侘助(わびすけ)
今日の表題「侘助(わびすけ)」は、全くの好奇心から選んだものである。1月の季語例を眺めていて、生活習慣的に縁遠かったり、意味不明だったり、とにかく分からない言葉がやたらと多い。とりわけ、この「侘助(わびすけ)」は分からないものの最たるものなのである(ところで、「悴かむ」は早く、「悴む」に訂正してね)。
季語より何より、まず、この言葉の意味を探ることが先決と、ネットで語義探索してみた。
すると、「平成15年5月~平成16年4月 気象メモ (京都地方気象台)」の中に、懇切丁寧な説明が見つかった(「桜の開花予想・侘助・たんぽぽ」の項)。当該部分を参照させていただく:
大後美保著「季語辞典」によると、唐椿(とうつばき)の一変種が侘助だとあります。「唐椿は椿に似て、葉はやや狭長で、葉脈が顕著、そして花は重弁で赤い」「侘助の花は一重赤色の小輪で、花数は多くない」。なぜこの椿を「侘助」と呼ぶかについては二つの説があるといわれています。杉本秀太郎編「花ごよみ」によると、「豊臣秀吉が朝鮮に出兵したときに侘助という者が持ち帰った」というのが一説。京都竜安寺の方丈の中庭にある侘助椿の古樹がそれだといいます。また一説は「戦国時代の堺の町人、笠原宗全が好んだ椿で、堺市史には宗全はのちに侘助と称した」ことからといいます。
(転記終わり)
あるいは、「日めくり漢字歳時記」というサイトの「侘助(わびすけ)」の頁を覗くと、尾滝 遊狄(おたき・ゆうてき)氏の俳画や「侘助」という言葉(花)の登場する北原亞以子[あいこ]の小説の一節などと共に、以下のような説明が載っている:
ツバキ科の園芸品種で、30種あまりを数える。一般の椿よりも花期が早く、晩秋から咲き始めるので冬の季語とされる。豊臣秀吉が朝鮮半島を侵略した文禄・慶長の役の際に、侘助という名の人が大陸から持ち帰った品種であるという説がある一方、「侘」と「数寄[すき]」から名付けられたものとも言われる。花は小振りで全開せず、控え目な感じが茶花として好まれる。
(転記終わり)
とにかく、「侘助(わびすけ)」というのは、唐椿(とうつばき)の一変種なのだと分かる。花だったのだ! 語感からすると、到底、想像も付かないが、「花は小振りで全開せず、控え目な感じが茶花として好まれる。」という。
せっかくなので、俳画もいいけど、「シロワビスケ(白侘助)」の画像が見つかったので、写真で侘助を見てみたい。「花が開ききらず筒状にとどまるものがワビスケ系のツバキの特徴です。」という点がよく分かる。
それにしても、「侘助(わびすけ)」を詠い込んだ句が見つかるのだろうか、なんて心配は、野暮だった。たとえば、「
侘助を撫でゝ入りけり法学部」(須原和男)が、「清水哲男『増殖する俳句歳時記』」にて見つかった。
やはり、知る人は知っているのだ。そこには、薄田泣菫による侘助椿をめぐる、さすがと思わせるコメントが載っている。転記はしない。長くはないので、覗いて、一度は読んでみて欲しい。
また、「侘助や障子の内の話し声」などという句が見つかった。作者は高浜虚子である。
余談だが、小生は昨日の夕方、霙がちの小雨降る中、図書館へ行き、五冊の本を借りたが、その中の一冊は高浜虚子の『俳句はかく解しかく味わう』(岩波文庫)である。虚子による俳句の評釈の本なのだが、どんなふうに俳句を料理しているのか、今から読むのが楽しみである。
さらに、「侘助に斜めの日差しとどきけり」(大西土水)や「侘助の二つの花の一つ落つ」(都甲君子)が「秋桜歳時記」の中の冬の頁に見つかった。
あるいは、「すぐくらくなる侘助の日暮れかな」(草間時彦)が「台エフピー相談室」の中の「歳時記 冬の季語」に見出せる。
まだまだ見つかる。「侘助やすねるでもなく我が人生」や「わびすけはまだ青蕾登り窯」を「右脳俳句」なるサイトの「右脳俳句パソコン句会 11月例会(1)」にて見つけ出す。
「夕暮れに侘助さげて帰りけり」や「侘助の花多ければ風情なし」は、「晴一郎句集・その一」にて。「侘助や身の丈ほどの幸せを」は、「俳句教室 加米彦 育枝句集」にて。
「侘助や躙り口より別天地 」(晴雲)を「第55回句会桃李2月定例句会披講」で見つけたはいいが、「躙り口」が読めない。「躙り口から茶室の中に入ると、そこには小宇宙がある。おもわぬところに存在する静かな宇宙。面白い発想。侘助の花もきいている。」などと評釈も施されているが、ついでにルビも付してくれたら、小生のような素養のない者には助かるのだが。
こうなると、ネットの強みで、「躙り口」をキーワードにネット検索してみると、いろいろヒットしたが、例えば、「松江旅日記 「 明々庵 」」という頁が写真も添えられ分かりやすかった。
まあ、茶室で、その口より別天地に移るというのだから、意味は想像できるものの、確かめるのが一番なのである。「躙り口」は、茶室への入り口だが、非情に狭く且つ低く作られている。「躙り口には、刀を外し、身分の鎧を取ってから茶室に入りなされという意味が込められているという」のである。
ついでながら、茶の湯についても、小生は全くの不案内なのだが、にもかかわらず、不遜にも、「 「茶の湯とキリスト教のミサ」に寄せて」なる拙稿があったりするから、驚きだ。
こうして見てくると、「侘助(わびすけ)」は、茶の湯には特に馴染みの花なのだと思われてくる。花の持つ雰囲気、風情と、「「侘」と「数寄[すき]」から名付けられたものとも」言われたりする語感や表記がそうさせているのだろうか。
そうはいっても、「侘助がセクシーに見ゆ山の寺」(晟俳句集1 あきら俳句集 第一集)などと詠まれることもあるわけで、歴史的な背景などを度外視し、あくまで花として眺めたら、感懐は違ってくるのかもしれない。 本物の花を見るにしくはないのだが、それは今は叶わないとして、せめてもう一度、「シロワビスケ(白侘助)」の画像を眺めてみよう。「侘助ツバキ「有楽」」を眺めるのもいいかもしれない。
あるいは、先に紹介した薄田泣菫の一節を読み返してみよう。
侘助の頬染たるごと君が笑み
遠い日の木枯らしに頬染める君
侘助の花の筒にや薫るかも
侘助の薄桃色の君の頬
侘助や日差しに染まる淡き花
侘助の花びら透かす青き空
侘助や腰折る人の背中見ゆ
躙り口覗いてみれば侘助か
侘助や躙り寄る人迎えけん
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コメント
衣笠の古寺の侘助椿の
たおやかに散りぬるも陽に映えて
そのひとの前髪僅かにかすめながら
水面へと身を投げる
すみません。例によって、例のごとく
さだまさし氏の歌です。
季語って、難しい感じがして、今まで調べようとも思ったことがありませんが、
なんというか、音の響きが私好みのものが多いですね。
侘助もそう。
ひっそりした雰囲気が漂ってます。
投稿: Amice | 2005/01/24 08:31
「春告鳥」という曲の歌詞なのですね。ネットで調べたら彼の歌詞がたくさん読めるサイトがあった。小生の名前をクリックすると、その頁に飛べる。
さだまさしの曲は、メロディもライブでの語りもいいけど、歌詞がいい。余程、普段から勉強しているのでしょうね。
季語随筆と銘打っているけど、季語などと意識せず、日本の言葉として、いいものを探していきたいと思います。これからも、いろんな言葉にスポットライトを当てて、味わってみたい。
投稿: やいっち | 2005/01/25 07:45
弥一さん
TBありがとうございますー。
侘助って、冬の季語だったんですね。
椿の仲間だから「春」なのかと思ってました。
この花のひっそりとした感じが好きです。
赤いのはよく見かけますが、白侘助ってなかなかないような。
まだ咲いている今のうちに探してみますねー。
投稿: ミメイ | 2005/04/23 22:49
ミメイさん、コメント、そしてTBありがとう。
侘助という言葉を見て、思わず反応して、小生もコメントしてしまいました。
書くのも好きだけど、読書も好き。この点は共通しますね。
ミメイさんの「sleepwalking @ 夢ウツツ」在宅の日は必ず読んでますからね。
これからも宜しく。
投稿: 弥一 | 2005/04/24 07:00