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2005/01/30

春着

 1月の季語に「春着(はるぎ)」がある。
「春着」、時には「春著」と表記することもあるようだ。
 前から気になっていたのだが、小生には縁遠い着物に関係しそうなので、表題としては勿論、話題としても触れる気にはなれなかった。
「着物」というと、和服であり和装である。「着物」という名称は、決して洋装の衣装は意味しない。ドレスでもジャケットでもスカートでもない。浴衣か袷(あわせ)かは別にして、とにかく古来よりの(といっても遡っても室町時代のようだけど)日本人に馴染みの衣装を意味するのである。
 ところで、「春着縫う」となると、「新年に新しく着せるために着物を縫うこと」であり、初冬の季語となるようである。
 尚、春着には、類題・傍題として、「正月小袖 春小袖 春襲 春衣装」があるという(「近代季語についての報告(二)秋季・新年編  文学研究科 国文学専攻   博士後期課程  橋本 直」より)。あるいは、「春箸 春衣 春服 初重ね 初衣裳」など。
 着物など、小生には、テレビでは時代劇で見るか、料亭や旅館の女将(おかみ)、芸者という連想くらいしか働かない。夏になると、この数年の現象なのか、街中でも花火などの際に浴衣姿の若い女性の姿を見かけるようになった。恐らくは着物業界の懸命の努力があるのだろう。
 もっと気安く気軽に着物に接してもらいたいという意図もあるとか。
 ところで、日本では近年、ブランド店の開店ラッシュである。その中のある有名ブランドは、日本の着物とも浅からぬ縁があるという。

 街中(東京)ではヨーロッパなどからのブランド物の有名店がドンドン開店している。ハンティング ワールド、プラダ、グッチ. シャネル、ルイヴィトン、エルメス……、もう、ブランド名だけでも数知れない。 
 中でも、ヴィトン・モエ=へネシー会長のベルナール・アルノー率いる『ルイヴィトン』グループと、『グッチ』グループとの熾烈な戦いの話題は、小生の如きファッションにはまるで縁のない者も、時折、新聞や雑誌(決してファッション雑誌ではないのだが)などで目にすることがある。
 着物ということではなく、ファッションということだと、話題は尽きることがないようである。
 ファッションに縁が薄いといいつつも、小生はアルバイト時代、某デパートの商品管理の倉庫で働いていた。目にするのはブランド物のバッグ、ポーチ、スカーフ、ベルト、シューズ、財布、キーホルダーなどである。ベルギーの高級バッグブランド「デルボー」、イタリアの「デルフィナ」、セリーヌ、サルヴァトーレ・フェラガモ、アンクライン、フィオルッチなどのブランド名の冠せられたバッグなどの小物類は、小生には、グッチやルイヴィトンより馴染みがあるし、日頃、倉庫で目にしてきた商品だった。
 デルボーというと、バイトをしていた時でも、学生時代から好きだった画家ポール・デルボー(デルヴォー)が浮かんでいたと思うが、一瞬は、今でも、ベルギーの高級感溢れるデルボーの、小生のような鈍感な物にも気品を感じさせるバッグの映像が脳裏に浮かんでしまう。
 まあ、あれだけ日々に接したら、当然だろう。ファッションに一番遠い小生がファッションの○×△と称するデパートの倉庫で商品管理のアルバイトをしていた…。不思議といえば不思議な取り合わせだと思う。

 バッグなど扱う商品も増えている『ルイ・ヴィトン』だが、当初は蓋が平らなトランクを考案したところから成功の端緒を掴んだのはファッション好きなら知らない話ではないかもしれない。日本ではファッション扱いだが、ヨーロッパでは実用品として愛用されているという。
 さて、その『ルイ・ヴィトン』、「同業者が模造品を作ることに頭を悩ませていたジョルジュ・ヴィトン氏は、ルイ・ヴィトンのイニシャルであるLとV、そして花と星を表わすマークを使い、日本の家紋をヒントにして、独自のブランドマークを作り上げたのでした。ダミエは、日本の市松模様の影響を受けたとも言われています。」という(「 「ルイ・ヴィトン」ブランドストーリー」より)。
  では、なぜ、市松模様の影響を受けたのか。それは、「無地だったルイ・ヴィトンのトランクに、ダミエやモノグラムの模様を飾ったのはルイ・ヴィトン氏の息子ジョルジュ・ヴィトン氏の時代でした。1880年代、当時ヨーロッパではジャポニズムブームが巻き起こっていました。日本文化が注目されていたときに、ジョルジュ・ヴィトン氏は、日本の家紋に目をつけたの」だという。
 実は『ルイ・ヴィトン』は、日本とも浅からぬ縁があったわけである。
 その市松模様だが、「これは徳川八代将軍、吉宗の時代に江戸中村座の歌舞伎役者佐野川市松が『心中万年草』の中で、小姓粂之介に扮したときに、紺と白を碁盤縞を並べた模様をかみしもに用いたところから、市松の名前をとって、「市松模様」または「市松格子」と呼ばれたものです。」という。
 そして、「佐野川市松は非常に美貌の役者だったので、この柄はゆかたや帯に取り入れられて、女性のあいだで大いに流行しました。」というのである。
 たとえば、「日本手ぬぐい かまわぬ」の図柄も、「歌舞伎役者の七代目・市川団十郎が考案した図柄で「かさねの与右衛門」の役に扮した時にこの模様を使った。判じ物の柄で「物事にこだわらない」という意味のある歌舞伎古典柄のひとつ」だとか。
 あるいは、「三筋格子」、「菊五郎格子」、「中村格子」など、テレビであるいは歌舞伎の舞台などで見たことがあるような図柄は、江戸時代に考案され、今に至るも生き延び親しまれている。
 現代において着物がブームになるには、有名俳優が斬新なアイデアの模様や意匠を考案して、あるいは着こなして、自分も真似したいと思わせるような状況を作り出すしかないのかもしれない。
 それとも、スカートやドレスなどの洋装に負けない機能性を担った、ファッション性豊かな着物を考案するしかないのだろうか。
 思えば、着物は頭から被る必要などなく、羽織るように着れば済むわけで、着脱の楽さは抜群だ。着物の伝統や格式に煩い人が、形式張った場所でもないのに、右前・左前も含め着方などについてあれこれ口を挟まないで、とりあえずは誰もが気軽に着れるという雰囲気が醸成されたら、平成元禄の着物ブームも夢ではないかもしれない。
 何だったら、ヨン様に着物を着てもらったらどうだろう。
 
 話が飛ぶが、着物の柄デザインセンスが優れているのは、もともとは貴族などの家紋や紋章デザインでセンスが磨かれていることとも無縁ではないように思える。こうした家紋に車輪が図柄化されることが多かったのは、貴族が牛車に乗ることが多かったからだという。これを車紋と呼ぶとか。
 小生は仕事柄、街中で車を眺めることが多い。特に信号待ちなどしていると、余儀なく前の車の後部を見る。いつもながら思うのは、車のデザインで、一番拙いのは後ろからみた恰好。今まで、いいと思ったデザインの車に出会ったことがない。デザイナーは後ろを軽視しているのだろうか。とにかくテールランプにしてもナンバープレートにしても、トランクにしても、個々のデザインもそうだが、全体のバランスが思いっきり情ない。
 そんな中、凄いなーと感心するのは、正式な名称は何なのか分からないが、コーポレートマークとでも呼ぶのか、つまりは、車のフロントやリアに付けられたマークのことだが、そのデザインセンスの見事さである。「T」や「H」やを図案化したに過ぎないのだろうが、ただの記号をあんな風に処理されると感服するしかない。
 尤も、Nが頭文字のメーカーさんのものだけは、悲惨である。好きなメーカーだけれど、あのロゴが前後に付いている限り、購入は躊躇せざるをえない。恰好悪くて嫌なのである。
 マツダやベンツのマークは、まずますか。
 そんな中、フェラーリやアルファ・ロメオ、ポルシェ、プジョーなど、エンブレムと称した方がいいマークもある。ところで、「量販車に世界で最初にエンブレムを付けたのはプジョーで1891年のこと」だという。「プジョーの前身は刃物工場。この刃物の刃と百獣の王ライオンの強い歯に意味を重ね合わせライオンのエンブレムとなった」のだとか。
 日本の自動車メーカーが、こうしたエンブレムやマークを付け始めたのはいつなのかは、小生は分からない。車の生産を始めた頃から、車にはこうしたものを誇らしげに前後に付けるのが当たり前だと感じていたりして真似たのだろうか。
 けれど、日本には牛車の紋章、つまり車紋という数百年来の伝統があったわけである。
 話が飛びすぎて脈絡がなくなったが、着物の図柄についても、伝統に則ったものも素晴らしいが、現代のセンスを生かした、垢抜けたデザインが考案されると、着物自体が見違えるようになるような気がする。
 尚、今日の一文には参照しきれなかったが、「日本の文様  濱 幸子」は読み応えがあった。

 さて、「春着」を織り込んだ句を幾つか見ておきたい。「春著の娘ふくら雀と云ふ帯を」(矢津羨魚)や、「野の道を父より高き春著の娘」(高井邦子)は、共に、「新年 時候」から。「膝に来て模様に満ちて春著かな」(中村草田男)は、「句あれば楽あり ? 新春の句 至遊(しゆう)」から。「一軒家より色が出て春着の児」は、「1月 (青畝俳句研究)」から。「春着の子袂の中を覗きをる」(上野 泰/花神コレクション)は、「俳句を読む 2004.1.31」から。
 一茶には、「明ぼのゝ春早々に借着哉」がある(享和句帖)。
「春着縫う」の詠み込まれた句も見つかるが、別の機会にリストアップしたい。

 はて着物袖を通したはいつのこと
 着物着る前の合わせに悩みつつ
 旅の宿浴衣に明け暮れしどけなく
 寝乱れて起きてみたらば帯一つ
 浴衣着て胡座をかいて恥も掻く
 浴衣着る湯文字で形整えて
 年を取り丹前似合う腹となる
 餅を食う褞袍(どてら)姿の懐かしき(いつ頃まで父母は正月を和服で過ごしていたっけ…)
 高島田結えるほどの髪もなし(朝シャンのし過ぎで髪が薄くなったとか)
 襟足の奥の床しき和服かな
 袂には何でも入れて落としてる
 襟足の乱れを直す色香かな
 浴衣より漂い浮かぶ色香かな
 帯を引き回し回され目が回り
 

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