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2004/12/11

虫の音

 木曜日、内田康夫著『透明な遺書』(講談社文庫)を読了(以下、原則として敬称を略させてもらう。いずれも高名な方だと思われるので)。過日、書いたが拾ってきた本。テレビのサスペンスシリーズで有名な浅見光彦が活躍する小説。ゴミ箱で見つけ、パラパラ捲ると、舞台の一つに我が富山、特に富山城近辺が登場しているらしいと分かり、持ち帰り、早速、読んだ。
 内田康夫の本にしては、できがいい作品と言い難いような気がする。富山が舞台となっていなかったら、読まなかったような。事件が政界のスキャンダルに絡むものだが、悲しいかな内田に限らず、多くの作家は政治も経済の実際にも通暁しているわけもなく、政治の世界の汚れを憂えるのはいいとして、政治や経済、闇の社会の奥に分け入っているという実感を与えてくれないので、読後感がちょっと空しい。
 急いで、図書館で借りてきた松浦寿輝の本に手を出す。図書館では、佐伯啓思の『自由とは何か  「自己責任論」から「理由なき殺人」まで』(講談社新書)と松浦の『そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所』(新潮社刊)とを借りてきた。前者は車中でボチボチ読んでいる。後日、扱うかもしれない。
 松浦の本は、『花腐し』(講談社)以来で、数年ぶりか。悲しいかな、『花腐し』の印象は薄いのだが、図書館で彼の本を目にして、即座に選んだというのは、読んだ時に受けた感覚が未だにモヤモヤしていて、それを多少なりともスッキリさせたいという思いがあるからなのか。

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2004/12/10

仮の宿

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 随筆日記の表題を選ぶのに、いつもながら、迷う。
 冒頭に木曜日の朝、仕事が終わって会社の車庫に戻り、納金などの雑務を済ませて、さて、帰ろうかと思ったら、車庫のあるビルの脇に咲いている花が目に付いた。
 野暮天の小生には花の名前など、分からない。そこには、何種類かの花が咲いている。例えば、黄色の小さな花…、恐らくは菊の仲間だろうとは思えるのだが。
 雑草というわけではなさそうだ。かといって、誰かが丹精篭めて世話していると思えるような場所でもない。通りすがりの誰かが、ゴミなど捨てそうな、何気ない場所。
 花にとって、雑草など、花の咲かない植物にとって、地上の世界とは一体、何なのだろう。たまさかの仮の宿なのだろうか。花は、寒くなってきた今も、恐らくは一晩中、咲きつづけている。葉っぱも、枯れ葉だとか紅葉などとは無縁だとばかりに緑色の光沢が鮮やかである。
 時間帯によっては、直射日光だって容赦なく浴びる場所。
 路傍の植物達が、とにもかくにも地上世界に顔を出した場所が、仮の宿だろうが、花粉か何かでもっと他の場所へ移っていくことを希(こいねが)っているのだとしても、いずれにしても、今、ここで咲いている、緑の葉を誇らしげに揃えている、この今の場所を終の棲家とするしかない。
 ということで、今日の表題は、「仮の宿」とすることにした。


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2004/12/09

鰤(ぶり)起こし

 富山県の氷見魚市場には、11月半ばから富山湾の冬の味覚である、ブリの水揚げが始まっている。尤も、既に10月から網に掛かりだしているが、活況を呈するのは、やはり、晩秋の11月も半ば過ぎということになるようだ。
 ブリについては、10月末の日記、「「秋霖」追記と冬の雷のこと」において、若干、触れている。
 当該の箇所を転記しておくと:

寒ブリというと、「ブリ街道」を思い起こすし、「氷見の寒ブリといえば、東京の築地市場でも高値で取引されるブランド品」だったりする。正月の帰省の折には、ブリの照り焼きや、天然ブリのお造りなどを食べるのが楽しみである。
 その寒ブリについて、冬の雷に関連付けると、「晩秋から初冬にかけて、富山湾では、雷鳴とともにシケに見舞われることがあります。これがブリの豊漁を告げる「ブリ起こし」です」となるわけである。
 富山で採れるブリには、養殖モノはない、すべてが天然もの、なのである。
 小生自身、「ブリ街道」は、「ノーベル街道」ということで、雑文「ノーベル街道をちょっとローカルに見る」を書いたことがある。
(転記終わり)

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2004/12/08

仲冬・大雪・炬燵

 歳時記での季語の分類では、冬は、初冬・仲冬・晩冬と分類され、大雪(たいせつ)の昨日12月7日からは、仲冬に入ることになる。
 念のため、それぞれの期間を示しておく。その前に、まず、冬というのは、「立冬(11月7日)から立春の前日(2月3日)まで」とされているようだ:

 初冬 立冬(11月7日)から大雪の前日(12月6日)まで
 仲冬 大雪(12月7日)から小寒の前日(1月4日)まで
 晩冬 小寒(1月5日)から立春の前日(2月3日)まで

 暖冬なのか、それとも、季節がずれているのか、小生の実感では、やっと初冬に差し掛かったという気がする。東京在住の小生だが、電気ストーブを先週末の土曜日から使い始めた。その日は、曇天で夜になって風雨となった。日中も部屋の中は寒く、薄暗く、ストーブの熱線の赤が部屋に洩れ零れる。赤みを帯びた部屋のカーペットや棚などを見ると、今年も冬が来たなと思ってしまう。
 が、俳句の世界では、決まりは決まりなので、とにかく、昨日からは、仲冬なのである。初冬は「しょとう」とか「はつふゆ」と読むが、仲冬は「ちゅうとう」と読む。
 さて、今日は炬燵のことを少々。といって、別に炬燵についての薀蓄を傾けようというわけではない。小生、以前、当てずっぽうで、炬燵と韓国などに一般的なオンドル(「韓国人とオンドル」)との関連について憶測を逞しくし、炬燵の歴史を探る中で、いつかオンドルと行き当たるのではと、駄文・愚考を重ねたことがあったが、見事に小生の見当が外れてしまったことがある。
 悲しいかな、その論考(?)の行方が分からない。代わりに、昨年末にメルマガにて公表し、本年の秋口にホームページに掲載した「冬の海に思う」というエッセイがあることだけ、記しておく。その中に、ちょっとだけ、炬燵に触れているし。というか、そこでは炬燵に入りたいと書いているだけであるが…。

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2004/12/07

夜鷹蕎麦

 今日の日記の季語を何するか。冬、できれば12月の季語から何かいいのがないかと物色していたら、「夜鷹蕎麦」という言葉が目に入った。
「夜鷹」に目が眩んだのか、それとも、「蕎麦」になのか。
 一応は「蕎麦」なのである。冬だし、寒いし、暖かいものを食べたいし、たまたま先週末、あるサイトの掲示板で蕎麦(出雲蕎麦など)が話題に上っていたこともある。
 小生は、仕事が絶不調で昨年から極力、外食を避けている。私生活でもそうだし、営業で外を走っている最中であっても。一頃は、夕方には定食屋さん、夜食にはお気に入りの蕎麦屋さんで、気分次第で蕎麦だったりウドンだったりするが、玉子を載せた麺類を食べる。景気がいいと、チャーシュー麺っていうこともあった。
 あったのである。それが牛丼屋さんになり、ついには、一切、外食はまかりならなくなった。でも、蕎麦屋さんやラーメン屋さんの前を通ると、入りたいなーと、つくづくしみじみ思う。
 いつになったら、入れる日が来ることやら。
 寒い夜中に蕎麦。
 屋台もいいのだが、一度、新宿でぶらりと寄ったラーメンの屋台が、ひどくて、懲りてしまって、数年来、立ち寄っていない。あれは、間違いないく即席ラーメンだった。別に即席ラーメンが嫌いとか、ダメというわけじゃなく、ただ、店に寄ってまで、何も食べたいとは思わない。しかも、茹で方も小生の下手な腕前にも劣っていた。
 で、話は季語に戻るが、上掲の表を一覧して、今日は「夜鷹蕎麦」に目が止まったので、表題はこれにする。
 ネット検索でたまたま見つけたメルマガの「歳時記~四季折々の言葉たち~ その166~風鈴~」を読むと、興味深い一節があった:
 因に硝子ではないと思われますが、この少し後、明和(1764~72)頃に風鈴蕎麦なる店が流行しました。夜鷹蕎麦、つまり深夜まで営業している屋台なのですが、店先に風鈴を吊るして鳴らし、店の目印にしたんですね。なるほど、夜まで営業している性質上、大声を上げて呼び込むわけにはいきません。ですが、りんりんと涼やかな音なら周りも多めに見てくれるという訳でしょうか。夜遅くまでということもあり、魔除け効果も狙ったのかもしれませんね。
(転記終わり)
 このメルマガの166は風鈴に焦点を合わせている。その関連で夜鷹蕎麦のある時期に流行った風物もあって、風鈴蕎麦が話題に出たようだ。
 夜鷹蕎麦というと、落語好きならずとも、「時蕎麦」を思い起こす方も多いだろう。
 あるいは、夜鷹蕎麦よりも、夜鳴蕎麦(ウドン)のほうが言葉としては耳に馴染んでいるかもしれない。
 ここまできて、小生らしい、ポカ。そもそも「夜鷹(よたか)」って、何か。小生、「夜鷹」の説明を抜かしている。 「特定の女郎屋などに属せず、路傍で客をとり、荒屋や橋の下で商売をする下級の遊女」のようである。時代劇などを見ると、時々登場する。何故か三味線など持っていたり、頭巾か何かを姉さん被りしていて、喉下などがやたらと白く塗られている。
 実際の姿がそうだったのか、それとも舞台や時代劇のための演出なのか、よく分からない。
 では、何故、屋台での蕎麦屋が夜鷹蕎麦と呼ばれたりするのか。「こだわり!めん広場情報」によると、「夜そば売りが夜鷹そばと呼ばれた理由は不明だが、客に夜鷹が多かったからとか、そばの値段が10文が夜鷹の代金と同じだから、あるいは、夜鷹と同様に夜となると現れて商売したからとか諸説がある。」という。
 では、夜鳴蕎麦という名称の由来は。チャルメラのようなものを鳴らして、合図していたからなのか。それが煩いという苦情が一時期にあって、風鈴蕎麦なる形態になったりしたのか。
 ただ、酒好きだと屋台で蕎麦やウドンだけじゃなう、熱いのを一杯、やりたいところだろうが、屋台では酒はご法度だったとか。小生、お酒に酔って、それで「酔うたか」が小粋な風に転訛して「夜鷹」と呼称されるようになったのかと、駄洒落などを目論んでいたが、目論見が外れてしまった。

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2004/12/06

冬の嵐

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 最初に断っておくが、「冬の嵐」というのは、冬の季語ではない。というより、およそ、季語ですらない。
 ただ、土曜日の夜が嵐の晩となり、翌5日の朝には、東京でも風速40.2mという64年以来の観測史上最高を記録したので、ふと、こんな言葉を表題に選んだだけなのである。暴風雨の影響で首都圏ではタンカーが座礁したり、木々が倒れ、電車は運行を一部見合わせた、空の便も終日、乱れてしまった。風は特に千葉県で激しく吹き荒れたらしい。
 小生は、土曜日の夜半から未明にかけて、せっせとこの日記「都会の落ち葉」を綴っていた。書き始めたのは、朝の六時前で、真っ暗。凄まじい風雨に窓ガラスが風圧で揺れていた。外は、普通でもまだ暗い。まして低気圧の雲が覆っているのだから、尚更である。
 それが、書き終わりに近付いた8時前だったか、外が明るみ始めているのは当然として、風雨も収まっている。それどころか、ブラインド越しに青空が垣間見えるではないか。むしろ、天候の変わりように驚いたくらいだった。
 冬の嵐などという言葉を使っているが、確かにあの風雨は嵐、台風と言っても過言ではないような凄みがあったが、単に嵐なら、ともかく、冬の嵐というなら、やはり、雪が降っていないと、感覚的に今一つという感がある。 
 小生は、富山生れで18で大学生活を他所の地で送るため、三十年以上も昔、富山を離れたが、今はともかく、当時はまだ冬の積雪が平野部でもかなりのもので、その降り積もった雪が、風の強い日には、本当なら降っていないような日であっても、地吹雪となって地上世界を席捲する。
 冷たい風と乾いたような、突き刺さると表現したくなるような粉雪が容赦なく道行く人を襲う。富山など北陸の地は、冬の雷の多い地で、地吹雪に雷が加わったりすると、最悪なのである。
 富山や仙台で冬に外出する際には、マフラーは必需品だった。手袋も常備していた。そのマフラーで口などを覆って、どこか隙あらば吹き込もうとする雪から身を防御する。まだ、若く、雪を時に情緒あるもの、ロマンチックなものと思うのんびりさもあった自分にも、もう、雪は魔物になってしまう。
 これが山間の地にあって、峠などを越える必要があったりするなら、小泉八雲の「雪女」の話も間に受けたくなる。雪の精がいて、人を虜にしてしまう、雪の中に閉じ込められ、息も出来なくなり、やがて遠のいていく意識の朧なスクリーンに、男ならば雪の精か化身である、あまりに美しすぎる雪女の姿を垣間見、絡み取られ、メビウスの輪の面をなぞるように、この世からあの世へと、滑るように舐めるように渡っていくのである。
 ここでは深入りしないが(怖いし)、雪女については、「日本むかし話」の中の「第五夜 雪女」が、物語の裏側の話が読めて、興味深い。なかなか一筋縄では済まない、実際の惨劇の言い伝えが背景にあったりするのである。

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2004/12/05

都会の落ち葉

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 今年は気を揉むほどに紅葉が遅かった。
 さすがに12月に入るとここ東京も朝晩は冷えて冬を感じさせる。それでも日中は、ともすると11月の中旬から下旬にさしかかる頃合いの陽気だったりする。
 紅葉は、この数日、一気に来襲したかのようで、近所の葉桜も真っ赤に変色した途端、呆気なく散っていく。桜は花びらも咲いたと思ったら、満開を愛でる間もなく、桜吹雪もかくばかりはと、散っていく。まるで葉っぱも、自分が花びらであるかのように、散り際を潔くしないと拙いのではと思い込んでいるようで、どこか、哀れというより、滑稽なような、風情を感じるより、戸惑いの感を覚えさせる。
 東京都内を車で流していると、日中は渋滞などで、じっくり風景を楽しむ余裕も乏しかったりするが、夜も更け、車も自分のペースで走らすことが許されるようになると、街路樹の紅葉ぶり、あるいは樹木の種類によっては落葉ぶりを鑑賞することも楽しい。
 時に、まさに盛んに枯れ葉の舞い散る並木道に遭遇することがある。桜吹雪の道を走るのも、物凄いが、真夜中などに落ち葉の吹雪の道を走るのは、冬ざれた木立の物寂しさと相俟って、別世界に紛れ込んだような、異様な風情を覚える。
 桜に限らず、落葉の激しい木はケヤキやクヌギなど、いろいろある。
 落ち葉の季節ともなると、朝晩など、近所を歩くと、一戸建ての家など、家の主や奥さんが、門前に散って吹き溜まったり、路面に張り付いたりしている落ち葉をせっせと掃いている光景に出くわすことが多い。
 掃いても掃いても、散りやまない落ち葉。見ている小生には、枯れ葉の舞う光景というのは、なかなか風情があったりして、絵になる。事情が許されるなら、ずっと散る様を眺めていたいような気分になることもある。
 晩秋から冬にかけては、湿気も少ないし、箒などでアスファルトの路面を掃く乾いた音が、耳に響いてくる。別に耳障りというわけでもない。湿っていないので、不快感も和らぐのだろうか。
 落ち葉、音、と来ると、学生時代など、枯れ葉よー♪もいいが、秋になるとよく掛かっていた、アルバート・ハモンド(Albert Hammond)の「落ち葉のコンチェルト」を思い出す(「本町受験英語 」というサイトの、「なつメロ英語」の頁にて、原詞・訳詞を知ることができるだけじゃなく、曲も聴ける。歌付きだ! このサイトを覗けば分かるが、歌詞には「落ち葉」という言葉が出てこないばかりじゃなく、そもそも秋に関係する曲でさえない。原題は『全人類の平和のために For the Peace of All Mankind 』なのだ。でも、イデオロギー云々に関係するのではなく、ある女性に捧げた曲なのである。)
 が、実際に掃いている身になってみれば、そんな悠長なことも言っておられないだろう。
 ともすれば、落ち葉が恨めしいと思ったりもするのではなかろうか。
 掃き集められた落ち葉は、一体、どういう道を辿るのだろうか。やはり、何処かで焼却処分されるのか。それとも、近年のエコ意識もあって、掻き集められ、ボカシなどを入れて、堆肥にされていくのか。有効利用、それもいい。
 落ち葉というのは、都会では、一体、邪魔者なのか。紅葉を愛でさせてくれ、散る風景に風情を覚えさせ、舞い散っていく光景を楽しませる、役目はそこまでの、どこか半端な存在に過ぎないのか。実際、落ち葉が路面に落ちていたりすると、バイク乗りである小生、カーブに限らずブレーキを懸ける際には、神経が磨り減る思いをさせられる、そんな厄介な存在だったりする。
 3日の営業中だったか、車中でラジオを聞いていたら、山間部の列車など、レールに落ち葉が貼り付いたりして、車輪が空転し、スピードが上がらない、あるいは逆に、下手するとブレーキの効目が弱まることもある、などという話をしていた。
 半端というと、つい、濡れ落ち葉という言葉を思い起こしてしまう。自分が誰かに濡れ落ち葉のごとくくっ付いているわけではないが、ひっつく対象が人間ではなく、風景や情感や思い出や想像力の世界であっても構わないというのなら、小生は立派な濡れ落ち葉族だ。
 濡れ落ち葉族というと、家庭で所在をなくした中高年オヤジの別称だったり、いずれにしても、仕事以外に趣味と言えるものがなく、奥さんらの行く先や遊び、交際にベッタリ貼り付いて行くしか能がない連中だったりする(そんなイメージがベッタリ、貼り付いている)。
 もっと悲惨な場合は、粗大ゴミと呼称されたり。
 ところで、この「濡れ落ち葉」という呼称、一般に評論家の樋口恵子氏による造語と思われている。小生も、そう思っていた。実際、1989年に彼女は、この言葉で流行語・新語表現賞を受賞されている。
 が、彼女に言わせると、「これはあるシンポジウムで伝聞として聞いたもので」、「近ごろは、粗大ゴミではなく『濡れた落ち葉』と言うのですって」と聞いたのだとか。
 ちなみに、「粗大ゴミ」という呼称(流行語)も樋口恵子氏によるもの。上掲のサイトを読んでいて、「ワシも」なんて流行語も思い出した。
 が、思えば、濡れ落ち葉という言葉は、場面によれば綺麗な言葉だし、シトシト雨の降る都会の片隅の公園で、雨に濡れる落ち葉などを眺めていると、なんとなく心が落ち着く。木に芽吹き、育ち、青々とした葉っぱになり、やがて、役目を果たした、ご苦労さんとばかりに末期の耀きを紅葉としてこの世に印象付けた後、風に舞い、踊り、散っていく。
 アスファルトの路面に舞い落ちても、それで安泰というわけではない。風が吹けば、こちらへ、あちらへと吹き飛ばされ、風がなくとも車の通り過ぎるたびに、またまた舞い上げられたりする。あるいは、路肩の何処かに吹き寄せられる。掃き溜めの堆積に埋まっていく。そうして、やがては、掃き集められ、何処かへと運ばれていくわけだ。
 が、雨が降ると、そんな慌しい運命を辿る落ち葉も、束の間の安らぎの時を憩っているように感じられたりする。
 忙しいだけの時を過去のものとし、今は、雨に打たれながらも、ひっそりと動かざる時の不可思議を体に感じているかのようだ。
 そんな落ち葉たちだが、雨に打たれる時にだけ、束の間の安らぎの時を迎えるのは、寂しい。
 場所が都会など、市街地ではなく、山間(やまあい)の地などにあったなら、きっと落ち葉は、別にリサイクルなどという大袈裟なことでなく、自然なサイクルに従っているうちに腐葉土になるなど、落ち葉の辿るべき運命を全うしていたはずなのだ。
 そう、C.W.ニコルの唱える、「森は肺、川は動脈、湿原は腎臓」など、敢えて意識する必要もなかったわけだ。
 落ち葉ということではないが、小生は、デヴィッド・W・ウォルフ著『地中生命の驚異』(長野敬+赤松眞紀訳、青土社刊)や、リチャード・コニフ著『無脊椎動物の驚異』(長野敬訳、青土社刊)などを昨年、読んだことがある。土中の豊穣さを痛感したものだった。土中には、地表の動植物より膨大な種類(と量)の生き物が生息している。落ち葉は(落ち葉だけじゃないが)腐葉土となって、大地の中の世界を豊かなものにしているのである。
 それも、風に散らされて大地に敷き詰められるだけで。
 まあ、でも、そんな行末など気にせずとも、落ち葉の舞う光景は素晴らしいのだが。

 散る枯れ葉行方の先の遥かなり 
 枯れるともやがて命の肥やしかな

 冒頭に掲げた写真は、3日の営業中、芝公園で撮った東京タワー。ライトアップされていることでも分かるように、夜半にはなっていない。
 画像には、「冬の日の常夜灯の寂しかり」などと句を付したが、実際には、東京タワーは、終夜照らされているわけではない。
 夏は青めのライトで涼しさを、秋や冬などはオレンジ色の光で暖かみを演出しているというが、秋口などは、温みを感じられたけれど、さすがに師走の頃ともなると、橙色や赤っぽい光が健気に冬の寒さを和らげようと頑張っているのだろうけれど、それが反って逆に淋しく感じられたりして。
 そんなに頑張らなくていいよ。暖かみより、むしろ、能舞台の薪のような幻想感のほうが小生は好きなのだし。

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