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2005/02/06

磯竈(いそかまど)

 今日、表題に選んだ「磯竈(いそかまど)」は、2月の季語で、「若布刈の海女のあたる焚火の囲ひで、磯焚火ともいふ。三重県志摩の漁村の風習で、十四・五人も一緒にあたれるくらゐの大きさに、周囲を円く笹竹で丈餘の高さに囲うたものである。入り口は東に向かつて小さく開ける。海女は四季をを通じて焚火をするが、この磯竈は春寒に限る。「潮垂るゝ海女がはせ来る磯竈」雪村」とある。
 ドラマ化映画で、磯竈(いそかまど)なのか、海に上がってきた海女が焚火を囲む光景を見たことがある気がするが、実際の様子は、見たことがない。ネットでもその様を窺わせてくれる画像を見つけることはできなかった。
 別のサイト(「人生歳時記(十七)」)では、同様の説明に付して、「磯竈(いそかまど)は海辺の焚火をする所だが、風や人の目を避けるために、笹竹で周囲を囲ったりする」とも。
 このサイトには、「海女の来て直ぐに燃えたつ磯竈」(石田ゆき緒)なる句も載せてあった。
 似たような2月の季語に「磯焚火(いそたきび)」があるが、類語なのかどうか。
三重歳時記」の中の「小倉 肇 (1986年02月号)」では、もっと詳しい記述が読める。冒頭に、「昔の海女は旧正月がすぎるとはや海に入った」とあって、なるほど、だから、如月の季語となったのだなと分かる。
 では、何故にそんな、寒風に吹かれるやもしれない時期に海に入ったのか。

 それは、「若布刈のためであ」り、「志摩ばかりでなく、彼女たちが出稼ぎに出た南島や奥熊野の磯辺のそこかしこに、笹竹で周囲をめぐらした磯竃と呼ばれる焚場がいくつも見られるようになると、南国のはやい春が、もうそこまで来たのかという実感を味わったものである」という。
(ちなみに、若布(わかめ)は、2月の季語である)
 南国に見られる光景だった、ということか。だったら、そんなに寒くない?
 そうはいかない。「いまは、ゴムスーツを身に纒っているが、以前は木綿の白衣をつけているだけであった。いかになれているとはいえ、春寒の潜水はつらい作業であったにちがいない」という。
「仕事の合間に、海女の体を暖める磯竃は、彼女たちの神聖な憩いの場であり、男子禁制が掟であった」というが、さもあらん、である。
「大余の笹竹で囲われた磯竃は外見はちいさく見えても、中は案外広く、十五、六人は楽に入れ、東に向かってあけられたちいさな入口のほかは出口もなく、誰れ憚ることなく海女達のくつろげる場所であった」のだが、
「海女の数もめっきり減り、本場の志摩ですら磯竃を見ることがすくなくなった昨今、いわんや

 口紅の濃くてにくまれ磯かまど (否史)

  などと詠まれた若い海女の姿がほとんど消えてしまったのは淋しい限りである。 」というのは、同感である。
 気が付いたら、全文、転記している。再度、サイトを示しておくと、「三重歳時記」の中の「如月 磯竈 1986年02月号(No.099) 」である。

 などと書いてきたが、「磯竈(いそかまど)」を本日の表題に選んだのは、実は、意図が別にあった。世相にも風俗にも疎い小生だが、さすがに磯竈(いそかまど)を囲む光景があまり見られなくなったのだろうとは、テレビでの何かの特集で見聞きしたりして、知らないわけもなかった。
 廃れ行く風習・風俗・生活・伝統の数々。なんとなく、愛しくて手にした星の砂が、しっかり手中に収めておこうとグッと握ったばっかりに、手の指の透き間から零れ落ちていくようでもある。
 そんな感懐はともかく、別の意図とは、海の向こうで、しかも、地球のほぼ対蹠点に当たるブラジルはリオデジャネイロで、「リオのカーニバル」が4日夜(日本時間5日朝)開幕しているからである。
 つまり、サンバ、情熱、焔、と小生らしい、とても素直な連想が働いて、焔に関連する2月の季語を探したら、例えば、「野焼く、焼野、山焼く」とか、「奈良の山焼」などが見つかるが、小生の情熱(?)は海女に関連するだろう、「磯竈(いそかまど)」に向いたというわけだった。
 だからといって、海女とサンバのダンサーが被って見えたというわけではない(ことはない)。
 小生は、これでも、幽霊会員ではあるが、サンバチームのメンバーなのである。幽霊会員たって、別に小生が幽霊だというわけではない。それじゃ、別嬪さん揃い(?)の幽霊さんたちに失礼である。要するに、メンバーとして活動していない、さぼりまくっているのだ。
 一介のファンとしてメンバーでいられるだけで幸せって奴である(どこの社会にも一人はいる金魚の糞だ。迷惑なんだろうな、こういう存在って)。
 当該のニュースを「YOMIURI ON-LINE - 国際」から拾っておくと、「カーニバルは6、7日の両日、精鋭14チームが華麗な山車とダンスで登場し、最高潮を迎える。8日朝方まで続くカーニバル期間中、リオデジャネイロには世界から約77万人の観光客が訪れる見通しで、約5億5700万ドルの経済効果が見込まれている」という。
 おカネと時間の余裕のある方、今から飛べば、最高潮の時に間に合うかもよ。
「W杯予選開幕戦の日朝戦に臨む」ジーコ監督も、「ブラジル人の血が騒ぐ年に一度のリオデジャネイロのサンバカーニバルを欠席する」という。
 なんたって、「ジーコ監督だけではない。世界中に散らばるブラジル人サッカー選手がこの時期になると落ち着かない。Jリーグで東京Vと浦和に在籍したエジムンドが「故障を母国で治したい」など、何かと理由をつけてカーニバルに参加し続けたように、故障中のはずの選手がリオで元気に踊る姿は毎年の風物詩でさえある」というのだ。
 それにしても、リオのカーニバルの観客の数が80万人ほどというのは、予想外に少ない気がする。日本は浅草で行われるサンバカーニバルは、本場リオなどには敵わない規模だとしても、それでも50万人の集客力がある(浅草サンバカーニバルについては、「浅草サンバカーニバルについて」を参照願いたい)。
 それとも、地元リオでは、地元の人たちがダンサーやバテリア(打楽器隊)、あるいは山車の制作やスタッフとして直接間接に出場・参加・関係する人数が多いってことなのか。80万人というのは、純粋な観客だということなのだろうか。
 さて、リオのパレードの構成は、分からないのだが、日本のサンバチームの事情や構成をここではサンバチーム・リベルダージの「サンバカーニバル基礎知識」を参考に見てもらいたい。
 まず、サンバ(特にカーニバルの時)の「パレードはコンテスト?!」なのであり、「それはそれは真剣な、勝負の場なの」だとある。
 以下、「サンバチームと、コンテストの仕組み」や、全般的なこととして「パレードのこと」が書いてある。
「1年間という時間をかけて準備し、そんな大金をつぎ込み、大勢の人間がかかわり、でも一夜にしてすべて夢と消えてしまう…。そんな刹那的なところも、サンバパレードの美しさ、"魅力"のひとつかもしれません」というのだ。
 この項には、「サンバのパレードには"筋書き"があります。この"筋書き"のことを「Enredo(エンヘード)」といいます。日本では「テーマ」という言い方で呼びならわしています」とも書いてある。
 このパレードの詳細な説明を「パレードの構成要素」の頁で覗いておきたい。
 そう、「「サンバのパレード」というと、ビキニに羽根をつけたダンサーのイメージ?でも実際には、こんなにもたくさんの要素から出来ています」として、以下、構成要素が説明されている。
 今年の夏の浅草サンバカーニバルに向け、エンヘード乃至テーマも決まって既に各チームとも始動しているとも聞く。上記の「パレードの構成要素」を参考に、自分でテーマを設定し、自分なりにパレード構成を組み立ててみるのも楽しいかもしれない。

 さて、話題を「磯竈」に戻す。「磯竈」の織り込まれた句は、既に紹介した句の他、ネットでは「風もなく煙上がるや磯竈」や「陽が昇る潮灼けの海女磯竈」、「ぽあと咲く待宵草や磯竈」(芙美子)、「味覚より熱さが愛し磯竈」(案山子)などと見つかるが、あまり事例は多くはなさそうである。
 江戸時代の事例も少ない(あるいはないのか?)は、分からない。海女に絡む句はありそうだが、磯竈となると、そうした光景を旅先でたまたま見かけるなどという機会も稀そうで、句作の対象になるのが難しかったということか。かなりローカルな光景なのだろうから、仕方ないのか。
 時に虚構的な句を作る小生も、さすがに磯竈では難しい。磯竈は、笹竹で囲われたりするというが、そうした竈の製作も女性達の手になるのだろうか。それとも準備は男性なのか。

 磯竈輪に加わらん夢にても
 礒竈気がつけば火にくべられし我
 磯竈海女の情熱煽る如
 

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コメント

リオの観光客が70万に対し、サルバドールは100万人を超えています。
期間と会場の違いだと思います。
リオの会場は大きいですが、サルバドールは
街中が会場です。
リオでも、街のいたるとことで、町内会的な
カルナバルは行われているわけですが。

投稿: Sao Paulo | 2005/02/07 11:57

 Sao Pauloさん、コメント、ありがとう。
「期間と会場の違い」なるほど。
 リオは、会場の外の観光客等の数は数えていないのだろうか。
 それにしても、「サンパウロのカルナバル その2」…。確かに、目の毒ですね。しっかり見ましたよ。

 

投稿: 弥一 | 2005/02/08 01:51

サルバドールの方は、2月4日から8日まで
5日間ずっとやっています。
リオは、有名なのは2日間だけです。
町内会的なのは観光客は行かないと思います。
そのほかに、特別な会場で仮装コンテストなどの催し物も行われていますが、これはつてがないと行くことが出来ません。

投稿: Sao Paulo | 2005/02/09 13:28

Sao Pauloさん、ブログ、覗いてます。知り合いにもサンバファンがいるので教えてしまいました。
 地元での事情に詳しくないと、分からないことが多いのですね。誰でもがパレードに熱狂している訳じゃない…。なるほど、です。

投稿: 弥一 | 2005/02/10 02:48

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