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2005/07/14

ジュール・ヴェルヌ…オリエント

 NHKラジオでジュール・ヴェルヌについての話を聴くことができた。「ことしは、フランスの作家ジュール・ヴェルヌの没後100年」なのだという。語り手は、日本フランス語フランス文学会の小倉孝誠氏で、ラジオ深夜便という番組の「ないとエッセー」にて。
 話は聞きかじったが、深夜、それも夜半前後というのは、小生の仕事では一番、忙しい時間帯(のはず)。なので、話の大半は右の耳から左の耳へと、通り抜けていった。
 まともに聴いていても(聴いているつもりでも)、耳の通じはやたらとよくて、掠りもしないで吹き抜けていく。目から鼻に抜けるというと有能なる人を表する表現だが、右の耳から左の耳というのは、小生に付いての表現のようである。
 なので、ネットで話を補う。

 ラジオの内容(テーマ)は:
 7/11(月)ジュール・ヴェルヌと私(1)日本文学とヴェルヌ
 7/12(火)ジュール・ヴェルヌと私(2)ヴェルヌとその時代
 7/13(水) ジュール・ヴェルヌと私(3)驚異と旅「80日間世界一周」
 7/14(木) ジュール・ヴェルヌと私(4)ヴェルヌからのメッセージ

新着おすすめ情報」によると:

「先人の空想力」
 出演:小倉孝誠(慶應義塾大学文学部教授)
「ことしは、フランスの作家ジュール・ヴェルヌの没後100年。100年前といえば、日本では明治時代・ヴェルヌの代表作『十五少年漂流記』『海底一万里』『八十日間世界一周』などに描かれた世界と比べてみると、その空想力に驚かずにはいられない。フランス文学を専門とする小倉さんが、ジュール・ヴェルヌの人物像や空想力の源、作品世界の魅力などを語る」とある。表題が少し違うが気にしない。

パリノルール blog 海洋博物館でジュール・ヴェルヌ展、開催中 paris」によると、「今年はジュール・ヴェルヌが亡くなって100年めの年。フランス各地で記念イベントが開かれるとか」
 日本においては、どうなのだろう。まさか、NHKのラジオ番組だけ?

 さて、肝心の小倉孝誠氏の話だが、大半を聞き漏らすか、聴いても忘れてしまった。
「日本では子供向けの物語のイメージが強い「十五少年漂流記」ですが、本来は大人向けに書かれた物語です。原題は「Deux ans de Vacances=二年間の休暇」なのですが、明治29年、森田思軒が英訳から重訳し日本での初訳となった「十五少年」が大ベストセラーとなり、そのタイトルが後々出版された書物に引き継がれたため「十五少年漂流記」が我が国では定着しています」といった話もあった(引用は、「Deux ans de VacancesTop ジュール・ヴェルヌ「15少年漂流記」コレクション」より)。
 あるいは、ジュール・ヴェルヌの翻訳が日本へのフランス文学の紹介の始まりなのだ、という話もあったような。

 その前に、小倉孝誠氏の紹介をしておくべきか。が、日本フランス語フランス文学会とか、慶應義塾大学文学部教授といった肩書しか小生には分からない。
 著作や論文はいろいろあるようだが、「私の研究紹介」の 「近代フランス文学(特に小説)を文化史的に読み解くというのが基本的なスタンスで,その際に歴史,身体,病理,ジェンダーなどを主要なテーマにしています。また他方で自伝,回想録,日記,書簡といった内面性の言説にも関心を抱いています」という点だけは示しておく。
 ゾラの研究やアラン・コルバンの翻訳もある。

 推理小説よりも、SF小説に傾倒していた小生は、ジュール・ヴェルヌの諸作品を夢中になって読んだ。大抵が貸し本屋さんからのもの。どうも、文章よりも、挿絵に想像力を掻き立てられたような記憶があるが、さて。
 松岡正剛氏も夢中になったことがあるとか。「千夜千冊『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ」を参照のこと。

 ネット検索していたら、「ジュール・ヴェルヌの暗号  レンヌ=ル=シャトーの謎と秘密結社」(ミシェル・ラミ著、高尾謙史=訳、工作)なる本を発見(1997.12 [2005.5増刷出来])。
「ヴェルヌが冒険小説に巧妙に仕掛けた言葉遊びや隠語術を解読すると、レンヌ=ル=シャトーの謎を解く鍵や秘密結社との危険な関係が浮上する。ヴェルヌとは何者なのか?」といった内容らしい。

Jules Verne Page」なるサイトを覗くと、「ミシェル・ラミ『ジュール・ヴェルヌの暗号』(工作舎)が増刷されます。なんでも、『ダ・ヴィンチ・コード』の参考文献としてあげられているのだとか」などという記述に出会う。
 なんだか、俄然、興味が湧いてくる。
 しかも、「ジョルジュ・サンドやガストン・ルルー、モーリス・ルブランといった作家との影響関係など、ヴェルヌの作品論としても充実した内容になっていることで、オカルティックな話に興味のない人にも是非一読をお勧めしたい研究書である」となると、尚更である。

ジューヌ・ベルヌのオフィシャル・サイト(?)「Central international Jules Vernes」は眺めるだけとして、先に紹介した「Jules Verne Page」なるサイトがリンク先など情報が整っている。
 そこに紹介されている「ジュール・ヴェルヌの生涯」は興味深い。
「『気球に乗って五週間』の草稿を読んで高く評価したのが、編集者で作家でもあったピエール=ジュール・エッツェルでした。当時エッツェルは児童図書の出版に乗り出し、子供や若者を対象にした雑誌を計画していたところで、子供から大人まで幅広い読者が見込める新しい才能はまさに彼が探し求めていたものだったのです」とあるが、「やがて気球船を建造中のナダールと知り合い、それに触発されて「気球に乗って五週間」を書き上げ、これがジュール・エッツェルに注目されて、エッツェルとの間で20年間の出版計画を締結。この支援によって以後ヴェルヌは多数のSF小説を書き続けました」という。
 20年間の出版計画を締結!!!

 ヴェルヌは当時の最新の科学技術を勉強し、想像力を逞しくして小説を書いた。確かに、潜水艦「ノーチラス号」、宇宙ロケット、地底探検などと並ぶが、彗星の衝突の危機、気球、漂流の果ての無人島生活と並ぶと、一概に科学技術への無条件の信頼や夢ばかりがヴェルヌを捉えたとも言えない。
 根底には、近代の西欧におけるオリエンタリズム志向があるのだろう。が、アジア、アフリカ、南北アメリカ、太平洋、南極・北極。東洋への、異境への憧れと、世界を踏破し尽くして、空へ宇宙へ、海へ海底へ、陸へ地底へと、異境への憧れに想像力において限界はなかった。
 ヴェルヌは、だが、ユゴーやデュマを読んだ作家なのである。どんな世界に(人間が)立っても、つまりは、そこに人間がいて、人間の知恵や想像力がどこまでも付き纏うことを忘れるはずがないのである。
 オリエント…日が昇る方角…幻想の中の東洋という始原の地。
(直接はヴェルヌに関係ないが、「第4章 オリエンタリズム批判と近代のアイデンティティ」が面白かった。)

 尚、「Jules Verne Page」によると、「7月18日(海の日)、午後4時から関東・北海道・愛知・大阪・福岡のTBS系列局で「「十五少年漂流記」謎の島を行く」という番組が放送されます。ハノーヴァー島とチャタム島の映像が見られるようです」とのこと。
 日本でも、ヴェルヌ絡みのテレビ番組があるのだ。

 余談だが、ジュール・ヴェルヌについては小生は既に若干だが「バチスカーフ」(June 17, 2005)にて触れている。そこで紹介している「ノーチラス号とネモ船長」なるサイトを再度、リンクさせてもらう。
 それにしても、小倉孝誠氏の話をもっとじっくり聞きたかった(で、ここに梗概くらいはメモしたかった)。残念!

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