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2005/05/28

穀象…極道

 気が付けば五月も残すところ数日。今月のこの季語随筆は、あまり本来のテーマに沿った文章を書いていない。そこで五月の季語例から、あまり人が扱わないような季語を拾って、ちょっとだけそれらしいことを試みてみる。
 選んだのは表題にあるように「穀象」である。読んで字の如くで「こくぞう」であり、「穀象虫」として使われることのほうが多いような気がする。五月の季語扱いのようだが、この虫、温度が高くなり湿気も増す、六月頃にもぞもぞ蠢き始めるとか。
 念のため「穀象 季語」でネット検索すると、検索例は25件のみ。網に掛かった件数としては、最少に近いのではなかろうか。
 ああ、「穀象」さん、評判が悪い…。それとも、もう、現代ではあまり見かけることがないし、従って句作の対象にはなりがたいということか。

 とりあえず、「穀象」についての説明を施しておく。「YS2001のホームページ」の「季語(こ)」という頁を覗くと、「穀象(こくぞう)」については、「米につくコウチュウ目オサゾウムシ科の小甲虫) [夏-動物] 別名⇒穀象虫(こくぞうむし)、米の虫(こめのむし)、象鼻虫(ぞうびむし)、よなむし(よなむし)」と説明されている。
 類義語なのかどうか分からないが、似たような印象を持たせる季語として「米搗虫 こめつきむし 叩頭虫(こめつきむし) 」などを別のサイトで見つけた。異同については別の機会に調べてみたい。
 この穀象(虫)、「米につく赤黒い小さな虫」である。
 あるサイト(2004年5月度の俳句作品)では、「穀象が安らいでいるある日かな」という句に寄せた評釈の中で、「穀類につく二、三ミリくらいの害虫。黒褐色で米にいちばんつきやすく、形が象に似ているのでこの名がある。うっかり飯に炊き込むことがある」といった説明がされている。

 郷里の家は兼業農家だったので、アパート暮らしの時など、米を送ってきてくれた。無論、毎日とは行かないが、せっせと米を軽く洗って炊飯器で炊く。が、一時期、今よりも無精な時期があった…のか、それとも、小分けにしておいたお米をちょっと片付けておいたら、或る日、棚の奥をガサゴソしたら、あれ? こんなものが、ということでポリ容器か何かに入れておいたお米が変わり果て、浅黒く逞しくなった姿で現れ出てくる。
 無論、捨てるはずもない。米の中に何か蠢くものがあるが、とにかく自棄になって洗い濯ぎ砥ぎして、とにかく焚いてしまえばこっちのものだと訳の分からない理屈を立てて、意地になって食べ尽くした。

 農家に育ったものとして、床に落ちてしまった御飯だろうと、決して捨てたりはしない。一粒だって無駄には出来ない。田舎から送って来た米はビニールの袋に入っているので、半透明の容器に移し替えるのだが、万が一、数粒でも、一粒でも落ちたら、目を皿にして探し回り、摘み上げて、誰も見ていない、自分でさえ、見ていなかったと呪文のように呟きながら、容器に入れたり、水に浸けて炊飯を待つ仲間の米たちのもとへ混ぜてやる。

 農家の生まれとはいいながら、面倒なことは何一つしなかった小生のこと、古くなり果てたお米の中に穀象(かどうかさえ、実は分からない。何か細かな虫が蠢いている…その不気味な様子を垣間見ただけで、あとは目を背けるようにしていたのだし。結構、臆病者なのである)などがうにょうにょしているのに気づいたならば、そのお米をお天道様の元に曝しておけば、薄暗い、じめじめしたところが好きな、まして直射日光など嫌いな穀象たちは、勝手に逃げていくのだ、などという知恵など、あるはずがない。
 そうか、白日の下に晒されるのが嫌いとは、まるで小生みたいな根性の虫どもなのだ!

「穀象」なる言葉を、それとも虫を句の中に織り込む例は、ネットではあまり見つからない。あっても、やはり、比ゆ的な表現で使われている事例が多いようだ。ここは、俳句航海日誌の清水昶氏に登場願おう。「穀象の無職渡世や風まかせ」という句が見つかった。
 小生などは(小生に限らないと思うが)、「穀象虫」という言葉を米との絡みで見たり聞いたりすると、どうしても、「穀潰し(ごくつぶし)」という言葉を連想する。
 この言葉、辞典を引いて、「飯を食うだけで、何のはたらきもない人」という説明を求めるまでもないだろう。我が胸に手を押し当てて考えてみるまでもなく、意味は分かる。

 というか、五月の季語例の末尾近くにこの言葉を見出した瞬間、即座に、「穀潰し(ごくつぶし)」を思わないではなかったのだった。よほど、忸怩たる思いがある…、穀潰しだった…、家の手伝いなど何一つしないガキだった…という思いが強いのだろうと思う。
「穀象」、「穀潰し」、「無職渡世」では、類義語のオンパレードで、三題噺のネタにもならない。
 書きながら気づいたのだが、「穀象」は、語感というか言葉の音的な響きからして「極道」に似ている。あるいは、もともと「極道」は、「穀潰し」とか「穀象」と呼ばれていたのだが、後ろ指指されてそう呼ばれる彼らは、たまらず、「極道」などと格好のいい言葉に置き換えてしまったのではないか、などと憶測してしまう。
 無論、根拠は何もない。

 ところで、「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞書」で「穀象」を引くと、「「穀象虫」の略」とした上で、「穀象の自炊の米につきにけり  森川暁水」という句が掲げられてあった。
 せっかくなので、この方の句をネットで検索。小生、この方の名も初見なのである。「夜濯ぎにありあふものをまとひけり」という句が見つかる(「----- 人生歳時記34回(8月号) -----」より)。
 その評釈として、「暑い季節の夜の洗濯だから普段着などは脱ぎながら洗い始める事もあるのであろう。何処に他人の目があるか分らないので、取敢えずあり合わせのものを身に纏った。この句は野川や共同井戸などを使っていた時代のものである」とある。
 我が身に翻って、あれこれ想わせてしまうような、なかなか滋味のある句だと感じた。
北の旅人」では、「貸ぶとん引つぱりあふて寝たりけり」なる句が見つかる。この句の中の「あふて」には、当該サイトに注釈が施されているので、覗いてみるがいいだろう。

 他にも、「袷〈あわせ〉着ててんてんうごく女房かな」や、「どぶろくに身まげ酌むなるおのれ知る」などが、「日国.NET:よもやま句歌栞草」にて見出される。いずれも生活感が生活臭に堕すことなく描かれている。「いささかの塵もめでたや事始」や「椋鳥の冬まためぐり軍あらず」、「夜濯ぎのざあざあ水をつかひけり」などが見つかった。
「焦がしたる目刺にめしのよごれけり」など、まだまだ見つかる様子。鋭さとか形而上感とかではなく、目線の言い意味での低さが持ち味の俳人なのだろうか。が、「かほに塗るものにも黴の来りけり」や「月荒き砂丘 は古邑うづむとや」なるもある。「焼酎にゑうてあざける浪たかし」もあったりして、安易に、こういう傾向の俳人と決め付けるのは危ない。

 余談だが、「穀象」のみをキーワードにネット検索していたら、小生の大好きな随筆家(本来は物理学者だが、その手の専門的な事柄にはついていけない)である寺田寅彦の「鉛をかじる虫」というエッセイを見つけた。一読、やはり彼の随筆は一味違う。
 このエッセイの中に、「色々見せてもらったものの中で面白かったものの一つは「鉛をかじる虫」であった。低度の顕微鏡でのぞいてみると、ちょっと穀象(こくぞう)のような恰好をした鉛のような鼠色の昆虫である」と、比喩として穀象が登場するだけなのだが、エッセイが面白いので、短いこともあり、つい、読み通してしまった。

 何故に、「穀象」のみをキーワードにネット検索したかというと、「コクゾウ、穀象 (Calandra oryzea,L) 貯蔵穀物のなかで最も被害の多いのはコクゾウ虫によるものです。成虫に大害はなく、幼虫によるものが大部分です。コクゾウの大発生があると穀物に発熱現象がおこり大きな被害が発生するため最も恐れられている害虫です。コクゾウの活動は20℃以上では活動繁殖が容易であり、24~25℃以上で繁殖に適し、30℃前後が最も繁殖に好適な温度と言われます。冬期の繁殖はほとんどありません」という説明もいいが、怖いもの見たさで、象の鼻に似ているという「穀象」のありのままの姿を見てみようと思ったからである。
 しかし、なかなか画像が見つからない。

 と思って、さらにネット検索を続けていると、また、「からすうりの花と蛾」と題された寺田寅彦の随筆をヒットした。今度は、「ガスマスクをつけた人間の顔は穀象(こくぞう)か何かに似ている」なるくだりがあるのだ。
 寺田寅彦は、察するところ、よほど穀象という虫が好きなのか、それとも、日頃、身近に接していて、苦しめられつつも、つい科学者らしく米びつから追い払うよりも観察に打ち興じてしまったりしたのか。
 いずれにしても、彼のこと、じっくりと眺めたことがあるのだろうし、画像もあるいは撮っているのかもしれない。

 あああ、画像が見つからない。やはり、お米を一年ほど、ポリ容器に入れて放っておいて、湧き出す彼らの勇姿の画像をゲットするしかないのか。
 もう、疲れた。今日はこれまで。

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