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2005/05/01

青葉繁れる…目に青葉

 表題の「青葉繁れる」が「青葉茂れる」だったとしたら、そこから連想するものは、人それぞれだろう。
 ある年配以上の方だと(それとも右翼の街宣車が流す音楽に詳しい方なら)、「青葉茂れる桜井の」(落合直文作詞・奥山朝恭作曲)という楽曲かもしれない。
国原譜 2004年6月7日」によると、「ご存じ(かどうか知らないが)、楠公父子の「桜井の別れ」を落合直文が作詞、奥山朝恭が作曲した。延元元(1336)年5月、湊川の決戦に赴く楠木正成が桜井の駅(現大阪府島本町)で、長男正行に生き延びて再起を期せと諭す情景を描いている」のだという。
 ちょっと驚いたのは、次の一文。「水戸光圀や頼山陽ら勤王派のほかにも、楠公の忠義に心を打たれた一人に松尾芭蕉がいる。「なでし子にかゝる涙や楠の露」は、今ごろの季節の句らしい。ナデシコに見立てた幼子、正行の袖に落ちた大きなクスノキの露は正成の涙であろうと、芭蕉も桜井の別れを思った」というのだ。
 小生など、芭蕉に「なでし子にかゝる涙や楠の露」なる句があることにも初めて気づかされたような。

 ちなみに、小生がファンとなっている物理学者で随筆家の寺田寅彦による「竜舌蘭」という随筆の中にも、「青葉茂れる桜井の」という曲が言及されている。
「一日じめじめと、人の心を腐らせた霧雨もやんだようで、静かな宵闇(よいやみ)の重く湿った空に、どこかの汽笛が長い波線を引く。さっきまで「青葉茂れる桜井(さくらい)の」と繰り返していた隣のオルガンがやむと、まもなく門の鈴が鳴って軒の葉桜のしずくが風のないのにばらばらと落ちる」とあるように、決して街宣で煩く流すような楽曲ではなかったのだ。

「ガキ帝国」 井筒和幸監督 1981年」という一文の中に、「しかし関係ない話ですが岡本喜八監督の「青葉茂れる」という映画があるんですが、ここでも(仙台が舞台なのですが)威厳のある先生が出てくるんです」というくだりが出てくる。
 岡本喜八監督の映画の情報を調べようと、ネット検索してもみつからない…と思ったら、「青葉繁れる」と表記する74年の東宝映画で、作家の井上ひさしさん原作なのだった。井上ひさしさんというと、小生には、「ひょっこりひょうたん島」の原作者ということで懐かしい作家である。って、勿論、今も現役バリバリの戯曲作家である。

 となると、次は、小説「青葉繁れる」(文春文庫刊)となる。レビューによると、「この長篇は著者の精神的故郷である仙台を舞台に妄想ばかりしていた少年時代をもつ男の思想的半自叙伝をすべての権威を相対化してしまうパロディ意識でつらぬいた愉快な青春小説」という。
 高校時代ではなく、大学生活を仙台で送った小生としては、是非とも読んでおきたい小説だったが、この小説がよく読まれた当時は、あまりに身近すぎて、やや敬遠気味になり、そのうちホトボリが覚めたら読もうと思っているうちに、とうとう今日まで手付かずの状態。覚めたどころか今じゃ冷凍保存されているだろうし、そろそろ読もうかな。
 小生が敬遠気味になったのは、実を言うと、この原作でドラマ化されたことが大きかったのかもしれない(当時は、岡本喜八の手により映画化されていたことに気づいていたのだろうか、疑問)。学生の頃は、小生もちょっとは生意気盛りで、そんなポピュラーなもの、読めるかという感じだったのかも。
 テレビドラマ「青葉繁れる」では、ヒロイン役が竹下景子さんだったとか。
 とか、というのは、このドラマは74年(1974/4/5 ~ 1974/5/31)に放映されていたらしいのだが(小生が大学生になって三年目…三年生じゃないというのがミソ)、生憎と、小生は学生になって二年目までは下宿生活で、夕食の際など、たまには下宿の大家さんの部屋でテレビを見る機会もあったが、三年目には下宿を出てアパート生活を始めた。 
 新聞配達その他をやる貧乏学生にテレビなどあるはずもなく(その後、中古の大型テレビを貰ったことがあった…が、すぐに壊れてしまい、小生は分解し、ブラウン管を不用意に触ったものだから、思いっきり痺れたものだった。感動したのだ…じゃない、感電したのだ! 人生に目覚めるような思いをしたのは、あれが最初で最後か?! 分解してテレビの木枠をサイドテーブルにして使っていたものだった。前面にはレースのカーテンなど付けて洒落ちゃって…)、竹下景子さんとは…じゃない、そのテレビドラマとは見事に擦れ違いに終わったのである。
 なんだか、我が人生は擦れ違いばっかりじゃ。

 余談ついでに書いておくと、昭和四十九年春(!)、北陸銀行のカレンダーモデルに急遽、選ばれたのが当時、まだ無名の新人で女子大生だった竹下景子さんだった。候補には、他に「新劇の卵で近代的美人の宇都宮雅代、歌手・モデルの浅野ゆう子などがいた」とか(「奥野達夫編・著『とやま裏方反省記』(桂書房刊)」参照。本書には、新人だった竹下景子さんらの都内ロケ風景写真も載っている。フレッシュ!)。
 青葉・仙台・富山と竹下景子さんとは深い縁があったのだなー。寅さんの映画のマドンナにもなってくれたし。

 そういえば、小生が大学をなんとか卒業し、上京した年には、さとう宗幸が唄った「青葉城恋唄」(作詞:星間船一作曲・唄:さとう宗幸)が、ヒットしたものだった。これも、小生が仙台を去ってからのヒットだった。
 歌詞に出てくる、「広瀬川」(歩いて、あるいは50ccのバイクでこの川に渡る橋を越えて通学したものだった)、「七夕まつり」(仙台の七夕まつりは8月に催される。小生は8月は帰省中。なので、一度もその賑わいを目の当たりにしていない)、「青葉通り」(大学のある青葉山のキャンパスから下宿までは行きはバスで、帰りは一時間半の道のりを徒歩でトボトボと、この通りなどを掠めて、というのがパターンだった)、「杜のみやこ」(そう、あの頃は杜の都・仙台という雰囲気が残っていた。卒業した翌年から中央の資本が流入して一気に当時の面影が消え去った)。
 不思議というか、面白いのは、唄のタイトルが「青葉城恋唄」なのに、歌詞の中には「青葉城」という言葉が登場しないこと。確かに城郭のない城跡だけれども。小生が最後の最後に青葉山を去った日も、その城跡のある坂道をダラダラと下り降りていったものだった。
 その日、仙台の街並みや広瀬川が眼中にあったかどうか、はっきりとは覚えていない。

 ということで、今回は、季語随筆の枠を食み出してしまった。以下、若干、軌道修正。
 まずは、眼福で気分一新を:

「青葉」でネット検索していたら、お気に入りのサイト「季語の風景」(文・山崎しげ子(随筆家)/写真部・河村 道浩の両氏)の青葉若葉という頁で「新緑のブナ」という画像に遭遇。画像は「落ち葉を踏みながら山の斜面を登った。ブナ、ミズナラ、トチノキ、イタヤカエデといった広葉樹が、高く低く枝を伸ばし、緑の葉を広げている。その若葉の、濃き薄き。見上げると、空が高い」といったもの。
 いつもながら文章と画像とがマッチして、いい雰囲気を醸し出している。

 以下は、丁度一年前、まだ自分が句作に手を染めるとは夢にも思っていなかった頃に書いた「目に青葉…」と題したエッセイ。こういう文章を綴るというのは、句作への下地が自分にはあったということか…。
 尚、松尾芭蕉の頃は分からないが、恐らくは大正時代以降(?)、「青葉」は夏の季語扱いとなってきたようである。芭蕉の「あらたふと青葉若葉の日の光」という句は、季語が「青葉」と「若葉」の二つある季重ねではなく、「若葉」が季語だったらしい。

目に青葉…」(04/05/01)

 昨日、仕事をしていて、ふと、「目に青葉」という言葉が浮かんだ。
 が、度忘れのひどい昨今、何処に由来する言葉なのか、咄嗟には分からない。とうとう、今朝、帰宅するまで、分からず終いだった。
 徹夜の疲れも、日中の爆睡と居眠りと仮眠と惰眠とで、ようやく薄らいだ。よって、気になる言葉の正体や背景を確かめようと思い立った。
「目に青葉」うん、そうだ、鰹だ、鰹が続くという閃きがあった。
 といっても、思い出したのは、そこまで。で、「目に青葉 鰹」をキーワードにネット検索。いつもながら感心するのだが、あっという間に「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」を打ち出してくれる。良かった。
 これで一安心。これでじっくり寝られる…、と思いきや、もう、散々眠ったので、あと数時間は睡魔の訪れがなさそうである。
 そこで、この句の背景を少し、ネット上の情報を頼りに探ってみることにした。
 まず、この句の作者だが、このサイトで山口素堂だと知ることができた。
 そういえば、前にも調べたことがあったんだっけ。
 江戸庶民は、「茄子」「胡瓜」「初鰹」「白魚」などの初物喰いに熱狂したという。
 本当なのだろうか。そんなに新鮮な素材を容易に庶民が入手し口にできたのだろうか。物価が安かったということなのか。あるいは、生に近い素材ほど、入手がし易かった、つまり、我々の時代の、大量生産された製品のほうが安いし手に入れやすい、刺身や野菜は、高級な料亭か、よほど産地に近くないと案外と高嶺の花だという感覚とは、ちょっと違うということなのだろうか。
 それにしても、鰹の刺身、久しく、食べていない。食べたい。

 さて、「目に青葉 山ほととぎす 初鰹 山口素堂」をキーワードにネット検索。すると、筆頭にこんなサイトが浮かび上がってきた。
 これも、なかなか味わい深い、また、読みやすい文章である。今日は、当りがいい。テーマ(キーワード)がいいからなのだろうか。あるいは、たっぷり、睡眠をとったからなのか。
 いきなり冒頭に、「山口素堂(1642~1716)の有名な句に「目に青葉 山ほととぎす はつ松魚(がつを)」というのがあります」と書いてある。
 山口素堂の生没年が知れたのはありがたいが、問題は、句のほうである。
 初鰹が「はつ松魚(がつを)」と記してある。これが本来の表記なのだろうか。
 さらに、「山口素堂は江戸時代前期の俳人で、和歌や漢詩の素養もあり、茶道・能楽などの芸術にも親しんだという当時まれに見る文化人で、松尾芭蕉とも親交が深かったそうですが、この句ほどには知られていないというのが本当のところでしょう」とある。
 本当である。小生などは、名前も忘失していた。

 このサイトによると、河竹黙阿弥の芝居では、「花道から「かっつを、かっつを!」と威勢良く叫ぶ魚売りが現れ」るという。「かっつを、かっつを!」というのを実際に聞いてみたいものだ。
 さぞかし威勢がいいのだろう。活きがいいのだろうと言い換えるべきか。
 ただ、初鰹の値段がべらぼうに高いのは困る。サッサと退散である。

 次にヒットしたのは、こんなサイトである。
「初鰹」が、「堅魚」として、「奈良時代の木簡類に記されていた」ことが知れる。さらには、長屋王邸にも、「「十月」の進上品として送られてい」たのだとか。悲劇の主・長屋王も、「堅魚」を口にしていたのだろうか
 このサイトを覗いてみたら、意外な事実を知ることができた。
 なんと、「山口素堂がこの句を詠んだのは延宝6年(1678)頃と云われている。それまで鰹を生で食べる習慣はなかったのだが、この時期の鰹は刺身でこそ絶品と、粋人の江戸っ子に示した句だ」というのである。
 それまで鰹を生で食べる習慣はなかった…。そうだったのか。刺身で庶民が食べるようになったのが江戸初期だったということなのだ。

「鰹といえば土佐、土佐といえば「タタキ」」という一文がある。そうだ、土佐の一本釣りを忘れてはならない。江戸の仇(カタキ)を長崎で…という、ちょっと物騒な常套句があるが、鰹のタタキは土佐で、なら穏当だし、美味しそうである。
 さすがに小生は、土佐の一本釣りを生では見たことがないが、青柳裕介氏作の漫画「土佐の一本釣り」は、豪快爽快な作風で、好きで読んでいたものだったが、惜しくも三年前に青柳裕介氏は亡くなられている

 いろいろ検索してみても、初鰹やほととぎすについての言及は必ずのように見られるが、「目に青葉」に触れるサイトは少ない。読んで活字の如しで、今更、説明など不要、ということなのか。
 言うまでもないが、山口素堂は、松尾芭蕉とも親交があったのだという、その松尾芭蕉の句を逸するわけにはいかないだろう。

 あらとうと 青葉若葉の 日の光  松尾芭蕉

 さて、昨夜は、車中で八十八夜という言葉も耳にした。
 恥ずかしいが、これまた小生は勘違いしていた。文部省唱歌「夏も近づく八十八夜」という茶摘み唄の
印象で、立夏まで八十八夜だと思い込んでいたのである。勿論、そうではなく、立春から数えて、なのである。
 このサイトはこの八十八夜について、簡単に説明してある。
「立春から数えて八十八日め、八十八とい字を組み合わせると米という字になることから、この日は農業に従事する人にとっては特別重要な日とされていた。この日、「ハチヤブリ」といってたいていの家では苗代に種籾を蒔く」という。
 田舎の我が家は、明治に分家して、三代目までは専業農家、四代目の父は兼業農家として田圃(や畑)に精を出してきたが、とうとう今年から、米作りから手を引くことになっている。
 毎年、田植えの時期に当るこの連休には小生は帰省していたが、だから、今年は帰る意味がなくなってしまったのである。
 それもこれも不甲斐ない小生の故なのだが。
 このサイトによると、「また、この日に摘んだ茶を飲むと、命が延びる、中風にかからない、といわれている」とのことだが、小生は、もう、十年来、自宅ではペットボトル以外のお茶を飲んだことがない。あれこれ思いを募らせつつも、実際には、ひたすらに無風流の坂道を転がり落ちる小生なのだ。
 都会の片隅に住む小生に、ホトトギスのさえずりなど期待できない。初鰹も縁がなさそうである。せめて、街路樹の青葉若葉を愛で、日の光くらいはたっぷりと浴びることにしよう。


[「無精庵万葉記」では、昨日から今日にかけて十個ほどの書評エッセイをアップさせています。一つくらいはお気に召す本があるかもよ。]

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コメント

おはようございます。
私などは目に青葉から一気に初鰹まで飛んでしまいます(^^;)
10年以上前ですが3ヶ月間入院したことがあります。入院の時に灰色だった町並みにそれこそ青葉が溢れていて、目に染みました。綺麗でしたね。この美しさが分かっただけでも入院して良かったと思いました。

投稿: さなえ | 2005/05/01 10:31

さなえさん、「私などは目に青葉から一気に初鰹まで飛んでしまいます(^^;)」うーん、さすが生きがいいですね。
入院に限らず体調が悪かったのが、やや回復しかけた頃など、ふと、生きてあることの懐かしさ、有り難さ、この世界がいのちに満ち溢れていること、吹く風、雨のひと雫、枝葉のゆらぎ、幼子の歓声、ちょっとした足の裏の大地を踏む感じ、そんな普段は気づかないようなことに心がゆらぐものですね。
 青葉繁るこの世界の光に満ちた空気を満喫したいものです。

投稿: 弥一 | 2005/05/01 19:15

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