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2005/04/21

苔の話…ひかりごけ

 秋山 弘之著『苔の話―小さな植物の知られざる生態』(中公新書)を読み始めたということで、前日の季語随筆・番外編「苔の話あれこれ」では、「苔」の周辺を主に季語との関連で若干、探ってみた。本書については、読みかけだったこともあり、「はしがき」の一部を紹介するのみに留め、中身には触れないでおいた。
 本書から「苔」の生態その他についてあれこれ説明するのも小生の手に余る。
 それよりも、「苔」というと連想する文学作品の筆頭の「ひかりごけ」に焦点を合わせて見たい。言うまでもなく、武田泰淳の小説(戯曲)である。
 本作品は、所謂「「ひかりごけ」事件」に話の糸口を得ている。その事件の詳細は:
「ひかりごけ」事件
ひかりごけ事件

 見られるように、「「ひかりごけ」事件」は本当にあった事件なのである。
 武田泰淳は、この実際にあった事件を知床半島・羅臼の地元中学校の校長に聞くことから小説を書き出している。
 小説(戯曲)「ひかりごけ」の粗筋は、例えば、「ひかりごけ - goo 映画」などで読める。
 また、例によって当然ながら、「松岡正剛の千夜千冊『ひかりごけ』」も採り上げている(「ひかりごけ」新潮文庫)。
 この小説はメタフィクション的な構造を有していて、小説の中の登場人物が突然、書き手になってしまったりする。「ここで「私」は、現実の作家(これはまさに武田泰淳のこと)に戻ってしまい、野上弥生子の『海神丸』や大岡昇平の『野火』を思い出しつつ、この事件を戯曲にしようと試みる。ここが奇妙である」
 そう、とても奇妙な構造の小説なのだ。

 この戯曲の場面だけを抽出しても一級の作品足りえるだろうに、何故に武田泰淳はこうした構造の小説に仕立てたのか。ある意味、この小説の一番の謎は、ここにあるのかもしれない。今にして(遅まきながら)、そう思う。
 初めてこの小説を読んだのは高校時代のことで、曖昧な記憶では、現代国語の中に戯曲の部分だけが載っていたものと思う。
 読んだ、というより、現代国語の先生が読んで聞かせてくれたことがあって、目を閉じて、じっと聞いていて、次第にその世界に引き込まれ恐怖感をさえ味わったことを覚えている。
 その後は、高校の終わり頃、文学全集の中の「武田泰淳集」で「森と湖のまつり」や「もの喰う女』」「史記の世界」といった一連の作品と共に、改めて読んだ…きりのようだ。
 それでも作品の世界は鮮烈な印象として今も残っている。特に先生が読み聞かせてくれた時のリアル感が今も生々しい。
 人肉食ものとしては、「松岡正剛の千夜千冊」にも紹介されているように、野上弥生子の『海神丸』や大岡昇平の『野火』などがある。しかも、武田泰淳の「ひかりごけ」は、上でも引用したように、これらの存在を知った上で、それまでの聞き書きの旅行記風な形式から戯曲へと小説も表現手法も一気に転回する。
 恐らくは、人肉食の場面は、当事者から直接聞いたのであっても、その鬼気迫る光景は描ききれないという作家の直感もあったのだろうが、同時にその辺りには、「史記の世界」から小説家としての作家への大変貌を遂げさせる秘密が潜んでいるものと思われる。
 武田泰淳が小説化、さらに戯曲化したことで事件が普遍性を獲得し、映画にもなり、舞台でも上演された。原作が54年の発表なのに、その翌年には劇団四季が初演を行っている(「劇団四季 ステージガイド ひかりごけ」参照)。

 さて、武田泰淳の作品は虚構作品だが、事件そのものは実際にあった。また、小説を印象付ける上で決定的とも言えるのが(小生にはそう思える)題名の「ひかりごけ」だろう。
 ある意味、武田泰淳に失礼にならないかぎりで、小説のタイトルを「ひかりごけ」とした時点で、本作の成功は約束されたようなもの、などと言ったら言い過ぎだろうか。
★ ひかりごけ ━ 夏 ━━━━━・」で、実際に光っている「ひかりごけ」の画像を見ることができる。「マッカウス洞窟と呼ばれる洞穴」の光景も気のせいか、それなりの雰囲気が漂っているような。
 今、光っていると書いたが、秋山 弘之著『苔の話―小さな植物の知られざる生態』を読んでいて知ったのだが、実は、「苔そのものが発光しているのではなく、外から入ってきた光に苔の細胞が反射して光を放っている」のである。
 というか、この事実を知って、せっかくなので、「ひかりごけ」の周辺を改めて探っておこうと思い立ったのである。
 念のため、もう少し説明を加えておくと、「鮮苔類に属し微細な原糸体の細胞内にある透明な細胞液がレンズの役目をし細胞液の後ろにある葉緑体に光があたり淡緑色に見えるのです」ということだ(「知床らうすへようこそ!<羅臼町商工会>」参照)。

 ちなみに、「光りを反射しているということは、見る角度によっては輝かない。ひかりごけを見るには“見方”というものが存在する。映像や写真をご覧頂ければわかると思うが、普通に立っていては見えない。少しかがみ、さらに頭を下へもっていくと、キレイに輝くひかりごけを見ることができる」というわけである。
 上掲の「ひかりごけ ━ 夏」には、「少しかがみ、さらに頭を下へもっていく」見学者の様子を示す画像も載っていて、微笑ましい。
 
 話は変わるが、演劇モノとして「劇団四季」が逸早く採り上げたことは上記したが、最近でも意欲的な舞台の題材として「ひかりごけ」が採り上げられているようで、たとえば、「Wonderland 三条会 『ひかりごけ』」は、「三条会の描く「演劇」は極めて現在的な創造」だという。
 武田泰淳が旅行記風に書き出し、不意に戯曲へ転換する、そういった作品の構造が、先鋭的な者たちの創造意欲を掻き立てるのだろう。宿命的に入れ子的な構造で複層的に描き、また、見るものにも複眼的に見ることを求める結果になるのだろうか。
 観客(読者)が複眼的になることを強いられるとは、つまりは参加者にならざるをえないということを意味しているのかもしれない。視座の乱反射。
 思えば自らが光るわけではなく、見るものの角度などによって反射によって光る「ひかりごけ」の生態こそが、武田泰淳の作品「ひかりごけ」を象徴していたのかもしれない。
 ひかりごけに限らず、苔は光(と湿気)が不可欠の植物である。が、潤沢な光や湿気がある場所というのは、もっと他に占有せんとする苔の種類がある。競合する多種が複数ありえるわけである。で、推測のようだが、光が辛うじて届く洞窟の中に「ひかりごけ」は生息の地、安住の地を得たわけだった。
 が、あまりに光が乏しいので、細胞の中に集光レンズのような葉緑体を作り出すという、光を取り込む絶妙の機構が備わる必要があったと考えられるわけである。
 秋山 弘之著『苔の話』によると、ひかりごけは、長野県岩村田、吉見百穴、北海道羅臼のマッカウス洞窟、富山県立山の称名の滝周辺、群馬県浅間山麓の鬼押し出し、その他に生息しているが、皇居外苑にも生育しており、「江戸城跡のヒカリゴケ生育地」として国の天然記念物に指定されているとか。
 石垣の間に生育しているとかで、生育場所として不自然であり、恐らくは、江戸城の石垣工事の際に岩と一緒に運ばれたのではないか、という。
 尚、自宅でもヒカリゴケの栽培は可能とのこと。育てながら、「ひかりごけ」の世界に浸るのも一興かも(?)。

 ところでさて、上掲の「「ひかりごけ」事件」にもあるように、悲惨なことだが、先の十五年戦争中、特に南方の戦線では、食糧不足に悩まされ、飢餓に苦しむ日本兵が敵のみならず味方の死骸を食べて生き延びようとしたこと、しかも、それが例外的な事実ではなく、頻繁にあったことは悲しく酷い事実のようである。
 あまりにこうした事例が多いので、せめて敵兵の肉を食べるにせよという忠告(緊急処断令)を司令官が下したという。
 日韓共催のワールドカップがそろそろ開催される頃だったろうか、日本で、韓国では犬の肉を食べるという習慣があることが話題になったことがあった。こうした犬の肉を食べる習慣(という表現が適当かどうか、食べる人は躊躇わずに食べるということだったのだろうが)そのものは、知る人ぞ知るだったが、大概の日本人にはおぞましいものに映っていたはずだ。
 が、ほんの数世代前までは日本の一部の藩には、それも、庶民どころか家老職レベルの人が犬の肉を食べているのは公然の秘密だった。けれど、そこも今では、まずは食べないだろう。
 人肉食についても、公然かどうかは別にして、昔は風習としてあったのかもしれない。それも、飢餓状況で切羽詰ってということではなく。飢餓状況では土だって喰らう。まして人の肉など…以下略、というわけである。
 小生が高校時代、人が人の肉を食うことをおぞましいこと、鬼畜にも劣る所業と思ったのは、単に自分が世間知らずであり、飽食とまではいかないとしても、餓えに苦しむ経験、餓えて切羽詰って人を殺めて、という状況に幸いにして遭遇せずに済んでいたに過ぎないのかもしれない。
「ひかりごけ」の状況にしても、単なる人肉食事件としてなら、武田泰淳ならずとも、先の戦争の悲惨と現実を知るものには、周知の事実に過ぎなかったのかもしれない。だから、おぞましい事件であることは間違いないが、事件の現実を描くには、旅行記風の形式で淡々と描くに如くはないというのが、武田泰淳の当初の思惑だったのかもしれない。
 が、そこに作家魂がムクムクと沸き起こってくる。人肉食がおぞましいということを描くのではなく、おぞましいものとして人肉食を表現する。この現実は嘗てあったのだという事実の現場に読むものを立ち会わせる…。読むものだけではなく、書き表現している自らをもその現場に遭遇させねばならない。それでこそ、作家の名に値する。
 そんな思惑と目論見と野心が作家には、あってしかるべきものと小生は思う。
 現実というリアルなもの。小説というフィクションの世界。フィクションでありながら、現実に見合う、乃至は現実以上にリアルな現実としてのフィクション。人間の想像力によってなら、人間の想像力に訴えかけることで、血肉ほどのリアルなるフィクションが脳髄に刻み込める。
 武田泰淳は、「史記の世界」からフィクションの世界へ転向するに成功したのかどうか。少なくとも「ひかりごけ」においては成功したのかもしれない。が、さて残りの作品群においてはどうだったか。小生が学生時代に読んだかぎりでは、その意図や良し、というのが小生の評価・判断だったという記憶がある。今、読み直したらどうだろうか。

 小生には、「黴と錆」という掌編があるが、「苔=モス」ということでは、「スパニッシュ・モス」という、小生としては一番の長篇(中断中)がある。いつか、続きを書きたいものである。

「掃苔(そうたい)」という言葉がある。「大辞林 国語辞典 - infoseek マルチ辞書」によると、「〔墓石の苔(こけ)を掃き清める意〕墓参り。特に、盂蘭盆(うらぼん)の墓参をいう。墓掃除。[季]秋。」の意。
 ネットには、「文学者掃苔録」という、設立されてからもう10年になろうとするサイトがある。ここには文学者の墓所一覧などがあるが、昨日、そこに一人、加わってしまった。丹羽文雄氏である。
「20日午前0時25分、肺炎のため自宅で死去」とのこと。100歳だった。
早稲田と文学(丹羽文雄)」で、簡単な経歴を知ることができる。

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