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2005/04/11

花散らしの雨…言の葉

 東京は昨夜来の花散らしの冷たい雨である。日曜日の花散らしの風のあとの、追い撃ちを掛けるような雨。ソメイヨシノなる桜は、昨日でさえ、淡いピンクの花びらより緑色の芽が目立つようになっていたけれど、これで、一気に緑の葉桜へと化粧変えしていくのだろう。
「花散らしの雨」は、季語なのかどうか、小生は知らない。が、花といえば桜のようだし、現代の日本において桜というと、圧倒的にソメイヨシノのようなので、春、それも桜の散る頃の季語として通用しそうである。
 あるいは既に季語と成っているのか。
 ただ、桜といっても、種類はいろいろある。もっと色鮮やかで、花びらの密集しているような桜もある。こちらのほうは、この冷たい雨にも関わらず、もう少し咲き続けるのではなかろうか。散るのが桜の美学のように言われたり感じられたりするようだけれど、花は咲いてこその花なのだと思う。決して散った風景が、まして路上に撒き散らされ、車に轢かれ吹き飛ばされ、人に舗道のちょっとした化粧だとばかりに踏みつけられていくのが素晴らしいはずもない。
 明治以降に醸成された美意識の底や裏側を、たまには考えてみるのも、一興だと思うのだが、やはり野暮というものだろうか。
 小生に、「池の桜」という掌編や、「坂口安吾著『桜の森の満開の下』 」という書評エッセイがある。こららには、桜についてのコラム的知見を書いておいたので、覗いてもらえたらありがたい。

 さて、散る桜の花びらから、言の葉を連想したわけでもないが、以下は、これまでにも増して野暮な書評風エッセイとなっている。
 言葉への拘りという点で、紹介する本は、小生には興味津々の世界に導いてくれる。扱った本は、そうした言の葉の世界への入門書でもある。

 岡野 弘彦著『折口信夫伝―その思想と学問』(中央公論新社)を読んでいる。著者の岡野弘彦氏のことは本書を手にとるまで、小生には全く未知の人だった。まして歌人だなどと、知る由もない。
 が、本書を見出したことは、小生には発見だったことは間違いない。別に本書で著者が2001年和辻哲郎賞を受賞したからでは、無論、ない。著者の師である折口信夫への学問と人間とへの深い理解と、なんといっても愛情が読みながら、つくづくと感じられ、しかも、子弟愛特有の恩師一辺倒のべたつきもない。
 それは、筆者(1924年生まれ)が学者であるということもあるが、師である折口(1887年まれ)とは年齢が四十歳も違うこともあり、師の家に同居して師の生活や人間に直に触れていたとしても、さすがに冷静な目を保っている訳である。
 本書の内容について、小生のようなものが書評をするのも気が引ける。まずは、例によって出版社の宣伝文句を示しておくと、「人間を深く愛する神ありてもしもの言はゞ、われの如けむ。戦後日本のあるべき姿に沈痛な思いをよせた折口。その学説を継ぐ著者が、緻密な知的追求と激情を秘めた詩的で求道的な思索とが交錯する師の内面をみつめ直し語り尽した力作伝記」ということになる。
 著者についてネット検索して調べてみた。「折口博士没後50年記念事業の紹介」というサイトがあり、そこでは、同氏のプロフィールが、以下のように示されている:

 國學院大學名誉教授・國學院栃木短期大学学長。大正13年生まれ。
 神宮皇學館を経て國學院大學国文科を卒業、折口信夫に師事。日本芸術院会員。
 宮中と関わりが深く宮内庁御用掛、昭和天皇の作歌指南役を務めたほか、皇太子殿下・雅子妃殿下に和歌をご指導した。
 紫綬褒賞、勲三等瑞宝章、現代歌人賞、釈迢空賞、芸術選奨文部大臣賞、和辻哲郎文化賞、読売文学賞などを受賞、著書に『冬の家族』『滄浪歌』『海のまほろぼ』『天の鶴群』『折口信夫伝』など多数。
(転記終わり)

 本書の目次を示す:

 古代学と万葉集
 万葉学とアララギ
 まれびと論以前
 力ある感染教育
 内なる「まれびと」論
 国学と神道
 国学の伝統
「まれびと」とすさのを
 日本人の神
 時代と批評精神〔ほか〕

 小生は柳田國男の書は若干は読んできたが、その弟子筋であり学問的にライヴァルでもあった折口信夫については、敬して近寄らずという姿勢だった。それは、目次にもあるように、「まれびと」という下手すると神秘性を帯がちな概念の発掘者だとか、文章が難解だということもあったが、やはり、たまに書店や図書館などでちょっと齧っただけでも(表面的な、字面からの印象だと)天皇(制)崇拝者だとか、古代を過大に過重に評価している人、といういつしか刷り込まれてしまった偏見を上塗りするに終わってしまうのだった。
 さて、本書は、『折口信夫伝』と、「「伝」とあるが、中味は「論」であって、いわゆる伝記ではない」と思ったほうがいい(「読書ファイル   2001年 7 - 9月 加藤弘一」より)。
 尤も、「前著(同氏著『折口信夫の記』)に、折口信夫が民俗学選んだのは両親との葛藤が動機になっているという見方が示してあったが、本書ではそのテーマを本腰をいれて掘りさげている。すなわち、額に大きな青痣を負って生まれてきた自分を母の過ちの結果と思いこんだ折口は、母につながる自分を浄化しようとして、古代と民俗祭祀に向かったのではないかというのであるが、そこに時代がもたらした天皇個人崇拝と戦争の問題が重なってくる」といったほうに、随所に伝記的な叙述があり、折口の人間味に触れる意味で、好もしい。
 同時に、「時代がもたらした天皇個人崇拝と戦争の問題」などが絡まり、話は決して単純なもので済むわけもない。
 同上サイトに、著者による「まれびと」理解が引用されている。転記させてもらう。ここは、小生にもある意味、一番、興味深い部分でもあったのだ:

折口が日本人の神を「まれびと」の来訪に据えて見る考えと、まれびとをそれぞれの村へ時を定めて将来するために、人がまれびとに扮してまれびとの資格で、神話の時間、神話の空間をよみがえらせ、村人の篤い心のるつぼの中で発する呪言を、まれびと信仰の核に据える考えは、戦前も戦中も戦後も変わっていない。その都度まれびとに扮する資格を得るだけの試練を経る村の習わしと、特定の系譜の上にその資格者を限って、教義と儀礼と系図の裏づけによって論理化していった宮廷信仰とでは、大きな相違の姿が生じるのは当然のことだ。その宮廷信仰の様相にも折口は探求の心をとどかせたけれど、日本人の総体の「まれびと信仰」の上から見れば、天子もまた常には人であって、祭りの中枢の時に限って神としての資格を持つという考えに変わりは無いのである。
(転記終わり)

 尚、「読書ファイル   2001年 7 - 9月 加藤弘一」の中にある、『折口信夫の記』についての書評は、面白かった。特にアララギ派との関わりにまつわるエピソードなどは、詳しく知りたいと感じさせた。小生、この「記」を是非とも読みたくなった。
 
 先に進む前に、折口信夫について、もう少し紹介しておくべきだろう。が、ここではあくまで岡野弘彦氏の本が焦点なので、再度、上述の加藤弘一氏のサイトを参照させてもらう:「折口信夫:作家事典:ほら貝
 さらには、折口信夫が師と慕い終生、敬愛と感謝の念を忘れなかった三矢重松という存在にも触れざるを得ないが、これも、ネット検索したら、好感の持てるサイトが見つかった:「鶴総研からこんにちは 第2回 鶴岡が生んだ国学者  三矢重松と源氏物語  松田 義幸
 このサイトの冒頭で、岡野弘彦氏による三矢重松の紹介が、本書より引かれている:
「「三矢重松は鶴岡の士族の家の人で、いわゆる三矢文法を説いた文法学者として知られているが、実は国学最後の人といわれるほど、明治の世にあって国学の伝統と情熱をきびしく伝えていて、一見して古武士のように端正で激しさを感じさせる清冽な容貌が人の心をとらえた」(岡野弘彦著・折口信夫伝)
「三矢重松は加藤代議士の親戚にあたるということで、これまでの話に加えて「神の国」問題、靖国神社問題、国学の現在など、三矢、折口の直系にあたる岡野先生から昼のひととき、レクチャーをいただいたのである。加藤代議士はその時に日本人のアイデンティティにいたく感じ入った様子であった」とあるが(加藤代議士とは、元自民党幹事長の加藤紘一代議士のこと)、岡野氏は、一体、どんな話をされたのだろう。

 さて、あちこちのサイトから転記させてもらったので、小生も、本書から抜書きさせてもらう。岡野氏が語る折口信夫の一側面ということで、こういったエピソードめいた談話をしばしば傍にあって伺えたということなのだろう。

 たとえば、歌枕・枕ことばなど、「枕」といわれる言葉、歌語の上の約束なども、日本人の心と言葉の間に深い脈絡を示す用語である。その点に関する折口の考えを一番わかりやすく伝えるのは、枕草子の中に記された有名な逸話に関する折口の解釈である。
 一条天皇の中宮定子が、兄の伊周から奉られた草子について、「これに何を書かまし。上の御前には史記という書をなん書かせ給へる」と、清少納言に問いかけたのに対して、「枕にこそはし侍らめ」と答えた。中宮はそではといので草子を清少納言に下された。それがやがて枕草子になったのだという。折口はこの話の内容について、次のように解説している。

 ……この枕は、枕を書く草子にしようといふ意味に違ひない。人に依ると、枕もとに置いて、思ひつくまゝに書くに備へて置くもの、と考へてゐる。けれども、枕なる語は、さうした意味ではないやうである。いはゞ、ことのはのまくらといふ事で、この時分の通用語なる、まくらごとまくらことばの意味である。文章の中心になつて、その生命を握つてゐる単語、或は句の意味である。
(「枕草子解説」)

 折口は枕について、古く日本人は信仰の上では枕を「魂、殊に生魂(イキミタマ)の集中保持せらるゝ処」と信じていたと述べている。それに対して「ことのはのまくら」というのは、言葉の中に、生命・生魂の宿っている部分をさしていうのである。古代の祭りの場において、まれびとが神となって顕(た)つべき特定の神聖な設備の場や物が「まくら」であるのと同じく、祭りの時にまれびとに扮した聖なる資格者の発する力あることばが「ことのはのまくら」である。折口の「日本文学の発生」の論はここから始まるのである。さらにその力ある言葉の伝統は、枕ごと、枕ことば、歌枕などという枕という語を含んだ言葉の中に、後世の印象を残している。清少納言が中宮からいただいた草子に書きつけたものは、歌に詠むべき山川の名や、歌にふさわしい題材、さらには中宮の動静にかかわる話であって、中宮および中宮に仕える女房達が歌に詠んで世に伝えるべきものの精粋を集録した、後世の作歌用語便覧、あるいは歌のための必携辞典の如きものである。これはさらに時代を遡らせて古い風土記の姿を考えれば、かえって理解がしやすいかもしれぬ。古風土記が撰進された目的は、それぞれの国の「地名や山川草木の名号の由来や、古老相伝ふる旧聞異事」を記録して、宮廷に奉ることにあった。つまりそれは、国にまつわる「ことのはのまくら」を集録し、宮廷に報告することによって服属の誓いとし、国々の力を中央集権化する目的にかなうものとしたのである。一口に言えば、国々の神話を奏上する形である。
 後世、それぞれの国の代表的な「歌枕」となるのは、古風土記に伝えられるような由緒ある地名であり、「枕詞」となるのは、「筑波の山に黒雲掛(か)きて衣手(ころもで)漬(ひた)ちのむ」といった、常陸の国の古い風俗(くにぶりの)諺の変化が示す如く、国ぶりの祝福の呪言の集約部である。
 こういう「ことのはのまくら」に対する信頼の心を背後に持って、和歌の伝統はその力を持続し、日本人の長い執着の対象となり得て来た。言葉の力は、一つの詞章や物語の全体にまんべんなく宿るというものではなくて、特に集約した部分に集まると考えられた。ここに古い替え歌の派生してくる理由があり、また物語のエッセンスとしての歌の力が信じられる結果、物語と歌との結びつきの上にさまざまな混合・異同が生じるようになる。先の二つの引用文において、折口が記録させた古典の中の、記録以前の口誦による伝承の上の乱れや、記録期に入ってのかなり意識的な語り変えや合理観による変化を述べているのも、その基礎には古代歌謡と物語に関する体系的で緻密な見通しをもって述べているのである。やがて和歌表現上の技術的な特色となる、縁語・掛け詞・本歌取りなどという技法も、その根源をさぐれば単なる技法の問題にとどまらず、歌の根底に流れる「ことのはのまくら」への信頼感とつながっている。その点の連繋を見ないで、単に中古和歌の技法とする見方は、折口によって打破せられた。
 日本文学における心とことばの問題について、折口はもっと早く、文献以前の口承の時代に淵源し、記録以前から記録の時代にかけての困難な追求に先覚的な努力を傾けたのであった。
(p.291-4)

 必ずしも本書の中から一番、印象的な部分を抜書きしたわけではない。丁度、ここまで読んでいたというわけである。こうした箇所が、随所にあるのだ。

 言葉の淵源へのこだわり。一つ一つの言葉の成り立ちへの深い理解。天才的としかいえないような洞察。
 ちなみに、小生には、「「言の葉」徒然」というエッセイがある。近いうちにアップさせたい。

 本書を先週末から読み始めて、夢中になって読んでいた。が、今日の月曜日は、病院通いで、中断を余儀なくされたのが残念。今週前半は、本書を読む事にかかりきりになりそう。
 財政事情があって始めた図書館通いだが、ありがたいことは多々ある。たとえば、ここに紹介したような良書だが地味な本は、書店に置いてあるのだろうか。あっても、発見できるだろうか。
 が、仮に僥倖に恵まれて出会ったとしても、小生の懐事情を考えると(これで一年以上、一冊も本を買っていない!)、興味はあるけど購入は…断念するという結果になるのが決まっている。折口信夫伝だって、だったら、「死者の書」など、折口本人の本を買えよ! と自分に言い聞かせて、手にはしても購入はしないだろう。
 が、図書館で借りるとなると、パラパラと捲った感触で、いいなと思ったら、即、借り出せばいいわけである。
 どうやら、当分は、図書館通いが続きそうである。

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岡野弘彦 † 【おかの ひろひこ】 ↑『折口信夫伝 その思想と学問』 † (中央公論新社)2000年9月 国見弥一 桐田真輔 2 [続きを読む]

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