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2005/06/23

すいません…すみません

 以前、「「すみません、海まで」のこと」なる駄文を書いたことがある。
 詳しくは(といっても、通り一遍の拙稿なのだが)その拙文を読んでもらいたい。この「すみません、海まで」というのは、某たばこ会社のコピーの文句で、小生の朧な記憶では、その大きな看板広告には、真っ青な海と空という風景が示されていて、その脇か下にこのコピーが白い活字が添えられていた。
 この看板を見た瞬間、小生は、このたばこ会社が、「すみません、海まで」じゃなく、「すいません、海まで」というコピーを謳っていたなら、おお、たばこ会社もさばけてきたな、煙草の会社なのに、「吸いません、海まで」と謳い、広い海の只中へ、日頃吸っている煙草を指から離し、雲も煙もない空の下、爽やかな一日を過ごせたらいい…、とは言いながら、暗に心地良く吹き寄せる潮風に煙草の煙を徒(いたずら)に流して、のんびり過ごす自分の姿がいる。
 つまり、この広告に目が行くほどの奴には煙草を手放すことなど、できやしないさ、煙草のない爽やかさではなく、煙草のある爽やかさしか望めないのさ、だから、さあ、このライトな煙草をどうぞ、という魂胆がみえみえなのではある、でも、それでも、敢えて、「すいません、海まで」としたなら、そんな煙草に魅せられ中毒に成っているのだが、自分は魅力を知っているから能動的に煙草を吸う自分という生き方を選んでいるのだと、かるい諧謔の精神も篭めて(いるかのように見せて)いるようで、大人だな、成熟したな、と思えなくもなかったのだ。

 けれど、実際のところは、巨大な広告に載るコピーは、「すみません、海まで」という、案の定な平凡なもの。よくよく確かめて、その凡俗なコピーにガッカリしてしまった。やはり、買い被りに過ぎなかった。

 余談だが、小生は都心をうろついているタクシードライバーなので、「すみません、海まで」などとお客さんに言われると、おお、都内から海までのお客さんか、それも、昼間だから、予想外の日中の遠距離は反って迷惑かなという思いもあり、遠慮がちに(その実、どうだ、おいしい仕事だろう、嬉しいだろうというニュアンスがたっぷり篭められている)「すみません」という一言を添えているのだ、なんて場面に遭遇できたらいいなという思いもあったことは事実だ。あまりに不況が続くと、どんな光景、どんな広告を見ても、仕事に結びつかないかと願われてしまう悲しさ。

 すみませんといえば、昨日、国からすみませんと言って欲しいような、愕然とする判決が煙草に関して下された。「長年たばこを吸ったため肺がんなどになったとして、元喫煙者と遺族計六人が日本たばこ産業(JT)と国に計六千万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は二十二日、請求棄却の一審東京地裁判決を支持、元喫煙者らの控訴を棄却した」というもの。
 たばこ訴訟は、原告側が2審も敗訴したことになる。
「判決理由で秋山寿延裁判長は「疫学的知見だけでなく、基礎医学や動物実験結果などから総合的に判断することが必要で、現在のところ十分に解明されているとは言い難い」と述べ、原告の病気と喫煙との因果関係を認めなかった」という。
 健康増進法も制定されている。煙草の健康への悪影響も、医学的に確定している中で、原告の病気と喫煙との因果関係を認めなかったというのは、驚くべき判決だ。
 さらに、「判決は一審と同様に「喫煙は健康に有害」と認めたが「たばこへの依存性は精神依存が主たるもので、いまだに一般に嗜好(しこう)品として認められている。たばこの製造、販売自体は違法行為とはいえない」とした」とも。

30年以上たばこを吸っていた男性や遺族が、がんになったのはたばこの害について十分対策をとらなかった国やJTにも責任があると訴えて、損害賠償などを求めた裁判で、東京高裁は、「自分の努力で禁煙できたはずだ」と指摘し、1審に続いて訴えを退け」たこと、あまりに現実感覚が希薄と見なさざるを得ない。

 念のため、原告側のサイトを示しておくと、「たばこ病損害賠償等請求事件」である。まだ、判決を受けての更新はされていないようだ。
 驚くのは、「今年のタバコ病死者数(推定)は」という項で、「2331930人(世界) 47590人(日本)」だという。

 このサイトには、「たばこ病訴訟とは?」という頁があり、主な請求内容として、以下を示している:

 1:原告への損害賠償請求(一人あたり1000万円、計7000万円)
 2:たばこの自動販売機による販売の禁止
 3:スポーツ、囲碁・将棋、コンサートなどの催し物でたばこ商品名または会社名を冠にすることの禁止。
 4:テレビ・ラジオ等電波媒体での、たばこのマナー広告に名を借りたたばこの宣伝に禁止。
 5:たばこの外箱に、12ポイント以上の大きさをつかって、各たばこの外箱の上部1/3の部分に、次の有害表示のうちの1つを3ヶ月毎に交替して表示すること

 このうち、最後の有害表示について。「現在、日本のたばこのパッケージに印刷されている「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」の文言が入ったのは1990年6月からで」、「それまでの表示は、「健康のため吸いすぎに注意しましょう」だったのである。
 あまり変わり映えしない。それでも、遅々として、ではあるがそれなりの煙草対策は進んでいるようだ。

 一応、有害表示の項目を示すと:
 1.紙巻たばこには発がん性がある。
 2.喫煙によってあなたが死ぬことがある。
 3.たばこは心臓発作又は心疾患を引き起こす。
 4.妊娠中の喫煙はあなたの赤ちゃんに有害である。
 5.紙巻たばこには強い依存性がある。
 6.今禁煙すればあなたの健康に対する重大な危険性は大幅に減少する。
 7.たばこの煙はあなたの子供に有害である。
 8.あなたの喫煙は周囲の人々の健康を損なう

 小生の頼りに成らない記憶だと(ネットで確認できなかった)今月末か来月からは、各たばこの外箱の上部1/3の部分(か、30%だったか)に有害表示(健康への警告表示)が施されることになっているはずである。

喫煙者はますます肩身が狭い!?たばこ最新事情-healthクリック」を覗くと、「たばこ規制枠組み条約が発効」という事情もあってか、徐々に煙草の規制が進んでいる。
 タイトルだけ、列挙すると、
●2005年1月18日 日本経済新聞「受動喫煙対策、全国の公共施設を総点検・厚労省など」
●2005年2月28日 朝日新聞 「未成年の喫煙対策強化」
●2005年4月2日 朝日新聞 「禁煙ビーチ増えるかな」
●2005年4月7日 読売新聞 「持ってないと買えません、たばこカード2008年導入」
●2005年5月8日 読売新聞 「喫煙所どーする?路上禁煙の自治体」

 とにかく、驚くのは裁判官の現実感覚だ。「原告の病気と喫煙との因果関係」が認められない云々は、公害病など、直接的に医学的因果関係を実証することが難しくても、疫学的に相関関係が認められれば、それで取りあえずは必要十分のはずなのに。
「自分の努力で禁煙できたはずだ」…。そうだろうか。止める気のない人はともかく、止めたいのに止められない人はたくさん居るし、止めるため、涙ぐましい苦労をしていることは、いろんな形で記事やドキュメントを放映している。
 しかも、自分が止めても、親や子どもや友達や上司その他(小生のようにタクシー稼業をやっていると、お客さんが吸う…ので、小生も受動喫煙と相成る。しかも、喫煙者は車内の天井や吸殻入れの周辺やマットや白いシーツを汚す。なのに、吸わないお客さんと同じ料金なのは不合理のような気がする)が、吸うので、受動喫煙の形で吸わされる。
 まあ、裁判官は立派な方、意志の強い方が多いのだろう。だから、一時期、喫煙していても、強い意志で喫煙の習慣を克服しえるという自信があるのだろう。
 だから、現に吸っていても、いつでも止められる、ただの嗜好品に過ぎない、販売は違法ではないのだし、順法精神に叶っている…云々と思っておられるのだろう。
 さすが、である。でも、そんな人ばかりとは限るまいに。

「たばこへの依存性は精神依存が主たるもので、いまだに一般に嗜好(しこう)品として認められている」
 たばこへの依存性は精神依存が主。本当なのか。仮に精神依存だとしても、肉体的にニコチン中毒になっているから、それが精神の面から見たら、精神依存と称しているに過ぎないのでは。
 嗜好品として認められている。一体、誰が認めているのか。業界(業者)か。喫煙者か。財務省か厚生労働省か。嗜好品という時、最低限、要求されるものがある。それは、少なくとも健康に直接、害を及ぼさないという点だ。
 小生は、煙草の喫煙の習慣は即座に止めるのは困難だと思う(小生自身の経験からして。今は、止めたけど)。一種の麻薬なのだと思う。但し、政府(厚生労働省や特に財務省)公認の。
 つまり、煙草は原則禁止だが、中毒性もあるし、健康被害はともかく、覚醒剤のように中毒症状で他人に危害を及ぼす恐れは少ないので、許可を与えてやっているのだ、というスタンスが大切だと思う。
 
 とにかく、裁判が原告側の敗訴になったことは極めて残念だ(財務省にとっても)。煙草による健康被害を受けた人にその要する治療費を全額、たばこ会社や野放しにしてきた国に負担させる。そのための費用は、煙草に上乗せするのがいい。煙草一本に10円程度を上乗せして、その費用で治療費や町の清掃費、たばこ産業に携わる労働者への当面の補助費に当てるのである。
 煙草を吸う本数が減ることも十分、期待できる。減額される医療費は数千億円以上になるのではないか。

 煙草を吸って、すみません、を、煙草を吸いませんにするのが難しい以上、煙草訴訟の原告側が勝訴し、賠償金の支払いをタバコ会社や国が払うことになり、結果として対策費用の捻出のためもあり、煙草の値段を上げること、これが望ましいあり方なのだと思う。
 少なくとも、旧国鉄の負債をタバコの費用に上乗せするよりは、はるかに理に叶っているのではないか。

 最後に、ちょっとだけ、想像してみて欲しい光景がある。たとえば、日本だけでも数千万人の喫煙者がいる。一人、一日十本、吸うと仮定する(こんなに少ない訳がないが)。つまり、一日、数億本のタバコだ。そのタバコを一斉に吸う状況を想像して欲しいのだ。数億本(下手すると十億本を越えるだろう)のタバコが発する有害な煙がモクモクと立ちのぼり、数億個のフィルターの相当数が路上にポイ捨てされ、数億本分の灰が灰皿ではなく路上や床や公園に(あるいは直接、喉や肺の中に)捨て去られる光景。
 凄まじいものを感じないだろうか。

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