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2005/06/12

レイチェル…海の燐光

 以下の引用文は、リンダ・リア (Linda Lear)著『レイチェル―レイチェル・カーソン『沈黙の春』の生涯』(上遠 恵子訳、2002/08東京書籍刊)からのものである(p.419-20)。
 尚、以下の地の文は、リンダ・リアの手になるものであり、引用はレイチェルの手紙からの引用である。

 新月の大潮がはじまっていた。ウエスト・ブリッジウォーターからサウスポートに帰ってまもなくの、ある月明かりの夜、真夜中近くにマージーとレイチェルは海辺に降りていき、波を見、波の音に耳を傾けていた。原始の自然をさらに深く感じようと懐中電灯を消すと、波は燐光があふれ、寄せるたびに、いままで見たこともないダイヤモンドやエメラルドのような大きな閃光を放っていた。その光景に見とれ、砂に光るとらえどころのない鬼火をつかまえようとしているとき、ホタルが一匹、波にきらめく光を自分の仲間と思ったのか、波のそばで盛んに信号を送っているのに気がついた。まもなくそのホタルはうねる波に落ちて湿った砂浜に打ち上げられ、あわてて光を点滅させていた。「そのあとどうなったかはおわかりでしょう」と、レイチェルは翌朝はやくスタンとドロシーに手紙を書いている。  
私は海に入ってホタルを救い出し(鬼火をつかまえようと、もう膝まで冷たい水に入っていたので、またぬれることなど気になりませんでした)ロジャーのバケツに入れて羽を乾かしてやりました。帰るときにはポーチまで連れてきました――そこならもう海の燐光には誘われないでいるだろうと願いながら。これをもとにした子ども向けの物語がすぐに浮かんできました――実際に書くことはないかもしれませんが。

 この伝記は、引用されるレイチェルらの文が豊富で(ほとんどが手紙など)、レイチェルの肉声が読めるのが嬉しいが、このように伝記を書くリンダ・リアの文章が素晴らしい。無論、訳も。
 長大な本ではあるが、決して退屈せずに読めるのも、一義的にはレイチェルという人物の魅力にあるのは間違いないとして、地の文がいいからでもあるのだ。

 さて、この引用の部分は、私生活においては苦難続き(母親の体調が悪く、その世話に明け暮れたり)である中、レイチェルが著作家として成功し、自然保護に目覚めるだけではなく、自分で保護に乗り出そう、場合によってはそれまでは断りつづけていた売れる著作の企画に乗ろう、そうして開発の危機の迫る土地を自分で買おう、などと考え始めていた頃の逸話。
 文中のマージーはレイチェルの姪。ロジャーはマージーの息子。スタンは、この頃のレイチェルが交流を深めていた夫妻の夫の方。夫妻との交流はレイチェルの心の安らぎの場と時を与えてくれた。ドロシーは、この頃のレイチェルの友人。やはり、レイチェルの心の支えとなった人物であり、掛け替えのない親友でもあった。
 この姪のマージーは、この逸話のあと、間もなく、病に倒れ、一旦は快復しレイチェルの家に戻ったものの、やがて時を経ることなく、またもや倒れ、病院に担ぎ込まれて死ぬことになる。ロジャーをレイチェルの手に残して。31年の生涯だった。付き添い看取っていたのはレイチェル一人だった。
 レイチェルは、ロジャーを引き取るのみならず、養子に迎える。
 実は、ロジャーは、物心付く前に父親を失っているのだ。

 たださえ、レイチェルの母親の介護などに疲れ果てていたというのに。また、ロジャーは大人の中で育ってしまったという事情その他で、子どもとしては育てにくい性格となっていて、それがまた、レイチェルを苦しめることになる。
 その詳細は、本書『レイチェル』を読んで確かめて欲しい。
 これらのことを思うと、引用する文章、そしてホタルの光の点滅の逸話がどことなくマージーの運命を示唆するようにも感じられ、一層、儚く印象深いのである。
 
 さらに下に引用する文章で印象的で、しかし必ずしも理解しがたい言葉がある。言うまでもなく、「燐光」である。「波は燐光にあふれ」以下の一文はまさにリンダ・リアの文章の本領発揮といったところだ。が、しかし、では、レイチェルの引用文「海の燐光」にもある「燐光」とは何か、比喩的表現に過ぎないのか、小生にはリアルには理解できない。
 念のため、「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞書」で「燐光」を引くと、「(1)黄リンが空気中で酸化されて出す青白い光」及び、「(2)ルミネセンスの一種。光を当てたのち光を取り除いても、発光が比較的長く残存する現象」とある。分かったような、やはり分からない! 波の、あるいは海の燐光って、一体、何なのか。
 まあ、(1)のほうは、所謂、墓場などでの人魂(ひとだま)の原因である黄リンなどを原因とする青白い光とも関係するのだろう。
 では、(2)のほうは、どうだろう。同上の辞典によると、関連語に「燐光体」があり、「リン光を発する物質。アルカリ土類金属(カルシウムなど)の硫化物に微量の重金属(銅など)を混ぜたものなど。発光塗料として用いる」と説明されるが、やはり、引用する文章の理解に資するとは、直ちには言えないような気がする。

 あるサイト( 燐光群というカンパニー名の由来)の文章中に、「ラフカディオ・ハーンの文章の中に、遠くの海の波間に光が漂っているのを見て、「ある「燐光」の一点を見た」という一節があるのを知った。「ここにいる私も、宇宙から見れば、同じ燐光の一点」と言ったハーンは、この光に自分を転移させてみていたんだと思いますが」などとあるが、典拠を知りたいものである。

 いずれにしても、燐光は蛍光と似て非なるもののようである。蛍光は、「光をあてるとその光の波長にかかわらず,一定の波長に直して放出すること」で、燐光は、「はそれとは違って光エネルギーを外部から与えなくても自ら光る事で,蛍等が燐光の例です」という(「海水魚飼育の理論」より)。
 ホタルの光は、蛍光灯ではないのだ! 燐光の一種なのだぞ! って、力む必要もないか。

ナショナル ジオグラフィック 日本版」を覗くと、コウモリダコの発光器についての興味深い記事が載っていた。
「腕の先端から、光る微粒子を含むネバネバした液体を放出するのだ。タコが捕食者から逃げるために黒いスミを吐く行為によく似ており、コウモリダコは危険を脱するためにこの光る液体を放出するのだと考えられている。捕食者にこのネバつく液体が付着すれば、付近を泳ぐ他の捕食者たちの格好のターゲットになる。窮地を脱出する、まさに“キラリと光る” アイデアだ。」という。

 このサイトにリンク先の示されている「The Bioluminescence Web Page」を覗くと、以下のような説明が神秘的な画像と共に示されている:

It can be expected anytime and in any region or depth in the sea. Its most common occurrence to the sailor is in the often brilliantly luminescent bow wave or wake of a surface ship. In these instances the causal organisms are almost always dinoflagellates, single-cell algae, often numbering many hundreds per liter.

They are mechanically excited to produce light by the ship's passage or even by the movement of porpoises and smaller fish.

Bioluminescence is a primarily marine phenomenon. It is the predominant source of light in the largest fraction of the habitable volume of the earth, the deep ocean . In contrast, bioluminescence is essentially absent (with a few exceptions) in fresh water, even in Lake Baikal. On land it is most commonly seen as glowing fungus on wood (called foxfire), or in the few families of luminous insects. (For firefly information, try here.)

 正確な訳を施す力はないが、大意は以下のとおりか:

 何処の海のことかは分からないが、深海では有り触れた現象のようだ。水夫などの場合は、船の波などに絡んで蛍光現象が発生するようである。ほとんどの場合、渦鞭毛虫(単細胞藻類)に依るものだとか。船の通行以外にも、イルカや魚群の移動によっても光を発生させることがあるという。
 こうした生物による発光現象は、海で主に見られる現象で、深海では光というと、こうした生物発光によるものが大半。陸上では、逆にないか、珍しい現象だという。ホタルなどを除いて。

 こうなると、いずれにしても、燐光は、ある種の単細胞藻類による生物発光現象と考えていいようだ。本来は深海での現象だが、海辺だと、押し寄せる波に伴って、たまに見られるということだろう。
 ホタルには、そうした燐光(蛍光)現象が同類のホタルの光の点滅なのだと受け止めたということだろうか。
 文末には、「これをもとにした子ども向けの物語がすぐに浮かんできました――実際に書くことはないかもしれませんが」とある。無類の詩文の書き手だったレイチェルは、一体、どんな子供向けの物語がすぐに浮かんだというのだろうか。興味津々ではないか。

 この拙稿を書いたのは、「レイチェルは、一体、どんな子供向けの物語がすぐに浮かんだというのだろうか」という好奇心もあるが、誰か、これらの記事から物語を書いてくれないかと思ってのことである。
 そこのあなた! 挑戦しませんか!

 リンダ・リア著『レイチェル』については、既に無精庵万葉記にて若干のことを書いている。
 ホタルについても、つい先日、簡単な説明を施しておいたので、ここでは一点だけ。それは、明滅するのはオスのホタルだということ。その事情は、「蛍の光…惑う光」を参照願えればと思う。

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