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2005/06/27

雨蛙…カエルコール

 あるサイトを覗いたら、カエルの話題が。近所でカエルのゲコゲコという鳴き声がすると、夏になったと実感するとか。
 小生は今は工場町の片隅に居住しているが、田舎は一昔前までは農村の雰囲気を残していた。小生が生まれた頃は、町とは言いながら、村と呼んだほうが相応しいような田舎町の風情がたっぷり。これが駅から歩いて十数分の場所だとは到底、信じられない環境。
 まあ、実際には、その頃は駅の裏手は、駅から歩いて数分なのに、木場というか運河になっていて、運河に浸かった木材特有の分厚い匂い、決して腐臭ではないのだろうが、それでも、近くを通ると濃密過ぎる匂いというか空気に耐えがたかったりした。
 そこから更に十分ほど駅から遠ざかる方向に歩くのだから、農村の名残を残していても不思議はないわけだ。
 小生が子供の頃は、農薬の散布にそれほど煩かったり神経質だったりはしなかったから、田圃にも畑にも農薬や殺虫剤や化学肥料をタップリと撒いていたように記憶する。
 富山の地は、有史以来、何本もの暴れ川の氾濫などで、痛めつけられてきたが、その代わり、土壌は栄養分にこの上なく恵まれてもきた。痛し痒しである。
 が、暴れ川の改修工事も一段落し、大雨や台風が来ても、川が溢れて、その余得(?)として土壌の地味が肥えるということもなくなった。
 幸いにも水は全国でもトップクラスの豊かさに恵まれているので、土壌も長年の農作・畑作にも関わらず、痩せ衰えることはなかったけれど。
 それでも、足りない栄養分を化学肥料に頼るしかなかったし、<害虫>をやっつけるには、殺虫剤に頼るのが何よりなのだったのである。

 まだ、熊本の水俣病も富山のイタイイタイ病も騒がれる前のことである。騒がれ始めたのは、小生が小学校の終わり頃だったか。漫画週刊誌に、日本全国の奇病という形で紹介されたのが、公害病を知った契機だったような記憶がある。
 蛍もオタマジャクシも、そしてカエルも一時的に消え去る前の、牧歌的な時代。
 それが田圃には素足で入るのが躊躇われるようになったり、田圃や畑に水を引く細い溝、とてもじゃないが小川とは呼べない、まさに溝がボウフラでさえ、生息しないような、うっかりは近づけない水路に成り果ててしまった。
 それでも、梅雨の時期など、植えたばかりの頃の風や雨の襲来さえ、脅威に思えていたほどに弱々しかった稲田が、すっかり逞しい稲穂、青々とした緑の海となり、夜ともなり、茶の間でのテレビや雑談の時が一服した頃になると、一斉に、ゲーコゲーコと聞こえ出してくる。
 もう、煩いほどで、何をそんなに喚き散らすのか、なんて、問い質したいほどに、げんなりしたりする。
 それでいて、窓からは、何枚もの田圃越しの遠い街灯や窓明かりが、ポツポツと見えるだけだから、カエルの鳴き声がなかったならば、闇の夜の深さは、どれほどの凄みに至ったものか。

 オタマジャクシがいつの日か、カエルになる。本でも読むし、学校でも習ったし、理科か何かの実験か観察でも、実際にこの目で幾度となく目にした。
 が、では、田圃にいる数知れないオタマジャクシが、カエルに変貌する場面には、なかなか遭遇することはなかった。お、オタマジャクシの集団だ、と或る日、気づいたのが、学校の行事や家庭のいざこざ、宿題、悩み、遊びにかまけているうち、気が付いたら、カエルの姿を見かけるようになり、夕暮れ時や、寝入る直前にカエルの合唱に遭遇するようになる。

 カエルの鳴き声の煩さは、その時の気分で聞こえて来るメッセージはまるで違ってくる。学校(小学校)が嫌だった時は、家に「カエル」コールだし、家に居るのが憂鬱な時は、「カエロ」コール、みんなに嫌われているような、思いっきりいじけてみたい気分の時は、「キエロ」コールだったりする。
 もっと、ダークな時は、「帰れ、帰れ」のシュプレッヒコールだったりして、でも、じゃ、何処へ帰ればいいのか、まるで当てがないものだから、二進も三進もいかなくて、立ち往生するばかりだった。
 ただ、小生には、一度も人生のパートナーからの(あるいは、への)カエルコールの経験はなかった…。

 なるほど、水田というくらいで、春先は、田圃には水が張ってあるし、水路にも雪解けの水が絶えることなく流れ込むから、水は豊かである。だから、オタマジャクシの集団が、メダカの集団などと共に存在を誇示する。
 やがて梅雨が近付く頃になると、水田ではなく、田の土が水に浸かることはなくなり、時には快晴が続くと罅割れたりさえ、することがある。
 そんな中、まるで土の中から這い出してきたかのようにカエルの姿があちこちに目に付くようになる。
 あるいは、カエルは越年して生き延びていた。そのカエルたちが、春先の田起こしで土が引っくり返される騒ぎに驚いて、冬眠から無理矢理目覚めさせられるのかもしれない。
 だったら、オタマジャクシから変態する、その変貌振りを垣間見るはずもないわけである。
 いずれにしても、カエルは、小生にはいきなりのカエルなのだった。

 そう、オタマジャクシがカエルへと変身したのではなく、まさに泥の中から、大地のエキスを貪り尽くして、ついに大地の上に顔を覗かせ始めたといった風に、子供の頃の小生には思われたのである。
 オタマジャクシは分からないけれど、カエルは、特にこれといったエサがなくても育つような逞しい生き物に感じられた。オタマジャクシは人間が世話してやらないと生きられないような可憐さを覚えるけれど、カエルとなると、大地の精のようで、いや、大地の主(ぬし)のようで、その存在感に圧倒される思いだった。
「オタマジャクシはカエルの子、ナマズの孫ではないわいな♪」という歌を結構、楽しく歌った記憶があるが、小生など、分かっちゃいるけど、オタマジャクシがカエルとは結びつかないのである。結び付けたくなかったのか。
 カエル…。どこか愛敬のある、どこか不気味でもある生き物。青ガエルくらいだと愛敬もあるが、ガマガエルだとどうだろう。犬で言えば、ブルドッグのような味のある外見と言うべきか。

 が、小生の中でカエルのイメージが一挙に覆される事件が生じた。学校の理科の時間でのカエルの解剖である。楽しんでやった人も居るのだろうけれど、何処まで解剖し解体しても、はらわたを食み出させ引き摺りながらも、まだ跳ね回る姿に恐怖さえ抱いたことは、今もトラウマになって残っている。
 それまでは、兼業とはいえ、農家育ちの小生だから、カエルを手にとって、お腹などを擽って戯れることくらいはできたのに、解剖を経験してからは、カエルの恨みを買ってしまったようで、カエルを直視することはできなくなった。
 さらに、輪をかけたのは、バブル華やかなりし頃、テレビではバラエティ全盛となり、ありとあらゆる馬鹿げた試みをやっていた。夜中には、女子大生にカエルを調理し、食べるさせるというゲームがあって、勝った女の子は賞品をゲットできるというものだった。
 無理矢理に調理し食べ、勝った女の子は吐き気を堪えながら賞品を貰っていた。観ている負けた女の子も、吐き気を堪えるのに必死だった。
 いずれも、人間の愚かな営みに過ぎなかった(カエルの解剖を誰にもさせるということが愚かに思える)が、カエルへの心象をぶち壊すには十分すぎる体験だったようだ。
 
 それにしても、カエルはなぜ、昼間は鳴かないのだろうか。暑いから、泥の中などでじっと大人しくしているのだろうか。確かに、雨の日だと、日中でもゲコゲコと煩い。雨が降って嬉しい嬉しいと歓喜の鳴き声をあげているということか。
 それとも、雨だと天敵の鳥達の襲来がないから、今だとばかりに鬨(とき)の声をあげているのか。
 思えば、鳥の囀りとカエルの合唱とが交響楽となることは、ない(ように思える)のも、互いの活躍の時間帯や気象条件が違うからなのか(鳥さんたちは、日中でも雨だと羽が濡れるから雨宿りするし、夜は鳥目というほどだから、雨降りでなくても、やはり鳥さんたちは就寝と相成るのだろう…か)。
 まあ、カエルと合唱するような酔狂な動物というと、牛さんくらいのもので、モォーという鳴き声とゲーコゲーコという鳴き声とは、唱和し、調和するようでもある(?!)。
 いや、牛というのは、小生の勘違いで、ウシガエルの鳴き声を牛の鳴き声と間違えているだけなのかもしれない。確かめたわけじゃないので、本当のことは分からない。

 ああ、忘れていた。カエルさんたちのゲーコ、ゲーコに唱和するというと、虫さんたちの鳴き声が負けずに威勢が良くて、秋口の宵の口からは、虫たちとカエルたちの鳴き声の合戦状態と相成るのだった。
 梅雨の時期だったろうか、カエルの合唱と蛍の群舞との、天然のオペラを感激、いや観劇したことがあった。夢の中に居るのか、本当に今、現実の出来事として出来(しゅったい)しているのか、自分では分からないような夢幻の世界が現出しているのだった。
 ただし、そんな世界を味わうには、人間はじっとしていないといけない。人間の気配を感じると、カエルたちは、グッと押し黙ってしまう。下手に歩くと、黙り込むだけじゃなく、足音に怯えて逃げ去ってしまう。
 蛍だって、カエルだって、人間の大騒ぎが大嫌いなのだ。
 天然自然の醍醐味を味わうには、一人、こっそり夜の闇の海へ漕ぎ出していく勇気が要る。足音を忍ばせ、虫に腕などを刺されたりしても、ピシッと叩いたりしてはいけない。とんでもないことである。
 大地というには、ささやかすぎる日本の自然。それでも、自然は自然なのである。自然とは、人の営みの否定でもあったりする。命の讃歌ではあるけれど、その命とは、人間だけの命ではなく、世界の命、自然の命、宇宙の命なのであって、徹底して無差別非情なる世界の相貌の剥き出しの暴力でさえもあるのだ。
 カエルが鳴いている。あなた恋しと鳴いている。命の讃歌を歌っている。ゲーコ、ゲーコという鳴き声が、生きることに不器用な人間を笑っている。命は、ただそのままに発露すればいいのに、紆余曲折がないと表現できない人間の哀れさを泣いている。
 酒を飲めない奴は人生の味を知らない奴だと笑う。ゲコ、ゲコ、ゲーコ、ゲーコ、下戸と。

 この駄文は、ここで止めるつもりでいたが、ここまで読まれた奇特な方のためにも、今更、芭蕉の「古池や蛙飛込む水の音」を持ち出すこともあるまいが。多少は、文学的常識も書いておかないと拙いかなという、忸怩たる思いがしてきた。
 有名な、紀貫之の『古今和歌集 仮名序』 の冒頭くらいは掲げておきたい(「やまとうた 和歌」の「古今仮名序 千人万首」より):

やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。

 この中の「花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける」は、詩歌に限らず表現の原点を示しているような気がする。カエルの鳴き声は、歌であり、表現であったし、猛々しい人の心をも和ます、その象徴だったわけだ。
 芭蕉は、それを転換して、カエルの鳴き声ではなく、水の音に観察と表現の比重を置いたかのようである。が、小生思うに、「閑さや岩にしみいる蝉の声」同様、耳に痛いほどの静けさにこそ眼目があったのだろう。
 あるいは、カエルというと小野道風を連想する方も少なからずいると思われる。今の教科書に載っているのかどうか、小生は知らないが、昔の教科書には小野道風が自らの書の上達が劣るのを悲観していたら、ある時、ヒキガエルが泉の辺(ほとり)の柳に飛び移ろうと飽くことなく頑張り、ついに飛び移ることに成功する様を見て、ああ、我輩も頑張らないといけないなどと殊勝にも悟るという話である。
 実話かどうかは分からない。詳しくは、「なぜ書のまちなの 春日井市」を参照のこと。ヒョウキンな絵も添えられてあるし。
 長唄にも、「」という作品がある。このサイトにはいろいろ学ばせてもらった。ラジオかテレビでこの曲が流される機会があるといいのだけど。

 他にも筑波山のカエルとか、ケロケロとか、話題は尽きないが、ここは、げこげこ大王7世責任編集『かえる新聞 縮刷版』(書肆侃侃房刊)にお任せするのがいいだろう。
 本書の情報はリンク先で見てもらうとして、小生、感心したのは、著者であるげこげこ大王7世のこと。プロフィールに、「理科の時間のカエルの解剖実習は、もちろん退席」とある。
 そうだ、小生には、退席する断固たる意志も勇気もなかったのだ。何故、嫌なら嫌と言えなかったのか。嫌々ながらに解剖実習に手を染めてしまったのか。カエルカエルも…、じゃない、返す返すも悔やまれてならない。

 あ、これは季語随筆だった。表題の「雨蛙」は、夏6月の季語である。「青蛙 枝蛙」などの類義語があり、「体調4センチほどの小さな蛙、緑色をしている」。
「雨蛙」をお題にした句の特集ということで、「ハイクブログ - 雨蛙」にある句の数々が味わい深かった。
 東京などは別として、全国的に雨不足だという。この一文が雨乞いの祈りとなって天に通じて欲しいと思う…けれど、小生の祈りじゃ、逆効果かもね。

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コメント

蛙 この懐かしくも、可愛らしく、ふてぶてしい物。
田んぼの真ん中で、ここまで来れるかいと言うように、小さな私に向かってアカンベーをしているように思えた。

弥一さん こんばんは。
蛙の鳴声、あれは気にすると本当に煩いです
でも、それが、心地よい眠りへの音楽のようにも聞こえます。

家の実家に、おそらく、樹齢100年は起とうとする牡丹が一本あります。
その根元に、ヒキガエル君が二匹住み着いて
ゲコゲコ ゴトゴトと夜になると鳴き交わすのです。
足音を忍ばせ、ゲコゲコと真似をすると、一呼吸置いて、ゲコ、ゲコと鳴き返すのです。
幼かった息子達は、ゴトちゃんと名前をつけて
鳴声を聞きに行っていました。
息子達は、ゴトちゃんを擬人化して色々な遊びを頭の中でこしらえたようです。

蛙の解剖も、懐かしい、おかしい、気持ちが萎えるような思い出です。
エーテルが切れていて、何と蛙は脳震盪を起こさせられました(私じゃないよ)理科の先生に。
でも、箸がこけても可笑しく、キャーキャー言いたい年頃のセーラー服の乙女達(私も含む)にとって、蛙の解剖ほど、近づきがたい授業はありませんでした。
友人と二人で、ピンセットを放り出して、逃げていました。

投稿: 蓮華草 | 2005/06/28 22:02

蓮華草さん、コメント、ありがとう。
カエルは不気味だったり、ユーモラスだったり、哲学者然としていたり、不思議な雰囲気を持つ動物ですね。
カエルの鳴き声は煩いけど、農村や畑地にその声がないと寂しいかも。
牡丹…それも樹齢百年!凄い。実物を見てみたい。須賀川牡丹園のような古い牡丹の楽しめる場所もあるらしいけど、実家にあるというのが凄いですね。ってことは、ご実家は百年以上もその地にあるってことなのかな。
そういう土地柄だと、自然との触れ合いの中で物語性や感受性も養われるのでしょうね。

カエルの解剖、やはり、思い出したくない。…そういえば、悪ガキなどは、ホントは自分だって気持ち悪いし怖いくせに、女の子の前では平気そうな顔をしてやって、ハラワタの垂れているカエルを女の子に、ほら!なんてやってたな。でも、怖がる振りして、中には案外と解剖が平気な人もいたのかも。

投稿: やいっち | 2005/06/29 12:23

樹齢百年の牡丹の木は、全く手入れをしないにもかかわらず、たくさん花をつけます。
薄いピンクと濃い紅色が混ざった、でも、変な匂いのする花です。

家は多分江戸時代から今ある地に建っています。
しかし、明治時代に建て替えているので200年も起っていません。
茅葺屋根で、木材は全部自分の持ち山の木です。
釘は一本も使っていないということです。

葺き替えたばかりの萱の屋根は、朝日に金色に輝くそうです・・・・母の談。
私の知っている屋根は、もう輝くことはなく、その代りに、黒くどっしりとしていました。
蛙から故郷の家自慢になってしまって、失礼しました

投稿: 蓮華草 | 2005/06/29 22:31

蓮華草さん、またまたコメント、ありがとう。
コメントを読んで、ますます感激しました。
茅葺屋根の家、屋根だけでも観てみたい。それと、樹齢百年の牡丹の木も。
葺き替えたり、メンテナンスは大変なんでしょうね。

投稿: やいっち | 2005/06/30 01:38

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