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2005/02/15

麦鶉(むぎうづら)

 最初に断っておくが、「麦鶉」は春の季語ではあるが、季節は四月の頃合いのようである。なのに表題に「麦鶉」を選んだというのは、単に横井也有の話題を引っ張り出したいがために過ぎない。
 では、横井也有と「麦鶉」との間に関係はあるか。恐らくはない。少なくとも文献的には見当たらない。
 そう、知る人は知るだが、横井也有の有名は俳文に「鶉衣」がある。この「鶉(うずら)」というのは、ひょっとして季語なのではないか。ということでネット検索してみたら、たとえば、「鶉の巣」だと夏、秋の季語としては、「鶉斑(うずらふ)」「片鶉(かたうずら)」「諸鶉(もろうずら)」「鶉の床」「駆鶉(かけうずら)」「鶉駆ける」「鶉合わせ」「鶉衣(うずらぎぬ)」「鶉籠」「鶉野」という豪華さ。
 それどころか、単に「鶉」だと、秋の季語になる。
(「麦鶉」の読み方だが、現代風の仮名を振るなら「むぎうずら」であり、旧仮名ならば「むぎうづら」のようである。)
 冬の季語には、「鶉」にちなむ言葉は見当たらないらしい。さて、春の季語としてはどうか。表題のように、僅かに、かろうじてというべきか、「麦鶉」があるのみなのである。
 とにかく、横井也有を話題に出すための苦肉の策の季語「麦鶉」なのだった。

 さて、唐突に横井也有の話題に飛びつく気になったのも、たまたま過日、読了した天沢退二郎他著『名詩渉猟 わが名詩選』(詩の森文庫 102 思潮社)の中で、四方田犬彦の手になる「瓢箪の賦」という章があり、この章は、まさに糸瓜(へちま)やら瓢箪(ひょうたん)やらの蔦のつながりで綴られた一章なのだが、集中、とりわけ横井也有に改めて興味を抱かせてくれたからなのである。
(ちなみに、小生は、この四方田犬彦の一文に薫陶を受けたというか、まあ、刺激されて、「瓢箪の夢」なるナンセンスな小説を綴ってみたりした。)

 まずは、横井也有の肖像画などを眺めてみようか。「文化遺産 オンライン」にて、内藤東甫(1728~88)画の「横井也有画像」を観ることができる。
 先に進む前に、表題に選んだ「鶉」に敬意を表して、「鶉」全般のことを教えてくれる頁を案内しておく。「CHORO HOUSE」というサイトの、その名も「「うずら」とは?」という頁である。
 ここを覗くと、「うずら」がいかに興味深い鳥であり、昔から愛されてきたこと、「うずら」の語源、勿論、愛すべき「うずら」たちの可憐な画像の数々、「鶉」という名前の織り込まれた句の数々、「千載集より・藤原俊成の歌(1187)」として「夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里」などの和歌、鶉絡みの言葉の数々などが紹介されていて、実に興味深い。
 横井也有が「鶉衣」と「鶉」を表題に取り込んだのも、鶉の持つ世界の広がりがあったればこそなのかと思われたりする。「鶉衣」というと、「つぎはぎした衣。また、すりきれて短くなった衣」という意味を持つが、いつからこのような意味合いを持ったのだろうか。横井也有が書の名前を「鶉衣」にした時には、既にこうした意味合いが定着していたということか。
 
 先にもリンクさせておいたが、横井也有(元禄15(1702)~天明3(1783)…赤穂浪士討入りの年の生まれ)の人となりを、今度は、「日文研」の「近世畸人伝(正・続)」の中で扱われている、横井也有の項で見ておく。
「也有、横井氏、、俗名孫左衛門、尾張の士也。篤実、謹厚にして文雅を好み、殊に俳諧に長じ世に名有。芭蕉流を喜びてしかも定れる師なしとぞ」に始まる全文を転記したいが、そうもいかないだろう。
 とにかく、一読してみるに越したことはないような気がする。
 まあ、幾分、味気なく約めれば、「53歳で隠居を許された後三十数年は俳諧のみならず和歌、絵画、狂歌など様々な分野に親しんだ。俳諧は貞門派の祖父、父の影響を受け各務支考に私淑し巴雀や巴靜に学ぶ。後に美濃派の筆頭格に推されている」ということになるのか。
 横井也有を愛する人の手になる紹介を覗いてみるのもいい。「俳句の森・INDEX」の中の、「也有WHO?」は、「まず、蕪村の同時代人」と見なしてよさそうな横井也有の人となりを知るには、格好の入り口となりそう。
 この頁の中で、「横井也有は俳人というより俳文家として知られています。最も名高い俳文集に「鶉衣(うずらごろも)」があります」とした上で、「俳文集といえば、芭蕉の門弟許六が編んだ「風俗文選」を嚆矢としますが、也有に至って完成したと言って良いでしょう。むしろ、俳文というジャンル自体が也有のためにあり、也有とともに終ったと見るべきかも知れません。極論すれば、俳文とは鶉衣であります」とまで書かれている。
 無論、「也有は俳文のほか多くの俳句(俳諧連句)・和歌・狂歌・漢詩などを残しており、書画・琵琶などにも通じていた」けれど、「中心はあくまで俳諧」だったのだという。
 ここまできたら、天明の狂歌師大田蜀山人や永井荷風が絶賛したという『鶉衣』なる俳文を多少なりとも覗いてみるしかなくなる。
 幸い、「俳句の森・INDEX」の中の「俳句の森・也有」という頁には、「也有俳文集「鶉衣」を読む」という項が載っている。
 そう、「鶉衣」を読みやすく表示してあるし、《語註》が付せられ、簡潔な解説も付せられている。「俳席之掟」など、小生には耳に痛い一文だったりする。
 横井也有の「咏老狂歌」として知られる、老いの狂歌は、今の時代になると、一層、味わい深く受け止められそうである。以下のサイトなどから、一部だけを転記しておくと、「しは(皺)がよるほくろが出来る背がかがむ  頭はは(禿)げる毛はしろ(白)くなる  手はふるふ足はひよろつく歯はぬける  耳は聞えず目はうとくなる」で、以下、小生もいよいよ我が身に差し迫ってきた感を受けたりする文が続く。
 横井也有は、江戸の世にあって、珍しいほどに長生きしたからこそ、こんな狂歌も実感を以って、同時に達観して言い放つこともできたのだろう(「江戸の老いと養生」参照)。
 以下、彼の句を「俳句の森・INDEX」から幾つか引いておこう:

 鬼を山が笑ひかへすや明の春
 花散て葉のなき梅の又寒し
 傘にふり下駄に消けり春の雪
 まだ去年の暦も棚に寒さ哉
 珍しう蚤のくふ夜や春の雨

 尚、表題の「麦鶉」については触れなかったが、四月になって覚えていたら、また、採り上げてみたい。
 それにしても、上に引いた句に引き比べられると、辛いなーと思いつつ、幾つか捻っておきたい。

 梅の花咲きほころびて明けの空
 上着手に道を急ぎし人の行く
 窓開けて走る車の心地良さ
 公園に人影戻る春の宵
 蒲団干す匂いの漂い来るような
 日差し浴び目を細める猫見ゆる
 梅の香と共に来るのは花粉かも
 風邪なのか花粉症なのかマスク増え

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コメント

あまり良く知らないんでお恥ずかしいですが。。
横井也有。多彩な才能の方ですね。とても興味深く拝見しました♪
傘にふり。。の句が生きるスタイルを彷彿とさせます。

**公園に人影戻る春の宵**
一瞬にして春の夜の空気に包まれた気がしました(^.^)

投稿: ちゃり | 2005/02/15 15:39

ちゃりさん、こんにちは。
毎日、一句作るというのは大変だね。頑張って。
横井也有は興味深い人物ですね。
季語(季題)だけじゃなく、俳人(川柳の人)も折々採り上げていきたい。興味深い人がいろいろいるから。
一人でも小生の句を読んでくれる人がいると嬉しいもの。小生もちゃりさんのサイト、お邪魔しますね。

投稿: 弥一 | 2005/02/16 08:20

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