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2005/02/03

猫の恋

 2月の季語例を眺めていて、今月もやはり奇妙な言葉が見つかる。
 奇妙と感じるのは、小生の教養が足りないからだと言えばそれまでだが、「いぬふぐり」とか、「磯竈」、「獺の祭」と、風習や歴史的背景を知れば、納得できるのかもしれないけれど、それにしても、すぐには到底、ピンと来ない。「雪しろ」も、雪に関係するのだろうが、小生は初耳の言葉のはずだ。
 さて、今日の表題に選んだのは「猫の恋」。これは分かるような分からないような。
 まあ、猫だって恋するのだし、となると、きっと猫のあの恋しい相手を呼び求める声もあって、「猫の恋」が俎上に登るのだろうけれど、分からないのは、何故に季語として選ばれたのか、また、選ばれること自体はそういうこともありかなと思っても、何故に2月の季語なのか、ということ。

 困った時のネット検索で、「猫の恋 季語」をキーワードに検索すると、151件ヒットした二番目に「日本国語大辞典第二版オフィシャルサイト:日国フォーラム」の「猫の恋」という項が登場した。
 この一文がなかなか面白く、この文章を読むだけで、本日の季語随筆は打ち止めにしたいくらいである。
「俳句という文芸ジャンルが確立されてくる過程に並行して、選択され、あるいはつくられてきたことばである。だから日常的な用語法とは異なったり、事実とは矛盾することばも多い」として、「亀鳴く」(春)、「蚯蚓(みみず)鳴く」(秋)という季語」の事例などを挙げて、まず、小生の関心を引く。
 その上で、「「猫の恋」も同様に、日常的な用法から離れ、俳句的な特徴を強く持った季語である」という。
 なぜなら、「そもそも「猫の恋」はあるのに「犬の恋」は季語とはされない」という。なるほど。犬さんたちも色気づいたりするのだろうけど、ワンワン吼えられたりしたら、えげつなすぎて興醒めで、直ちに季語や風流の対象からは却下、というわけだろうか。
 また、猫の恋の季節、つまり、繁殖期も二月に、また春に集中するわけでない、なのに、「俳句では春の趣をたたえたものとして早春の季語とする」という、その不思議。
「「猫の恋」は近世初頭には「猫の妻恋」と呼ばれていた。鳴くのは雄の方だからである」という。
 さらに猫は喧しい声のわりには、案外と<恋の現場>は静かな睨み合いだなどと書いてあって、「その激しくあからさまに性欲をぶつけ合う猫の交尾は、理性によって押さえつけられることの多い人間の恋愛感情を嘆く気持ちを呼び起こし、またある種の諧謔味を帯びる。」と続く。
「芭蕉以下の正風の俳人たちに好んで詠われた」というが、小生には、芭蕉以下の正風の俳人達の恋の実情はどうだったかが、気になる。芭蕉には奥の細道の越後路最後の句に 「一家に遊女もねたり萩と月」がある。芭蕉は遊女をどう見ていたのだろう。
 越後路の「市振で、芭蕉は伊勢参りの遊女二人と桔梗屋に泊まり合わせ」、「翌朝、遊女たちから、心細いのでついて行かせてくださいと頼まれます。しかし芭蕉は、お気の毒ですがと断っています」。
 遊女と泊まり合わせて、芭蕉は心乱されることはなかったのだろうか。それとも、既に涸れていた? あれだけの健脚なのだから、涸れているとは到底、思えない。俳諧は、少なくとも芭蕉の場合、現実感に満ち溢れている。
 尤も、市振でのこの句は、フィクションだという説もあるようで、つまり、「西行と遊女のからむ謡曲「江口」や
世阿弥作の謡曲「山姥」を下敷きに芭蕉が空想したという
」のである。
 ただ、ここでのこの句が仮に虚構だったとしても、似たような状況には幾度となく出会っているはずなのである。
 小生は俳諧は、侘びや寂びも歌うし、涸れたような面も詠じるが、同時に現実の生の人間の実相をも抉るものだと思っている。
 さて、「日国フォーラム」に戻る。「藤原定家に「うらやまし声もをしまずのら猫の心のままに妻こふるかな」(『北条五代記』)という歌があるが、このような卑俗な素材は、雅な和歌、連歌の世界ではあまり取り上げられることはなかった。「うらやまし思ひ切る時猫の恋」という越智越人の句はこの定家の歌をふまえたものである。」というのも、とても楽しいくだりだ。
 藤原定家が、猫の恋を、猫の心のままに妻を恋う(乞う?)声を羨ましいと歌う。病気がちだったから羨ましかったのか、貴族としての立場上なのか、それとも、生身の人間としての赤裸々な気持ちの吐露なのか。
 以下、「両方に髭があるなり猫の妻」(小西来山)という剽軽(ひょうけい)な句に始まって、「猫の恋初手から鳴いて哀なり」(志太野坡)や「猫の恋やむとき閨の朧月」(松尾芭蕉)、さらには宝井其角、小林一茶、加藤楸邨、永田耕衣らの句が載っている。
 それにしても何故、「猫の恋」が二月の季語なのか。猫の妻を呼ぶ鳴き声は、下記サイトに依ると必ずしも一定しない繁殖期にあって、二月頃から耳に障ってくるからなのか。
[この繁殖期は通常、年に2~3回あり、通常春と晩夏~初秋にかけてです。一つの繁殖期間中に雌猫は繰り返し何度か発情します。また、雌猫が発情すると、それにつられて性成熟している雄猫も発情します。つまり、雄猫は周囲に発情している雌猫がいれば、いつでも一緒に発情してしまうのです(「ドクターズアドバイス - ペピイ」より。
 そうか、猫さんの場合、雌の発情が先なのだ。雄は釣られて発情するわけだ。]
 勝手な憶測を逞しくするなら、「雪しろ、雪崩、残雪、雪間、凍解、氷解、薄氷」や「野焼く、焼野、山焼く」、「春浅し」「下萌」「春寒、余寒」などが季語になる今ごろの時期というのは、冬の寒さに耐えてきた短からぬ時を経て、春が近付いている、その徴候も見られる、だけど、完全には緊張の糸を緩めるわけにもいかない、そんな中途半端な時期であり、緩むというより、やや撓み始めた神経に、猫の鳴き声が耳に障るからなのではないかと思われる。
 閉ざした窓も、時には恐る恐るというか空気の入れ替えなどのため、日中などは開放することもある。夜になって閉め忘れたりすると、隙間から聞こえてくるのは、猫の恥も外聞もへったくれもないような哀れで切ない鳴き声なのである。
 まだ、冬の最中だから、音が、また、とっても響く。森閑とした夜中に鳴かれたりしたら、寝床に埋まっている者も野性が呼び起こされるようでもある。
 余談だが、猫のことを調べていて、日本には猫が古来より居住していたわけではないことを初めて知った。「日本へは、550年頃、インド→唐へ渡った猫が、仏教の伝来とともに、教典が鼠にかじられるのを防ぐため、船に乗せられ、輸入されたのが最初とするのが定説」だという(「外猫の歴史は400年」より)。
 猫が何故に船に乗せられていたのか。それは、船で海を渡る際、貯蔵している食糧をネズミに食い荒らされないよう、猫も一緒に乗せていたのではないかと考えられるのだという。
古典にみえる 猫の話」を覗いてみるのもいいかも。

 それにしても、「猫の恋」を表題に選んだのは、上記した疑問があるからだけなのか。かく言う小生も猫の恋なるものに焦がれているからではないのかなどという疑問は、野暮というものである。

 猫の恋釣られてみても陸(おか)の河童
 猫の恋廊下に響き露見する
 猫だって相手を選ぶとそっぽ向く
 猫の恋うらやましげな犬の顔

[ 「猫の恋」は、「恋猫 春の猫 猫の妻」とも言うとか。今日、気付いたので付記しておく。 (05/02/05 記) ]
 

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コメント

弥一さん、風邪治りましたか~

猫の恋の話、すごく面白かったです(笑)
私もネコ記事を書いたので、シンクロしてますね。
私のは、うちのネコの画像を載せただけで、
オハズカシイです。
猫の恋も季語なんですね。それを詠み込んだ風流な句もあるんだ・・・。

「蚯蚓(みみず)鳴く」も、面白そうですね。
私、猫を書いた文学作品は、結構読みます。
大佛次郎とか内田百閒とか、味があって大好きです。

それにつけても春着のコメント、何かくやしい(笑)

投稿: hironon | 2005/02/05 00:54

hironon さん、コメント、ありがとう。
「猫の恋」もそうだけど、季語は実に多彩です。一つの言葉に拘っても、一章くらいの文章は書けそう。
「子猫が眠くてよろける(笑)ストリーミング」見ました。メチャ、可愛いですね。どうやって見つけたのでしょう。
「蚯蚓(みみず)鳴く」いつか、調べてみたい。興味あります。
 大佛次郎とか内田百閒に猫を描いた作品があるんですね。読んでみたい。小生は夏目漱石しかしらない。
 ま、自分でも黒猫ネロシリーズを書いているけど。


投稿: 弥一 | 2005/02/05 08:29

ちょっとだけ・・ですが猫話で関連あるかなぁ・・とトラックバックさせてもらいました。
よろしければ、そちらからもしてみて下さいね。
hirononさんのも見せてもらいました。か・・かわいい・・・。

投稿: なずな | 2005/02/05 14:40

なずなさん、トラックバック、ありがとう。
hironon さんが紹介していた猫のストリーミング、可愛かったね。

どうやら昨日の内に1万をヒットされたようですね。小生、三日は9960ほどだったことを知っていたので、ああ、小生の仕事中に誰かヒットするのかなって、自分がヒットするのは諦めていた。誰がヒットしたんだろう。
 それにしても、猫(に限らないだろうけど)を飼うって大変なんだね。小生は一人暮らしだから、もともとペットを飼うのは諦めているけど、実は、自分のような無精者はペットの世話なんてできないんじゃないかという心配の方が先になっている。
 他所様のペットを見て、楽しませてもらっています。


投稿: 弥一 | 2005/02/05 16:14

弥一さん、なずなさん、今晩は~

なずなさんは絵も描かれるんですね!
素敵でした~。私、絵本も大好きです。
子猫のストリーミング、見て下さったんですね!
可愛いでしょう?(笑)

弥一さんの俳句、本当に楽しく読ませて頂いてます!季語についても、楽しく読ませて貰ってます。

何しろ、PCに不慣れで、ご迷惑をかけると思いますが、
ぜひぜひ、お二人共、よろしくお願いしますね♪

投稿: hironon | 2005/02/06 00:27

なずなさん、書き忘れてたけど、トラックバック、ありがとう。小生、なずなさんのブログ、昨年、二度、試みたけど(こちらでは送信完了となったけど)、結果として成功していなかった。
 今年に入って、「冬籠(ふゆごもり)」で初めて成功したっけ。

投稿: 弥一 | 2005/02/06 05:52

 hirononさん、なずなさんと猫好きな仲間の輪が広まると嬉しいな。しかも、黒猫を飼っている仲間の輪だ。小生は輪の外から、いいなーって眺めている。

投稿: 弥一 | 2005/02/06 05:57

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