係者かもしれない。
 ということで、
「看護婦さんだけが頼みの綱でしたね。」と、話題の矛先を転ずる。
「看護婦さんが頼みの綱か。そうだな。」
「綺麗な看護婦さんがいたんですよ…。」
 小生、つい、思い出に浸りそうになる。そんな小生を叱咤するかのように、信号が変わった。
 そんなふうにして、小生の七月が始まったのだった。

 ということで、表題とはまるで縁のない話になってしまった。
 要するに、うかうかとしている間に七月も五日(いつか)となってしまった。なのに、季語随筆日記を標榜している我がサイトで、七月になってまるで季語関連の文章を綴っていない、その迂闊さを自戒し、さて、では七月の季語例を眺めていて、どうにも、ピンと来ない自分に戸惑っていたりしていた。
 というのも、季語上は、七月で、来月の八月は早くも秋である。
 ということは、もう、今月は晩夏なのである。それでいて、お天気は、梅雨の真っ只中。梅雨入り当初の空梅雨談議はどこへやら、集中豪雨に辟易している始末なのだ。そんな中、七月の季語例の表を眺めても、ピンと来るはずがないのだ。
 しかも、今月の季語はやたらと多い。目移りして困るほどである。それなりに食指の動く季語はあるけれど、どうにも季節感覚のズレが妨げになり、選びきれない。
 そうこうしているうちに、半ば自棄のように、ええい! ということで目をつけたのが、「ハンモック」なのだった。
「ハンモック」とは、日本語では、「吊床、寝網」ということになるのか。
 でも、ハンモックという言葉が定着している。下手に親切心で「吊床、寝網」などと書いたり言ったりしても、反って何、それ、ということになりかねない。

 と、ここまで書いてきて、ちょっと不安になった。「ハンモック」という言葉、殊更、説明は不要だろうと思っていたけれど、もしかしたら知らない人がいるかもしれない…などと。
ハンモックのお店」を一緒に覗いてみましょう。
 このサイトを覗かれた方は気づかれただろうか。ここにはいろんな種類のハンモックの画像が示されているが、そもそもハンモックとは何かが説明されていない。
 まあ、この店を覗きに来る人がハンモックを知らないはずがないということか。

 ネットをブラブラしていたら、「折りたたみハンモック」なんてサイトに遭遇。
「折りたたみハンモックはたった1畳ほどのスペースがあれば屋内、屋外と場所を選ばずに使用できるコンパクトサイズ。これからのシーズン、冷房の効いた部屋で揺られるも良し、海や山などバカンスに持ち出しても活躍できることでしょう」という。
 おお、こんなのを車のトランクに用意しておいて、夏の日など、何処かの公園の木陰でグッスリもいいなー、と思ったけど、気持ち良過ぎて、グッスリ寝込み、気がついたら勤務時間が終了していたってことになりかねない?!
 そう、「自然な揺れ、不思議な浮遊感……一度横になったらたちまち睡魔に襲われること間違いなし、です」なのだ。

 と、ここで、小生、冒頭の、「みなさんはハンモックで寝たことがありますか?」という問い掛けにドキッ。
 実は、小生、少なくとも物心付いてからは、一度たりともハンモックで寝た経験がないのだ。少なくとも記憶は皆無。
 せいぜい、あるのは、父(母)から思い出話として聞いた逸話だけ。
 なんでも、小生がガキの頃、といっても、物心付く前、いや、生まれて一年か二年ほどの頃、我が家は一家総出で農作業に明け暮れていて、小さすぎて何の役にも立たない小生(尤も、小生の場合、長じてそれなりの体力が付いてもクソの役にも立たなかった…生来のサボり癖が次第に前面に出てきてしまったのだ…)、面倒を見る手も惜しく、いつものように、何処かの木にハンモックを架けて、小生が寝かしつけられていた。
 が、そのうち泣き声がするから、誰かが(父だったか?)が覗きに行ったら、小生がハンモックから落っこちて泣き喚いていたというのだ。
 今のところ、小生とハンモックとの関わりというと、これくらいしかないのである。
 それにしても、小生が寝かされていたハンモックって、どんな形だったのだろう。
 一応、定義(?)からして、「丈夫な紐を編んで作った寝具、涼しい樹木や柱の両端に吊る」ということらしいのだが。
 こんな、かな? いや、もっと原始的な形だったに違いない。木の枝の股に引っ掛けられて、そこが風で揺れたりして、天然のハンモックだ、などと洒落のめしていたのかも。
 遠い昔、遥かな昔の話である。

 ふと、思うのだが、今の小生、在宅の日の大半はロッキングチェアーで過ごしている。一応はベッドがあるのだけど、睡眠が浅く、そもそも汚れ切っているので、あまり、まったりベッドで過ごす気になれない。
 勢い、ロッキングチェアーに体を深く埋めて、読書を気取って数頁、活字を追う…すると、すぐに面倒になって目を閉じる…気が付くと、ハッと目覚めて、あれ、また、寝入ったのか、と呟く自分がいる。
 そう、こんなふうに、ロッキングチェアーで過ごす時間が長いというのも、物心付く以前のハンモックでの揺られ(そして落っこちた)体験が、案外と深く我が心に根付いているからかも…しれない、なんて。
 揺り籠から墓場まで、という標語(?)があるが、我が家には揺り籠なんて気の利いた物はなかったのだろうか。
 ってことは、万が一にもロッキングチェアーで安眠している間に天に召されたならば、小生、ハンモックからロッキングチェアーまで、ずっと揺られ通しだったということになる。
 これはこれで一貫性のある人生だ! などと、言える筈もないか。
 でも、今日もロッキングチェアーでデュ・モーリアの『レイチェル』(創元推理文庫)を読了した。さすがの文学作品を堪能することができたのだ。次は、いよいよ『レベッカ』に挑戦だ。ブロンテ姉妹、ジョージ・エリオット、デュ・モーリア…。小生は、つくづく、イギリスの女流文学の系譜が好きなのだと痛感する。夢見心地の揺られ旅は続く。


 ハンモック揺られ揺られて天国へ
 ハンモック極楽気分よいつまでも

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コメント

やいっちさん
ハンモック揺れて落ちればそりゃ地獄

ハンモックから落ちるって事、あるのかな~?

投稿: さくらえび | 2005/07/06 00:40

さくらえびさん
小生には分からないのですが、きっと、木の枝への縛り方が甘かったでしょう。
それともネットに穴が空いていた?!

ハンモック揺れて落ちたら極楽さ

ハンモック落ちきれなくて網地獄

投稿: やいっち | 2005/07/06 07:34

こんにちは。田舎に借りている家の裏に雑木林があり、ハンモックを釣って昼寝することを夢見ていたのに、春にいってみると大家さんが木を全部切って庭にごろごろ転がっていました(T_T)。杉の花粉が飛ぶ前に切って置いたよですって。大きな樹だったのに。
買い取りを前提に借りているのですが、一気に熱が冷めた思いです。田舎に暮らせるのか疑問になってきました。

投稿: さなえ | 2005/07/06 10:26

さなえさん、こんちは。
都議選、投票に行かなかったとか。あれこれ考えることはありますね。小生も理想の候補者に出会ったことはない。当選するのも組織力や知名度、資金力のある人。決して、都民のためになるとは思えないのに。
それでも、投票する権利というのは、先人の労苦の果てに得られたものと思って、とにかく消去法で最後に消すのは誰かということで投票する相手を決めています。学生時代、選挙権を得た最初の選挙以外は、すべて投票に行った。
政治家も政治も、所詮は国民が作るもの。国民の民度に比例している。ダメな政治家が多いとは、そういった政治家を跋扈させる我々の責任なのだと思ってます。

 と、まるで違うレス。
>杉の花粉が飛ぶ前に切って置いたよ

 だったら、枝葉を殺ぎ落としておくだけでいいはずなのに、無神経な大家さんですね。でも、杉(花粉)が悪者扱いされていて評判が悪いから、気を利かせたつもりなのでしょうか。

 田舎の我が家にも昔、裏手の藪の中に大きな樹があった。小生がガキの頃、その木の数メートルの高さの枝分かれしている部分に、近所の兄さんが小屋を建て掛けたのを覚えている。その小屋に登らせてくれたのかどうか、覚えていない。でも、その木の存在が冒険心や物語する夢を与えてくれたような。
 その木は、伐採され、藪は切り払われ、今は砂利の駐車場になっている。藪があることで不思議な雰囲気があったのに、一気にただの宅地になってしまった。林がなくなって寂しい。

投稿: やいっち | 2005/07/06 14:04

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