« 初金毘羅 | トップページ | 風花 »

2005/01/19

初金毘羅(続)

 本日の表題を「初金毘羅」としながら、寄り道のし過ぎで、肝心の表題には触れられなかった。
 要は、対馬の話題に触れたかったのだけれど、1月の季語の中で、海に関係する言葉はないかと探したら、「初金毘羅」が目に付いたのだった。その意味で、対馬の話題に終始してしまったのは(それでも、語るべきことは未だ多いのだが)、それはそれで目論見通りなのである。
 しかし、季語随筆日記と銘打っている以上は、多少は俳句などに話題を絡めたい。
 そもそも、金毘羅というのは、「金刀比羅宮は、古くから海上安全の神として全国的な信仰を集め、海の玄関口であった丸亀や多度津から琴平に続く道は、こんぴら街道として栄えました。」とあるように、海に関連する言葉である。
 ただ、小生の郷里・富山では(尤も、小生の狭い知見に過ぎないのだが)、金毘羅さんというのは、あまり馴染みがなかった。せいぜい、香川県民謡である「金毘羅船々(こんぴらふねふね)」という歌を、テレビなどで見聞きしたことが折々にあった程度だ。

 この歌、メロディも軽快で歌詞とのマッチングがいいのか、つい、歌詞も覚えてしまった。「金毘羅船々 追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ まわれば 四国は 讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり) 象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん) 一度まわれば 金毘羅み山の 青葉のかげから キララララ 金の御幣(ごへい)の 光がチョイさしゃ 海山雲霧(うみやまくもきり) 晴れわたる 一度まわれば」
 この金毘羅が小生の脳裏に焼き付けられるには、なんといっても遠州森の石松の金毘羅代参という芝居(映画)を子供の頃、何度となく見たことが大きい。ヤクザ(博徒)映画(ドラマ)は、この頃は少なくともテレビではヤクザ礼讃になりかねないという配慮なのか、自主規制(?)であまり見ることがない。
 が、昔は、清水の次郎長モノを筆頭に、随分と映画・テレビ・ラジオで採り上げられていた。小生も結構、熱心に漫画も含めて、博徒モノをみていて、その中の有名な逸話である遠州森の石松の金毘羅代参は、ドラマの焦点の一つであるだけに、今も印象深く場面を覚えている。
 興味のある方は、別にヤクザや博徒の世界へどうぞ、というわけではないので、ちょっと覗いてみるのもいいかも:「森の石松略伝  村松梢風
 ヤクザの文化(?)については、「ヤコブ・ラズ著『ヤクザの文化人類学』」などで採り上げたことがあるが、ここでは深入りしない(したくない!)。
 余談ついでだが、ネット検索していたら、『金毘羅』(笙野頼子著、集英社刊)なる本を見つけた。未読だが、気になるタイトルだ。
 あるサイトの感想文を参考に示しておきたい(「猫のゆりかごの読書日記」より):
「『金毘羅』の主人公、「人間の私」は物心ついたときから周りの全てのことに、親や兄弟でさえもに違和感を感じ続けて生きてきた。どうしてこれほど生き難いのだろう、と思いながら。
 そして47歳になったある日、突然気付く。自分は生まれてすぐに死んでしまった女の赤ん坊の体に棲みついた、黒い翼を持って海から上がってきた「金毘羅」であったのだと。
 無理やりに人間としての自分という役割りを演じなければならなかった故に、これほど様々な障害をくぐり抜けてこなくてはならなかった。でもこれからは「金毘羅」として、自分の神を祈りながら生きる、と決意する。」
 ふむ。気になるテーマでもある。
 金毘羅という言葉の語源を知っておきたい。
 すると、「金毘羅さんの語源は梵語(ぼんご)のクンビーラで、その音訳である。クンビーラはガンジス川にすむ鰐(わに)が神格化されたもので、仏法の守護神として薬師十二神将に加えられている。これが中国では蛟竜(こうりゅう)となり、金毘羅竜王と称された。そしてわが国では金毘羅権現となり、主として海上守護の神として信仰された。」と説明してくれるサイト(「金刀比羅宮 美の世界-四国新聞社を見つけた。
 この中に、「鰐(わに)が神格化されたもの」という節がある。未明に聞いた、「「くにざかいの島 対馬に生きて」出演:永留久恵(前対馬歴史民俗史料館研究員)」でも、この鰐のことが触れられていた。日本では、古く(縄文時代より)は蛇が尊崇された。地の神としての蛇。直感的に、納得させられるものがある。中国で、インドの鰐信仰(鰐を仏法の守護神として崇めていたとか)と蛇信仰とが混交し、竜という架空の存在が創造されたのではないか、という話だったと思う(記憶で書いているので、誰か気付いたことがあったらご指摘願いたい)。
 竜、体は蛇で頭は鰐。これは、素人の直感だけだと、誰しも、そうだろうなとは思うが、学術的に裏付けるとなると難しいが、永留久恵氏は、この点も研究されているのだろうか。
 ところで、金毘羅信仰というか熱自体は、塩飽水軍と関係があるようだ。もとは、彼らの信奉の対象が鰐であり金毘羅だった、その塩飽水軍は徳川家康に加担したこともあり、江戸時代になって優遇され今日の繁栄に繋がったとも言われる。
 その一方、毛利方に近い村上水軍は衰亡の一途を辿っていたのとは、明暗も随分、はっきりと分かれたものである。
 それにしても、小生がガキの頃、金毘羅と金平(きんぴら)を混同し、さらに長じるに至っては、チンピラとわざと混同させて戯れてみたり、今の、うだつの上がらない日々も、そのバチが当たったのだろうか、なんて。

 ネットで見つけた初金毘羅という季語を織り込まれた句を幾つか。
「汗ばみて初金毘羅の段登る」(三谷美子
 金毘羅さまを祭った宮というのは、大概が津(港)を見下ろす高台にある。もしかして昔は海辺などにあったかもしれないが、それこそ、津波などの被害を幾度となく被ったこともあって高台に奉られたのかもしれない。それとも、高見から海の安全を見張り祈願しているのだろうか。
 
 あああ、また、あれこれ調べすぎて、書ききれない! 続きは、また、後日。

 

|

« 初金毘羅 | トップページ | 風花 »

季語随筆」カテゴリの記事

コメント

金毘羅の発音から考えて英語のサイトで検索をしました。buddha kampila の2つをキーワードで検索すると、大変興味のある結果となりました。 クンビーラではなくカンピラからきているのではと思います。この方に合理性があるような感じがします。私の新発見です。

投稿: kobayashi | 2005/09/17 17:31

kobayashi さん、御意見、ありがとう。
小生には仏教にもバラモン教にも造詣がなく、どこにでも書かれているような常識的なことしか書けません。
金毘羅というのは、サンスクリット語で鰐を意味する「Kumbhira クーンビラ」から来ているというのが一般的な理解のようです。
kampilaは、サンスクリット語のような気がしないのですが(ウガンダの首都がkampilaらしいけど)。
いずれにしても、小生にはkobayashi さんの御意見に賛否を下せるような知識も根拠も持ち合わせていないので、全て保留としておきます。
来訪、書き込み、ありがとう。

投稿: やいっち | 2005/09/18 03:24

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52847/2630369

この記事へのトラックバック一覧です: 初金毘羅(続):

« 初金毘羅 | トップページ | 風花 »