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2005/03/17

蓮華草・紫雲英

 夜半近くになって、居眠りしてしまった。ふと、目覚めて時計を見たら、既に2時を回っている。さて、何か季語随筆のネタはないものかと思いめぐらし始めたら、なんだか、淡く紫色に染まる世界が見えてきたような。
 転寝している間、何か夢でも見ていたのだろうか。それとも、夕べ、買い物に行った際、空に霞を透かして三日月よりはやや半月に近い月を見た、その藍色の夜空が印象に残っていたのだったろうか。小生の頭は、なぜか蓮華草の野を思い浮かべてしまったのである。
 蓮華草は、春の季語のうちの一つだが、今の時期のものではないのだろう。四月? 
 そういえば、小生、昨年だったか、蓮華草を巡ってエッセイを綴ったことがあったはず…と、探してみた。あった。タイトルも、単純素朴に「蓮華草のこと」だって。分かりやすい。五月の連休の真っ最中に書いている。
 その雑文を書き下ろす前に、「目に青葉…」という、まさに五月という時期に相応しいエッセイを綴っていて、その連想のようにして書いてしまったようだ。
 その頃はまだ、小生は自分が俳句や川柳の世界に実作を試みるものとして参入していこうとは、夢にも思っていなかった。なんだか、不思議なような気がする。
 以下、転記する:

「目に青葉…」という雑文を書いている中で、「八十八夜」や「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」の句を調べる必要があり、ネット検索していると、こんなサイトをヒットした:
言葉の花   花や自然、暮らしをテーマにしたコラムです」 
 このコラムの中に、「この季節になると、40代後半以上の人達が懐かしむものに「レンゲ畑」があります。戦後も昭和20年代から30年代までは、いたるところにレンゲ畑が広がり、子どもたちが嬉々として遊んでいたものです。」として、以下、レンゲ畑の話題が綴られている。
 まあ、昭和30年代に子供時代を過ごした者として、誰しも似たような思い出があるものだなと思って読み進めていくと、「レンゲの花畑が姿を消したのは米作りが早くなったことが大きな理由だそうです」として、さらに、「昔は花が咲き終わった後に田にすき込まれ、有機質の緑肥とされ、十分発酵させるために1ヶ月以上寝かせていたとか。ところが現在の田植えは5月ころと早くなっており、発酵が未熟なんだそうです。そのため腐敗した状態のところに、田植えをすると苗を痛めてしまうので、レンゲ畑が消え、代わりに化学肥料が主流になってしまったという訳です。」とあるではないか。 
 その時は、そのまま読み過ごしてしまったが、後で、どうにも気になり、もう一度、このサイトを探し出し、できれば、もう少し詳しく知りたいと思うようになった。
 さらにネット検索すると、下記のサイトをヒットした:
梵天丸の花がたり  ―蓮華―
 この文中に、次の文章を見つけた:
「なぜ春の田にレンゲの花を咲かせるかご存知ですか?実はレンゲの花にはとてもすごい力があるんです。レンゲの根にある細菌が寄生します。その寄生した菌は自分で作ったコブに「チッソ」という植物の成長に必要な大切な栄養を貯えます。また、葉や茎にもとても栄養があります。」
 フムフムである。
 さらに、「花が咲いているうちに、お百姓さんは「田起こし」といって土を掘り起こす作業をします。せっかくきれいに咲いているレンゲの花が土とごちゃまぜになってしまうのはかわいそうなのですが、土に栄養を充分与えて、その後に稲を植えるというわけです。秋にはお米と一緒にレンゲも食べている事になりますね」とも。
 そういえば、そうだったのだね。
 もっと、続く。「子供達はレンゲ畑が無くなってしまった後はちょっとがっかりするのですが、やがて田圃には水が張られ、田植が終わる頃にはタニシやドジョウなどの小さな生き物と遊ぶ事ができるようになるのを楽しみにしているのです。」
 そうだ、小生の幼い頃の記憶では、冬の間に降り積もった雪も、時には四月になってさえ溶け残っていた雪がさすがに消え、田圃の原に白い部分がなくなり、そろそろ田植えかなという時期が近付くと、一斉に淡い紫色の小さな花たちが咲くのだった。そう、蓮華の花の野に生まれ変わるのだった。
 田圃では、野球は許されないし、そうでなくとも、原っぱの類いは方々にあったので、田圃はガキどもにとっては、凧揚げか、キャッチボールの場所だったが、同時に、女の子ならずとも、「花を摘んで束ねて首飾りを作ったり」した。
 かくなる我輩も、精を出したものだった。
 が、「長い縄にしてみたり」は、どうったろう。
 首飾りをすると、蓮華特有の香りというより、草っぽい臭いが印象深かったような気がする。蓮華草というくらいだから、雑草の扱いをされているのだろうか。まあ、「やはり野におけれんげそう」というくらいだから、蓮華の原を目で愛でるのが一番、ということなのだろうか。
 ちなみに、この歌、「手にとらで」から始まる。江戸時代の俳人・滝野瓢水(滝瓢水)の作である。
 このサイトでは、「手に取ルなやはり野に置蓮華草」と表記されていて、実は、「大坂の知己の者遊女を請んといふを諫て」瓢水が詠ったと書いてある。
 なかなか滋味深い。
 この俳人、「母の喪に墓へまうでゝ」として、「さればとて石にふとんも着せられず」とか、「達磨尊者背面の図に題す」として、「観ずれば花も葉もなし山の芋」と詠うなど、飄逸な俳人だったようである。
 ちょっとした発見だ。ネット検索の賜物である。
 いずれにしても、気が付くと、蓮華の野が春になっても見られなくなり、我が町の田も、化学肥料という手っ取り早い手段に頼るようになったわけだ。水田の中には生き物の影もすっかり薄くなり、稲穂の原は、それはそれで見事なのだけれど、多くの小さな生き物たちにはちょっと寂しい、否、厳しい<自然>に成り果てていたわけである。

 小生がガキの頃は、学校でも、「春の小川は さらさらいくよ♪ 岸のすみれや れんげの花に♪」なんて、歌わされたものだった。
 そう、童謡・「春の小川」である。今は、教科書からも消えてしまったらしい
 童謡「春の小川」が渋谷が発祥地ということは、「『唱歌誕生』(猪瀬直樹著)を巡って」の中で、作詞を請け負った高野辰之に焦点を合わせている折に、知った記憶がある。
 ここでは、「アカデミア青木  第2回 『春の小川』」を紹介する。
 他にも、れんげそうを歌詞に織り込んだ歌として、ビリー・バンバンの唄う
れんげ草」(作詞・作曲 安東 久)がある。
 あるいは、さだまさしの「指定券」という曲の中にも、「れんげそう」が登場するらしいが、小生は、確認していない。

 冒頭に紹介したサイトも含め、いろんなサイトを覗いてみると、近年、村起こし町起こしも兼ねて、化学肥料を使わないよう、蓮華畑の復活に取り組んでいる地域が増えているとか。
 農薬を使わないと、手間暇が幾層倍になることやら。しかし、それだけの意義があるということなのだろう。
 最後に、「梵天丸の花がたり  ―蓮華―」によると、「レンゲの花言葉は「あなたは幸福です」「私の苦痛をやわらげる」」なのだとか。
 そういえば、久しく、蓮華草を見ていない。
 蓮華の花の畑が、春になってもっと当たり前に見られるようになれば、幸せな人も増え、心癒えることも増えるのだろうか。
(転記終わり)

 夢の中ではなく、ただの掠れかけた記憶の欠片の中でもなく、改めて久しぶりに蓮華草の原に分け入り、肉眼で見、花や草の香を味わってみたいものである。
レンゲソウ[植物辞典]」によると、「化学肥料が普及されるまでは、緑肥(りょくひ=草肥:くさごえ)および牛の飼料とするため、8~9月頃、稲刈り前の水田の水を抜いて種を蒔き翌春に花を咲かせていた。これはゲンゲ畑と呼ばれ、昭和末頃までの「春の風物詩」であった」とある。
 小生、ガキの頃は、蓮華草は自然に生えてくるものと思っていた。当たり前のように、そろそろ田植えなのかなという頃、我が家の茶の間からは蓮華草の原が見渡せる限り広がっているのだった。
 誰かが種を蒔いて、やがて、田植えという頃には、耕運機で呆気なく耕されて姿を消し去られていく。
俳句歳時記」の中の、「季語集・春」によると、蓮華草は、
「紫雲英(げんげ)」の別名であり、「げんげん」とも読み、「紫がかった紅色の花。咲いている様子は紅の絨毯のよう」などと説明してある。
 地域によっては、「青麦」と共に、「菜の花の黄、紫雲英の紅色と共に田園風景を三色に染める」のだとか。
 想像するだに、目に鮮やかな光景が広がる。目に直接、風景という目薬が点滴されたような気分だ。
 ネット検索を繰り返していたら、「畔ぬりの泥より出でゝ蓮花草」(琴木)というを見つけた。
「蓮華」は、「匙の形が散ったハスの花びら一片に似ていることから、「散り蓮華(ちりれんげ)」と呼ばれるようになり、それが略されたものである」というのは、なんとなく想像が付くが、この「紫雲英(げんげ)」という美しい言葉・表記・表現は、一体、何処から由来したものなのか。
 字義どおり、「紫の雲のような花」ということで名付けられたのか。なるほど、蓮華が群棲しているのを遠望・展望すると、そのようでもあるけれど、やはり、漢語なのだろうか。
坂戸の茶のみ話」の中の、「第216話「おらがまち」の花と草(5月) 話 小鮒健一郎 絵 輿石幸司」によると、「レンゲ草は本当はゲンゲ草が正しく、レンゲ草は通称とか聞いているが、私は子どものころからレンゲ、レンゲと呼び親しんできたので、通称のレンゲ草の方が好きだし、レンゲの語源も室町時代に中国から渡り、花の姿が蓮(はす)の花に似ていることから「蓮華草」という名で呼び親しまれたとのこと」である。
 また、「本家の中国では、一面に咲く花の様子がたなびく紫の雲に似ているので、「紫雲英(しうんえい)」という詩的な名もつけられているとのこと」なのである。
 やはり、予想通り、中国由来の言葉なのだ(ちなみに、「坂戸の茶のみ話」というサイトは、文章もいいが、絵もいい。覗いてみて楽しいかも)。というより、もともと、「紫雲英(げんげ)」という植物は、中国が原産のようである。
 一体、いつ、どのようにして日本に伝わったものなのか。稲作と関係あるのだろうか。機会があれば、調べてみたい。


[ まことに恥ずかしい限りだが、「紫雲英(げんげ)」は、春三月の季語例の一つである。小生、蓮華(草)で物色していて、「紫雲英」も目にしていたはずなのに、気付いていない。今、今日の季語随筆の季語(表題)に何がいいかと物色していて気が付いた次第である。忸怩たる思いを堪えつつ、ここに注記しておく。 (05/03/18 追記) ]
[ レンゲ畑の素敵な画像と詩を発見:「れんげ れんげ-夢音の木」 (05/04/30 追記)]

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コメント

懐かしい~さだまさしの「指定券」
♪始まる前から終る旅もある♪やはり野におけれんげそう~ですね。
花言葉が「あなたは幸福です」「私の苦痛をやわらげる」なのですか。
やはり野に置け。。が浮かんできて(あるべき所へ帰る)別れのイメージが強かった。
ま~相応しい場所に居る事は幸せなのでしょう。

投稿: ちゃり | 2005/03/19 23:39

ちゃりさん、コメント、ありがとう。
やはり、「指定券」という曲、御存知なんですね。どうせなら、実際に(ちゃりさんが)唄うところ、拝聴したいものです。つくづく、さだまさしは素養に溢れた才能ある方なのだと思います。
「やはり野に置け…」の句、勝手な解釈というか理解が誤解だと分かったのは、ちょっぴり残念。実は、そんな野の(巷の)雑草(遊女)など、放っておけ、かまけている場合じゃないという意味合い。逆だったら、滋味深かったのに。

>早蕨や土割る想ひ摘みし春  (ちゃり)

  早蕨の萌えいずる野に分け入れず  (や)

 生命力の横溢に圧倒される小生なのです。若さが眩しい年齢?! もうひと頑張りしないとね。


投稿: 弥一 | 2005/03/20 05:25

弥一さん、TBありがとう。
蓮華の詩、時期が少し遅いかな?と思ったけれど、ちょっと前に絵を描いて、
そこに蓮華畑があったので蓮華の詩も書いたんです。
いま思うと、畑では無かったかもしれません。
私達の世代では蓮華草がたくさん咲いてると、「蓮華畑」のイメージが強いんだなぁ~と、あらためて思っています。
私も、蓮華畑ではさんざん遊びまわって、お世話になりました(笑)
蓮華の海の中を泳いだ、といった感じがぴったりきます。
弥一さんが花を編む??なんか想像すると笑えますが・・・(笑)
ほんとに蓮華畑、減りましたね。ということは、みんな科学肥料に?
何かたくさんの豊かさが、唯一の合理性に取りまとめられる、そんな感じがしますね。
花言葉、結局「和らげる」というような意味合いでしょうか。
蓮華畑を見てると、なるほど、心が和らげられる気がします。

投稿: hironon | 2005/04/30 18:23

hirononさん、いきなりTBして失礼しました。
蓮華畑。いよいよ田植え間近の頃に田圃一面に咲く蓮華の原は、通称かもしれないけど、蓮華畑と呼んでいたような。
化学肥料が使われるまでの貴重な田園風景を我々は知っていることになりますね。
小生も、まわりのみんなに釣られて、花輪だったか冠だったかを作った…はずです。もしかしたら誰かが作ったのを貰ったのかな。
今も、そんな風景が何処かで繰り広げられていると嬉しいのですが。

投稿: 弥一 | 2005/05/01 09:17

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