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2005/03/22

厩出し(うまやだし)

 今日の表題を何にしようかと【3月の季題(季語)一例】を見ていたら、「厠出し」という言葉が見えた。
「厠出し(かわやだし)」って、何?
 早速、当該の季語をコピーし「厩出し 季語」でネット検索して、意味を探る。すると、「厩出し(うまやだし)」と仮名がふってあるではないか。
 とんだ、勘違いだった。小生のパソコンは古いし、モニターの解像度が低いので、「厩(うまや)」ではなく、「厠(かわや)」と読めてしまったのである。
 ただ、ネット検索する場合は、文字を記入すると面倒なので、季語例のその言葉をカット&コピーの上、検索の窓にペイストするので正しい言葉を検索している。なので、ちゃんとした検索結果が出てきてくれた。
 これが小生のような無精者でなかったら、勘違いしたとおり、「厠出し(かわやだし)」(と「季語」)で検索したはずである。但し、実際に試みた人は分かるはずだが、「厠出し 季語」でネット検索しても、「該当するページが見つかりませんでした」となり、あれ? という戸惑いに終わるはずである。
 さすがに、ネットの世界は広いとはいえ、小生ほどの頓珍漢はいないということか。なんだか、世の中の人が皆、我より偉く思えて、劣等感など覚えたりする。

 さて、気を取り直して、「厩出し(うまやだし)」という季語は、どういう意味合いを持つのか。「春の季語(行事・暮らし編-種類順)」によると、「牧開き(まきびらき)」や「まや出し」という類義語があり、「閉めてあった牧場を開き、早春に牛馬を放牧すること」だという。
 小生の生れ育ちには、牧場は一切、関係ない。多分、親戚筋を広く辿っても、関係する人はないだろう。
 その意味で、この「厩出し」には、生活実感なり思い出なりを絡めた形で触れるのは、まずは無理だろう。
 けれど、この季語、この言葉、それとも、このいかにも早春を思わせる開放感たっぷりの光景、せめて言葉なりとも触れておきたい。
 郷里の我が家は四代前、明治の世に本家より幾許かの農地(畑地)を貰って分家した。本家は戦国の世に武田方と上杉方との戦いで敗れ、武士を捨て百姓となったと聞いたことがある(確かめたことはない)。
 分与されたのは幾許かの農地とはいっても、一家が生計を立てるには十分の土地だったようだし、小生がガキの頃には、各地に分散された形で田圃や畑があって、子供の感覚では広いとはいえないが、狭いとも言えなかったような気がする。
 が、父の代になって所謂兼業農家の形になった。父は週日は仕事に行き、週末などは農家の仕事をする。普段は母などが庭や畑の世話などに家事と併せ精を出していた。
 
 ところで、我が家の庭先には田圃は別にして、畑や肥溜めや納屋や土蔵などがあった。が、ずっと謎だったのは、納屋である。納屋の中には、藁などが山積みされているのだが、しかし、土蔵もあるし、脱穀など多くの作業のできる土間もある中で、納屋が何に使われているのか、分からなかった。
 ただ、そこに古びた板張りの、掘っ立て小屋よりは幾分はましかなという建物があるから、とりあえずは、敷き藁などを詰め込んでおいてある。
 小生の幼い印象でも、なんとなく中途半端な建物なのだった。
 中には、灯りなどまるでなく、作業をするとしても日中しか無理なのは明らかだった。入り口にはドアの類いはあったのかなかったのか。自分で開けたという記憶はない。開放になっていたかもしれない。その入り口からの光以外は、灯りは差し込めず、昼間でも薄暗い。中に、中二階というのも気が引けるような、それでも、縄梯子か何かで登れば人が一人くらいは登って、作業道具くらいは置けそうな、思いっきり気取って表現するとガキ向けの秘密の隠れ家、あるいはロフトめいた空間もあったような。
 その隙間風だって入り放題の板張りの建物の正体が分かったのは、ずっとあとになってのことだった。
 それも、小生が大学生になり郷里を離れている間に、その建物が跡形もなく消え去り、庭の一部になってしまってからでさえも、何年か経ってからのことだった。
 帰省の折、家族で何処かへ会食に行った際の雑談の中で、昔の我が家の建物のことに話が及んだのだった。
 というか、不意に、父だったか、馬を引いて、富山から高岡のほうまで歩いていったことがある、という話をし出したのである。
 えっ? 馬? 我が家に馬がいたの? 小生には青天の霹靂のような話だった。
 聞くところによると、小生が物心付く僅か前までは、我が家には馬が確かにいたというのだ。かの正体不明の建物とは、そう、まさに厩(うまや)というか、馬小屋だったというわけである。そういえば、馬、一頭なら、雨露を凌げる。別に灯りも要らない。ロフト(?)には、鞍などの馬具や関連の道具、藁などが収められていたというわけだった。
 ちょっと悔しかったのは、三十歳を過ぎてからやっと我が家に厩があったことを知ったことも、それなりに悔しかったのだが、それ以上に、二人居る姉達は馬のことをちゃんと覚えているということだった。
 脳裏をどう掻き毟ってみても、馬の影は欠片も出てこない小生は、(午年生れでもあり)ちょっと悔しかったし寂しかった。
 それまでは午年という干支くらいしか馬との縁はなかったのだが、それでも、我が家には馬小屋があり、馬がいたのだということで、一層、馬に親近感を抱いてしまった。といって、競馬に走るほどの跳躍力は小生にはなかったのだが。
 我が家から馬を引き連れて(ここから曖昧になるが、荷車を馬に引かせて)先方の農家へ農作業の手伝いに行く。歩けばそれだけで五時間は要するような田舎の道。話を聞いた時、一瞬にして、小生の脳裏には父母等が、もしかしたら姉らも馬と共に長い道のりをテクテクと、パカパカとあるく光景などが、何故か鮮明に浮かんだのである。

 あまり、写真を撮ることに熱心な家風ではないし、恐らくは馬小屋の映像など撮ってあるはずもないと思われる。でも、なんとか記憶に残る馬小屋の光景に似たような画像をネットで探してみたい。
 そう思って、「馬小屋 藁」をキーワードにネット検索した。 
 すると、筆頭に、「『悲劇の大地』 第8章」なるサイトが浮かび上がる。
 どうやら、「ところが十七日夜、ロシア風の黒パンとス-プを食べ、馬小屋に藁を敷き休んでいた。すると、ソ連兵がマッチをつけて、女性を捜し求めてきた。中にいた女性たちは子どもを抱き抱え、抵抗した。まず、入口近くにいて、顔立ちのいい藤下菊江さんと、黒川」という文章の中にある当該の言葉をヒットしたようだ。
 せっかくなので開いてみると、「はい、青木です!」というサイトの「小説「悲劇の大地」」の一部らしい。
 小説仕立てではあるが、「万竜開拓団でソ連軍の攻撃に合い大主上房開拓団の団長さん以下多くの団員が死亡したことやその中での森下春江さんの出産と子殺し。大茄子訓練所での井戸へ飛び込む集団自決と子殺しなど、安田和子が逃避行の中で起こった出来事の跡地を訪ねて行く」ということで、戦争での実体験が綴られていると思われる。

 ネット検索を繰り返して、やっと、それらしい画像を見せてくれるサイトをヒットした。
千葉県立房総のむら-常設展示安房の農家-」で、まさに、「安房の農家 馬小屋」の画像である。
「馬小屋は、牛馬を飼う小屋として、また、藁や薪などいろいろなものを収納する小屋として使用されました 」と、ちゃんと説明してくれている。
 このサイトには、「主屋(おもや)」や「灰小屋」などの画像も見ることができるが、記憶の中の我が家には肥溜めは立派なものがあったが、屋根などなかったはずである(このサイトでは「主屋」とあるが、「母屋」とは違うのだろうか)。
 今日は、このサイトを発見することができただけで、なんとなく、嬉しい。
 澱んだ池の底に、堆積するヘドロにすっかり押し隠されている記憶の数々。その大半は濁った池の水に姿も霞んでしまっているのだが、それでも、中には妙に鮮やかな記憶の欠片が幾つか煌いていて、しかも、水面から不意に飛び出す記憶の切っ先が池の縁に立つ小生の喉元に突き刺さらんとしてくる。
 紹介した馬小屋の画像は、記憶の彼方の我が家の馬小屋と完全に同じというわけにはいかないけれど、その画像を通じて、忘れていたはずの在りし日の光景がネックレスに数珠繋がりしている真珠の珠のように次々と蘇ってくるようでもある。

 さすがに、「厩出し 季語」でネット検索しても、なんと、検索結果は約 22 件だった。あまり、馴染みがないということなのだろう。
 この季語の織り込まれた事例も、従って、少ない。
 まず、「厩出しや身重なるもの残るなり」をヒット。阿波野青畝の句のようである。

 評釈に、「冬の間厩にいれていた牛や馬を、二三月ころから日光浴や、蹄を固めさせるために野外に出す。その間に厩の汚れた敷き藁を取り替えるのですよね。出産まじかの身重の母馬、母牛は厩に残り養生するのでしょう。残雪の牧場の明るい雰囲気と、身重の牛馬への優しさ、いたわりが感じられます」とあって、暖かいものを感じた。
 また、「厩出し・・というのは、春の明るさと希望を感じさせる季語ですね。作者は、みんなが牧へ出払って空っぽになった厩舎にいます。ふとみると、出産近い母親の馬は、安全のためか残されているんでしょう。厩出し=戸外を詠む季語。という既成概念を変えて、部屋の中を詠まれたので、新しい感覚の句が生まれました。伝統的な季語の働きを大切に守りつつ、それを基盤にして、新しさを探求する。この姿勢が大切なのです」ともあり、句もいいが、このコメントがとても小生には貴重な気がした。
 この句は、「[GH]ゴスペル俳句の世界 - やまだみのる」というサイトの中にある。

「流氷の沖にひろがる厩出し」を「ふらんす堂 新刊紹介/2002年 7・8月刊行ページ」の中に、「おのれにも春日見せうぞ厩出し」を「バイクで俳句 二の巻」に、「放牧の小岩井農場厩出し」を「清水昶の新俳句航海日誌」に発見。
 小生も、旅に出て、牧場の空気を吸いながら、「厩出し」にちなむ句など、捻ってみたいものである。

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コメント

国見さん、こんにちは。
コメントをいただいたmori夫です。(ありがとうございました。)
実は私は、国見さんの書かれた「『生命記号論』を読む」をネットで拝見して、非常に興味を感じ、私のブログのプロフィールのページにリンクさせていただいていました。(だからビックリしたのと同時に、うれしかったです。)私はテツガクというものには、文と理の断絶を超越して、両者を融合させる力があると、漠然と感じています。いままで論友は理系の人ばかりでしたが、国見さんのお書きになっているものをいろいろ読ませていただいて、文学的感性を回復したいと思っています。(少し理系に偏してしまったので。)どうぞよろしくお願いします。

投稿: mori夫 | 2005/03/22 19:24

mori夫さん、これこそ、奇縁ですね。「作法 身体 言葉」をキーワードにネット検索していなければ、貴サイトの存在に気が付かなかったかと思われます。
理系の頭はないのですが、理系の話題は大好きです。「万葉記」という書評エッセイのブログでも、理系の本が扱われています。
 今はゆっくり貴サイトを覗くゆとりはないのですが、後日、ゆっくりお邪魔させてくださいね。


投稿: 弥一 | 2005/03/23 01:43

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