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2004/12/31

ストーヴ

 今日は大晦日。その表題に「ストーブ」というのは、味気ないだろうか。 
 でも、いろいろあったこの年、悲惨な事件、未曾有の災害などがあまりに多すぎた。夏にオリンピックがあったことなど、夢のようでもある。
 それなので、「ストーブ」に当たって、せめて体だけでも暖めたい…といのは、あまりに安易過ぎる発想法だろうか。でも、エアコンは苦手だし(部屋には設置されているのだけど)、かといって、火鉢を持ち出すのも、密閉状態の部屋ええは怖い。足温器を学生時代やフリーター時代には使っていたが、足温器だけでは寒さに耐えられない。部屋の床は、たまに掃除機を掛けているのだけど、正直なところ、汚いし、そもそも、且つ、詰めた本などの詰められたダンボールが壁に山積みになっていることもあって部屋が狭く大好きな炬燵は置けない。
 ガスも灯油のストーブも、学生時代の失敗もあるので怖い(「ガス中毒事故余聞」参照)。
 となると、電気ストーブに頼るしかないのである。
 そう、ストーブといっても、薪ストーブでもなければ、ガスや灯油(石油)ストーブでもない、電気ストーブなのである。
 まして、暖炉でも、湯たんぽでも、行火(あんか)や懐炉(かいろ)などではないのだ。
 まあ、一番暖かいのは、体を直接、火に当てることだろう。ジリジリ、ジュージュー、こんがりと。でも、暖かさはダントツだろうが、少々、熱すぎるかもしれない。これは、最後の最後の取っておきの手段である。
 電気カーペットなど敷くのも手だろうが、居眠りが得意の小生、うっかり寝込んでしまって低温火傷(やけど)してしまいそうで、やはり使用が躊躇われる。
 部屋が密閉されていて、日当たりがよかったりしたら、日光浴というか日向ぼっこという手もある。ただし、これは日中だけのこと。宵闇が迫る頃には、一気に冷え込んでしまう。そういえば、近所で見かける猫殿も、日向ぼっこはしていないようだ。
 さすがにアスファルト(コンクリート)自体が冷え込んでいるからなのだろう。
 ただ、朝、会社からの帰り、近所でアパートの前で紐につながれた犬(柴犬風)が路上に座り込んでいるのを見かけた。太陽は上がり始めていたけれど、いくら分厚い生まれ持っての毛皮のコートを着込んでいるとはいえ、さぞかし路面は冷たかろうに。
 そういえば、小生が通りかかる公園の近くで、やや窪んだ歩道にダンボールやら毛布などを敷いたり被ったりして寝込んでいるホームレスの方も見かけたりする。幾らなんでも、今からの季節は、耐えがたい寒さが襲っているだろうし、見るのもつらいものである。
 人によっては、酒で体を暖めるという手段を採ることもあるようだ。アルコールが体に回って、体がポッポして、顔も上気したりして、見るからに体が火照っているのが分かる。でも、酔ったまま寝込んで、気がついたら冷え切った部屋、場合によってはお犬様同様路上で凍えている自分に気付くかもしれない(気付かないまま、安らかにあの世へ移行される場合もあるかもしれないが)。
 他には、これは最近に限らず小生がよく使う手、結構、ポピュラーな手段として、セーターなどを重ね着し、その上にコートなどを羽織るなんて知恵を実行することもある。

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2004/12/30

息白し

s-DSC01221 さすがに12月の季語随筆も、季語・季題とされる言葉は抱負にあるとはいえ、月末となると使いたくなる言葉の候補が減ってくる。
 これまで「短日」「冬の月」「冬ざれ」「竈猫(かまどねこ)」「冬の嵐」「仲冬・大雪・炬燵」「鰤(ぶり)起こし」「仮の宿(これは「狩の宿」のもじり)」「虫の音」「火鉢」「枯尾花」「ポインセチア」「煤払い」「影踏み」「雑木林」「冬の星」「月に雁(かり)」「青みどろ」「日記買ふ」「毛糸編む」「冬木立」などを採り上げてきた。
 この中には、冬の季語ではない言葉が含まれている。さて、どれでしょう、なんて野暮な問いはしない。季節感と季語との齟齬は、異常気象のせいか、実感の上でずれているのは明らかだし、そもそも季語の多くは、京都や東京(江戸)などを中心で作られてきた。
 だから、北海道や九州・沖縄・四国で句作を試みるとなると、決まり事に拘っていると、なかなかに難儀だったりするのも無理はない。

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2004/12/29

地震・津波・俳句・川柳

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「地震」は「なゐ」という」と題した日記をかの中越地震(大震災と呼ぶべきではないか!)の発生を契機に書いたことがある。被災して二ヶ月を経て、またもや、今度は今世紀でも特筆すべき地震・津波が発生、被害の規模も数万人の死者、被災者は数百万人に及ぶと見られている。
 その地震の名称は、「インドネシア・スマトラ沖地震・津波」となっているのか。
 日本でも発生するのが確実視されている東南海地震では、地震の規模もさることながら津波の襲来が懸念されている。震源地から東海地方など日本海側は近いだけに、「駿河湾沿岸では、地震発生後、数分から5分以内に津波の第1波が到達すると予想され、その後も12時間以上にわたって、繰り返し津波が襲ってくると予測されてい」たりなど、地震の発生から数分から10分ほどで到来するとも言われている。
 他人事ではないどころか、まさに明日(今日は?)我が身なのである。
 不穏な空模様、先行きの分からない時代、日本は火山の噴火・地震・飢餓・戦乱などに翻弄されてきた。治世も、安泰を誇っていたりしても、その責めを負って、一挙に瓦解してしまう。今は、地球規模で、まさに国籍を超えて巨大な企業群が活動している。金融も、グローバリズム全盛とばかりに、資本の都合が最優先され、法律も制度も人より時に国家の都合や懸念を飛び越えて整備されている。
 その一方では、全体像など見えないし描き得ない大方の者は、こうした現実を受け入れ、その効率と速度最優先の現実の中で苦しむしかないし、その中で辛うじての生活を送るしかない。圧倒的な金融の奔流。カネはドンドン、一部の巨大な資本に吸い上げられていく。
 東京を見ていると、巨大な高層ビルがニョキニョキと建っている。そこでは今を旬の企業(店舗など)が活躍しているのだろうが、地方の商店街の疲弊を他所に、一人勝ち状態となった幾つかの台風の目がまわりのエネルギーを栄養分を独り占めし、吸い上げ、周りには風圧と排気ガスばかりが撒き散らされているようだ。
 超高層ビル・マンションという勝ち組みと、疲弊し荒廃し、展望の見えない、圧倒的な領域を占める郊外や地方の惨状。超高層ビルから時に眼下の街並みを眺望して感嘆の声を上げてみても、実は睥睨されているのは自分たちの青色吐息状態の家であり現実であり生活だったりする。
 アメリカを筆頭とするエネルギーの大消費国、中国などを筆頭とするエネルギー消費の急拡大国。つまりは、東京で見られるような、数えるほどのピカピカの超高層ビル(資本)と大多数の平屋か二階建てか岩盤には到底、鉄骨の打ち届かないビルもどきとの二極分解が、世界規模で生じようとしているのだろう。
 多くの小さな(規模において、あるいは経済力において)国家は、その日暮らしを強いられている。民族闘争・宗教闘争に苦しみ、地震対策とか温暖化対策を自らは到底、なすことのできない現実があるばかりである。その実、そうした国家には人材も含めた資源を漁る巨大国家の資本や思惑が渦巻いていて、混迷に拍車が掛かるばかりである。
 冒頭に掲げた写真は、27日の営業も終わり、スクーターで帰路についていたら、妖しいような夜明けの光景に見惚れ、思わずバイクを止めて、撮ってしまったもの。朝焼けが眩いわけでもなく、分厚い雲が全天を覆っているわけでもなく、先行きが見えないようでもあり、明けていくようでもある、そんな夜明けの光景なのである。

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2004/12/28

ブログに暮れていく

 小生の今年が銘記されるとしたら、一つは掌編年間百篇の試みだろうか。今のところ、99個まで来ている。後一つは年内の楽しみとして、年末ギリギリに書き上げるつもり。そうしたら、お正月は、お茶とピザなどで祝盃だ。
(ちなみに、昨年は、オフ会での出会いとサンバへの自分なりの関わりだろうか。)
 二つ目は、秋口というか夏の終わり頃からブログを始めたこと。
 三つ目は、七夕の直前に川柳乃至は俳句モドキの実作に手を染め始めたこと。この仙流(!)は、始めてみて勉強不足を痛感している。ある意味、このブログの無精庵徒然草を始めたのも、季語随筆日記と銘打っていることでも分かるように、日に一つは季語(季題)について勉強することが目的の一つになっている。季語(言葉)を巡って、伝統に遡り、言葉の周辺をさぐり、同時に、単に知識として知るだけではなく、自分の生活実感を大切にして、言葉に自分なりの肉付けを与え、さらには駄句の実作練習に励みたいという、壮大なる目論見が潜んでいるのである(かなりあからさまな目論見なのだが)。
 ブログを分からないままに見切り発車で始めたのは、小生の場合、文章を書くのはいいとして、それをホームページに載せるのが厄介だった。主に時間的な理由で、メールマガジンの配信も、より多くの方に拙稿を読んでもらいたい、ホームページに来てもらいたいという願いからだったが、同時に、ぶっちゃけたところ、ホームページに文章をアップする暇がない、でも、書いた以上は逸早く公表したい、ネットは旬が命だから、というそれなりに切実な気持ちもあったからなのである。
 未だ、ブログの機能を十分の1も使ってはいないが、ただ、書いた文章を即、公表し(配信する)という目的に関しては、とにかく実現できているとは言えよう。そのため、時々、文章の流れがおかしかったり、句読点の不備、リンクのし忘れなどがあったりするが、ネットの、どんな出版形態も敵わない瞬発力は生かせていると思うのだ。
 ま、不備は、炭火で焚いたご飯のおこげだと思って、大目に見て欲しい。

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2004/12/27

茶の湯とキリスト教と

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 いつもながら、表題には迷う。表題を何にするかで迷うとは、つまりは何について書くかで迷っているということでもある。というか、大概は画面に向かってから書くテーマを決めるのである。
 小説を書くのも、川柳や俳句を捻るのも、エッセイなどを書くのも、基本的には即興で行う。
 実のところ、優柔不断さと意志の弱さがこういう体たらくを齎している。たまに、このテーマで書こうと思っても、冒頭の数行を書いてみると、その僅か数行が何か存在感を主張し始め、その文章の雰囲気やちょっとした言葉遣いに影響され、最初の高邁な(?)意図は何処へやら、体裁よく言うと気随気侭なのだが、実情はと言うと、引き摺られ流され、文章の行方は文章に聞いてくれという惨状だったりするのである。
 今日の表題は、ふと、「冬の月」にしようかと思った。土曜日の営業も、夕方過ぎから満月に恵まれて、お客さんに恵まれない分、月影の齎す艶福感に慰められていたりしていたし、日曜の夕方、買い物に出かけた際も、真ん丸なお月様とお散歩するような気分を味わえた。
(但し、「月齢カレンダー」によると、本当の満月は27日の月曜日のようだが。満月の前後は、危険が予測される度合いが高い。まして月末の27日が満月ということになると、今日、月曜日は交通事故も含め、いろいろ注意したほうがいいようである。)

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2004/12/26

西鶴の感情:世間胸算用

 季語随筆なのに、突拍子もなく西鶴の『世間胸算用』を表題に選んだのは、「大晦日という時間的に限られた状況の中で年越しに追い詰められた民衆の様子をあから様に書き表した物語で当時の民衆の生活が伺」ってもらおうという思惑があってのことではない(「人で見る日本と文化 井原西鶴に学ぶ知恵と才覚 柳原範夫」)。
 実際、今年ほどに年越しの苦労を強いられて年も今までにないのだが。
 実は、昨夜、車中でラジオを聞いていたら、ある番組で本の紹介などをしている。本を買えない小生には耳の毒な番組だが、つい、聞きかじってしまったのである。
 五冊だったか紹介されていて、それぞれに興味が湧いたが、中でも、富岡多恵子氏(以下敬称略)による5年がかりの労作『西鶴の感情』(講談社刊)が、特に気になった。著者の富岡多恵子は、詩人として文学活動を始め、やがて小説家として活躍していたが、近年は、『中勘助の恋』(平凡社)、『釈迢空ノート』(岩波書店)など、評論に力を入れておられる。
『富岡多恵子の好色五人女』(集英社)や『好色一代女』(集英社文庫)もあるようだが、これは富岡多恵子による現代語訳であり、大きくは評論活動の一環ということになるのかもしれない。
 本書での試みの特色は、「通常の作家論では作家の思想や哲学、作品構築の方法論などに論点が偏りがちだが、「専門家でない、同じ書き手である私は、あえて西鶴の感情を考えてみたかった」と語る。」点にあるようだ。
 間違っていないとすれば、夕べの書籍紹介は、『永遠に来ないバス』(思潮社)で第十五回現代詩花椿賞を受賞された詩人の小池昌代(こいけ まさよ)氏によるものだったと記憶する。
 詩人というが、翻訳もされ、「04年、初めての小説「木を取る人」を「群像」4月号に発表。04年6月には初の短篇集『感光生活』(筑摩書房)が刊行された。 」ということで、今や小説家でもあるようだが。
 

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