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2004/10/16

荻の声

 金曜日の仕事は、不況の最中にあっても、比較的忙しい。さすがの小生も、昨日の営業中には、一つも駄句を捻出できなかった。
 それは忙しさもあったけれど、水俣病の最高裁判決が出たせいもある。
 最高裁の関西訴訟において、最高裁がやっと、水俣病に関して、国や県の責任を認め、行政の責任を認める判決が確定したのである。
 思えば、悲惨な事件であった。チッソなどの加害企業に一義的な責任があるのは勿論だが、民間企業の一部には、良識に欠ける経営をするところもある。が、この事件の場合、行政側の怠慢が悲惨さを倍加させたのだった。
 小生が中学から高校の頃、富山県ではイタイイタイ病が話題になっていたが、同時に、テレビなどでは水俣病が取り沙汰されていた。
 その中で、小生は、企業が碌でもないことをする、だけじゃなく、隠蔽もし、しかも、それを国や県が手助けすることがあることを知ってしまった。判決では、行政側がやるべきことをやらなかった、という責任を追及することに成っているが、実際には、行政は怠慢だっただけではなく、企業の論理、経済の論理、行政側の都合の理屈を積極的に推進していたのだ。通産省(旧)は、その急先鋒だった。患者のことは、(結果として)無視以上に虐待したといって過言ではないだろう。
 虐待は、企業や県・国側だけではなかった。地域住民さえもが加担した。虐待は、差別にさえ至っていた。
 そんな現実を目の当たりにして、小生は、ある意味、人間不信に陥った部分もある。ぼんやりな自分だったけれど、我が中学や富山県における進学競争熱(成績でクラス分けをするなど)、安保(70年)自動延長で安保論争熱が高まったことなどがあって、小生は、単純な算数(幾何学)や数学・物理好き(理系)から、次第に文系(社会問題)に関心を変えていった。
 それが昂じて、ついにはこうした社会問題は、単に具体的に解けるような問題ではなく、もっと人間の根源に関わる問題ではないかと思われてきて、哲学にまで関心が移り、高校三年の夏、八月一日に大学を哲学科に絞ったのだった。
 そんな自分の感懐や思い出はともかく、水俣病の問題の性格は、ハンセン病や薬害エイズの問題にも繋がる。行政側は、都合が悪い問題には、徹底して患者や住民・被害者を無視・圧殺する。マスコミも(一部は宗教界)なども差別する側に立ちつづけていたことは周知のことだろう)。ハンセン病(患者)への偏見は今も続いている。行政側がほとんど動かないという現実は、何ら変わっていない。
 差別の問題に立ち向かうことは勇気が要る。偏見の根強さには、常識も良識も通用しない。
 そんな世界に立ち向かう被害者達の勇気には敬服する以外にない。小生のような根性なしだと、世を拗ねて、変な宗教に走るか、自殺するか、いずれにしても、壁の巨大さに沈黙するのが関の山だったのだろうと思えて、情ない限りなのだ。
 それにしても、患者の認定基準を狭いままに、一切、基準を変える考えがないという小池環境相の発言は、判決の趣旨をまるで無視したものだ。怒り心頭である。これでは、被害者を救う気はないという、官僚側の発想をただ追随しているだけではないか。患者認定におけるダブルスタンダードは、患者サイドに立って、断固、見直すべきだろう。
 そんなことを思っていると、駄句どころではなかったのである。

 閑話休題
 「蓮と睡蓮」の周辺 という日記を数日前、書いた。この関連で、調べる余地が未だ、随分とあると感じている。
 が、今まで調べた分(書いた分)だけでも、エッセイや掌編の題材に事欠かない。
 ということで、本日、夕方、「蓮っ葉なのは」という題の掌編を書いた。例によって、<ボク>もの。この掌編で、今月は四つ目となる。
 掲示板でもある人と遣り取りしたが、言葉や事柄を調べるうちに、いろいろと発想の輪が広まる。で、エッセイに、あるいは場合によっては小説に仕立てるのだ。言葉を調べるのは、単に知識を増やすためではない。それだったら、小生の場合、無意味だ。
 なぜなら、小生は、記憶力に相当に弱点がある。渋々だが、しかし、歴然たる事実なので、高校に入る頃には、自分の能力に落胆していた。だったら、連想力、あるいは想像力で勝負だ、と行きたいところだが、それも、結構、難しい。
 それでも想像力の事柄である小説に挑戦し続けるのは、書くのが楽しいし、その際、エッセイやコラムも楽しいが、リアリティのみが要諦である小説(虚構作品)にこそ、最も挑戦し甲斐のある未踏の領野がある。それは、発見した者の、切り取り次第の、取りあえずは荒地であり、砂漠であり、ただの原野なのである。
 そんな雑草どころか、苔も生えないような世界に分け入って、たとえ、猫の額ほどの土地だろうと、精魂篭めて整地し耕し水を引き、水を撒き、肥料を蒔き、それなりの沃野に変えていく。そういった作業を架空の時空で行っている。誰もいない世界というのが、いい。
 人と一緒にいたい。仲間が欲しい。パートナーが欲しい。そう思いつつも、一人であるしかない自分。不器用なので、結果的に一人を選ぶしかない。寂しさも、何十年の吐き気のするような砂を噛む日々を続けると、もう、感覚が分からなくなる。
 それでも、錆びた頭の中に想像の花を咲かせるには、かなりしんどい、頭をギリギリ絞るような努力も要る。そうして得られた成果というのは、乏しいかぎりだが、ま、それは能力の問題があるのだから、仕方がない。大切なのは、試みを続けることなのだろう。
 
 さて、今夜、過日の我がサイト5万ヒットを祝して、久しぶりにピザを注文して食べた。ピザは今年二回目だが、注文して食べたのは昨年以来だ。
 こんな文章しかない、デザインも含め地味なサイトなのに、よくぞ、ここまで来たと思う。その意味でも、自分は自分に対し、よくやったと労ってやりたかったのである。
 この先、どこまで続くか分からないけれど、とことんやっていくまでなのである。

 小生もメンバーであるサンバチームのダンサーの方が、14日、誕生日を迎えていたということを、知り、本日、午後、怠っていた、八月の武蔵小金井でのパレードレポートへの写真アップ作業を一気に行った。
 小生、文章を書くのは好きだが、アップ作業などは苦手。特に写真のアップはつらい。
 でも、今年の半ば頃、写真の画像サイズ縮小ソフトをある人に教えてもらって、写真のアップ作業が随分、楽になった面もある。
 ということで、武蔵小金井のレポートに、そのダンサーの方の写真も含め、十六枚ほど、アップしたのである。

 そうそう、今朝、我がホームページを開いたら、ブログ日記にコメントがついていた。小生、このブログにコメントがつくのが嬉しい。ブログの文章を読んでいる証明になるし、そもそも、ブログは、コメントと関連する文章が一目で見渡せるのがいいのだ。
 掲示板への書き込みは、ブログ以外の文章を読まれたり、一般的なメッセージを書くのに適している。適宜なコメント・メッセージが嬉しいのだ。

 写真は載せていないが、表題である「荻の声(おぎのこえ)」について、一言。
 これは、「荻の葉が風の吹くごとにたてる寂しい葉ずれの音」だという。タクシーの仕事をやっていて、真夜中過ぎに公園の脇で休憩していると、よく、風を感じることがある。水面がかすかな風に揺らいでいる。木の葉も、さわりという音も立てずに揺らぐ。
 さすがに、吹く風がちょっと冷たい。秋が深まってきたとはいえ、晩秋というには早すぎる。でも、荻の声のような、寂しい葉ずれの音は聞えてくるような気がするのである。

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2004/10/15

野路の秋

s-DSC01011.jpg

 今日、用事があって街道の先の大きな郵便局へ歩いて行って来た。いつもならバイクで行くのをわざわざ徒歩で行ったのは、その帰りに図書館に寄るつもりだったからである。
 数日間続いた雨もようやく昨日、上がり、秋晴れとは行かないが、穏やかな陽気、歩いていても気分がいい。
 さて、帰りに図書館で、久しぶりに本を物色し、司書の素敵な人の顔を拝み、お気に入りの本が見つかったら、借りて帰ろう、なんて思っていたら、なんと、第二木曜日は休館だってさ。トホホ。
 今年初めて図書館に行ったのに、もしかしたら二年ぶりの図書館だったのに、休館日に当たるとは、よくよく運が悪いのだ。週日に休みがあるなんて、信じられない気がする。これで、また、図書館とは、また、しばらくは遠ざかるのだろう。
 
 例によって、あちこちの掲示板に駄文を綴っている。その一部を転記しておこう:

○ 小生、前にクマさんの話題で目の下のクマなど持ち出して冗談を書いたけど、案外と無縁ではない可能性もあるらしい。
 そもそも熊(クマ)という名前の語源はハッキリしない。
1.昔は、暗いところを隈(クマ)と呼んだ所から、クマのような黒くて怖い動物もクマと呼ぶようになった…。
2.昔は、恐ろしい動物をカミ(カムイ)と呼んだ所から。このカムイが後にカミ(神)に転訛していったという説があるが、そもそもカムイには(神=熊)の両義があったらしい(アイヌ)。
3.朝鮮語ではクマのことを「コム」と呼ぶことから、朝鮮人の渡来と共にその呼称が日本に伝わった(熊は百済の象徴)。

「隈なく」というと、徹底的にで、透き間(洩れ)なくということで、隈って意味深い言葉だ。
 うーん、断定的なことはいえないけど、目の下の隈……婀娜や疎かにはできないかも。
 みなさん、目の下の隈、もっと大切にして濃くしましょう!

○(以下は、あるサイトの掲示板にロダンの「考える人」が話題に上っていたこと、また、「膝を抱く」が焦点の句が載っていたので、その句の連想もあって、句を寄せたこともあり、転記する)
 ロダンの彫刻は、上野の西洋美術館でしばしば見ました。
「考える人」写実的な彫刻といわれるロダンだけど、格好がちょっと不自然に見えたりする、そんな意見も、まま見受けられる。小生も何となくそう思う。
 以前、彫刻家の佐藤忠良の講演を聴いたことがありますが、ま、ある意味、当たり前だけど、彫刻は手触り(感触)の芸術だという話だったような記憶があります。
 ロダンの作品も、見た印象も大事だけど、実際に触って、その感触を味わってみないと、真価が分からないのかも。

 我が子抱く母の寝息の微かなる
 長き夜膝を塒の猫重し

○ 小生、ガキの頃から時代劇が好き。「月影に兵庫と続くテレビ好き」という句もあるほど。
 幼い頃、時代劇では悪人は本当に斬られていると思っていた。で、どんな人が斬られるのかとない頭を絞って得た結論は……。そうだ! 死刑囚の人たちを斬っちゃってるんだ!!!
 自分って頭いいって思ったものでした。懐かしい。

 死んだふり斬られた武士が息をつく


☆ さて、今日は、「秋霜烈日じゃないけれど」なんて、日記だけど、長文のほとんどコラム風エッセイを書いたこともあり、ほかには纏まった文章は書いていない。
 その代わり、メルマガを配信した。その目次を示しておく:

   目次:●1.人間を定義する(続)
      ●2.三途の川と賽の河原と
      ●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか

 今日は、久しぶりに一時間近く歩いたので、小生としては体力の使いすぎ。文章に割く余力が乏しくなってしまった。仕方ないね。それにしても、図書館の中を覗けなかったのは実に残念。チャンスだったのに。
 ところで、わざわざ掲示板の発言を転記するのは、近い将来、場合によっては、さらに調べてエッセイなり掌編なりに仕立てたいという下心があるからなのである。
「隈と熊」も、「彫刻と手触り」も、展開次第では、それなりのエッセイになると思える。
 無論、本日、配信したメルマガの「人間の定義」も「三途の川」の話も、その気になれば、もう少しは展開の余地、調べる余地があるのだ。

 掲げた画像は、水曜日の営業が終わりに近付いている木曜日の未明(未明にもなっていないかな)に、某運河脇の公園で見かけた木の実。何の実なのか、分からないけど、なんとなく秋を感じさせたので、思わず撮ってみた。今日の日記の表題を「野路の秋」にしたのも、この光景が頭にあったからである。

 野路の秋 真っ赤な木の実 寄り添って

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2004/10/14

秋霜烈日じゃないけれど

 また身の程知らずにも秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)なんて、難しそうな言葉を表題に選んだ。教養のない奴ほど、つい、権威や難解な言葉に縋ってしまう。
 急いで、秋霜烈日の意味を大雑把にも説明しておく。ま、ほとんど、自分のために、なのだが。
「広辞苑」(電子辞書)が壊れているので、辞書に拠ることができないので、ネットでこの言葉の説明を捜すと、「秋の厳しく冷たい霜と激しく照りつける太陽。転じて権威・志操・刑罰などが非常に厳しく犯しがたい事」とか、「草木を枯らす秋の霜、草木を焦がす夏の烈しい日」といった説明が散見される。
 かの有名な、しかし今となっては知るひとぞ知るになってしまったかもしれないが、故伊藤栄樹検事総長の『
秋霜烈日』を思い出される方もいるかもしれない。
 大概の方は、検事総長の名前など、知るはずもない。新聞にその名が載っていても、素通りするだろう。小生だって、そうだ。が、この方ほどに巨大な犯罪に立ち向かった人はいないし、また、新聞に名が踊った方も少ないのかもしれない。
 上掲の本の目次の一部を抜き書きすると、造船疑獄事件、日活ロマン・ポルノ事件、連続企業爆破事件、ダグラス・グラマン事件、ロッキード事件などなど。特に最後のロッキード事件で、彼の名前が新聞などマスコミで取り沙汰されることが多かったのである。小生のような役人の名前音痴でさえ耳にタコが出来るほど、目に隈ができるほど見聞きしたものだった。
 このタイトルである秋霜烈日は、これまた、知る人ぞ知るなのだろうが、検察官の付けているバッジのデザインから連想される言葉として、ある意味、検察官の志操の厳しさを象徴する言葉として受け止められることも多いようだ。
検察 Q&A」を読むと、「検察官のバッチの形は,紅色の旭日に菊の白い花弁と金色の葉があしらってあり,昭和25年に定められました。その形が霜と日差しの組合せに似ていることから,厳正な検事の職務とその理想像とが相まって「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)のバッチ」と呼ばれているようです。「秋霜烈日」とは,秋におりる霜と夏の厳しい日差しのことで刑罰や志操の厳しさにたとえられています」などと書いてある。

 突然、柄にもなくこんな身分不相応な言葉を出したのは、何も検察のことを話題に出そうというわけではない。秋霜烈日に限らず、多くの言葉(熟語)の語義をやや、あるいは相当に換骨奪胎して意味を嗅ぎ取ってしまう小生のこと、この日記を書こうと思って、さて、表題を何にするかと、秋の季語を物色しているうちに、不意に秋霜烈日という言葉が浮かんできてしまったのである。
 一旦、何かの言葉が浮かぶと、使いたくてたまらなくなる性分の持ち主である小生、脈絡など何のその、とにかくっ表題にでも、あるいは文中にでも使う。文脈だって、その言葉を使うように勝手次第に曲げる。
 秋霜烈日は、本来は、責任ある立場の人が、自らを戒める意味もあっての言葉である。というか、そのような文脈で使われる。上掲の検事もそうだ。
 が、年を取ってくると実感することだが、日々が秋霜烈日なのである。辛いこと、面倒なことを避けようと思っても、どんなに居心地のいい環境を作り出そうと思っても、そこには、体か心か人間関係かは別にして、どこかしら不具合を抱えた自分がいて、もうどうにも逃げようがないわけである。
 今年はとりわけ夏の日々は暑かったし、暑さが長引いた。暑さが年々体に堪えるし、しんどくなる。何をするにも億劫になる。つまりは、平平凡凡たる自分のような者でも、何も自戒しようなどという殊勝な心掛けを持っていなくても、日々の気候も何もかもが身を焦がすようであり、身を凍て付かせるようであり、なんとなく丁度いい頃合いだなと思える瞬間というのは、実に稀になってしまう。
 なんといっても、体(心)が思い通りにならないのだから、どうにもならない。
 逆に言うと、だからこそ、季節の移り変わりに敏感になるし、ほんのちょっとしたことの中に喜びや発見や、驚きの念を覚えてしまうのである。仕事柄、夜中に人気のない公園の脇に車を止め、車を降りて、伸びをしながら、空を眺め上げたり、公園の木々の様子を愛でたり、近くを流れる河の水面を見遣ってみたりすることが多い。
 そんなとき、草葉を伝わる露などが目に飛び込んでくる。真ん丸くなっている雫をまるで初めて見たかのような気分で見つめている自分がいたりする。
 水滴の一粒が、緩やかな風に揺れる木の葉の動きにつられてか、こまかく揺らぐ。プルプルッという微妙な揺らぎ。僅かな街灯の明り故に、水滴の向こう側を見通すことはできないはずなのに、水滴の中に、その先の風景がまるごと封じ込められたかのように、一個の濃紺の宇宙があるように感じられたりする。
 壺中の天という言葉があるように、一滴の水の雫にも、一個の宇宙全体を感じ取ったとしても、決して不思議ではないような気になってしまう。どんな小さな世界であっても、その世界に寄り添うように、息を潜めるようにして、そう、愛惜するようにして、見遣るならば、その小宇宙の中には、想像の限りの宇宙が含まれている……はずなのであって、そうした宇宙を感じ取れるかどうかは、結局は自分次第なのだと、思うのである。
 ナンバーワンとオンリーワン。
 ナンバーワンというと、一夏の夢のように過ぎ去ったオリンピックを思い出す。出場する選手たちは、ナンバーワンを目指す。トップになれずにナンバーツー、スリー、あるいは、入賞に終わった人は、爽やかに貴重な、得難い経験をしたとコメントを発する。
 それはそれで決してウソではないと思うけれど、その人は、ナンバーワンになるために頑張ってきたはずなのである。
 ナンバーワン。その象徴が百メートルなどの短距離走になるのだろうか。コンマ1秒どころか、百分の1秒を争う。そもそも、何故、早く走らなければいけないのか、その意味が分からない。けれど、しかし、いざスタートラインに立つと、誰よりも早く走りたくなる。
 そして、誰かが頂点に立つ。この短距離走は、ある意味、近代あるいは現代の象徴の面を持つような気がする。何が故に一番でなければ、あるいは誰よりも速く走らなければいけないのか、分からないが、しかし、スタートラインに立つと、そうせざるをえない本能のようなものに火がつく。
 とにかく早いことが快感なのであり、誰よりも早いこと、トップであることは、快感なのである。しかも、名誉でさえある。賞賛されたりもする。トップ。
 現代とは、誰もが、どんな場にあっても、家庭という団欒の場であってさえ、スタートラインに立っているかのように、焦っている、尻に火がついたように無闇に駆り立てられている時代とも言えそうな気がする。ゆっくりしたい、のんびりしたい、ゆるやかにかろやかに、風に吹かれて一歩一歩を噛み締めながら歩いていきたい、隣りの誰彼と親しく語り合いたい、損得抜きに付き合いたい……、そんな気持ちを持っている、持っているはずと思う
 けれど、時代の圧力は、そんなことを許さない。効率とスピード、合理性、そして何より独自性を求められる。
 独自性。オリジナリティ。なるほど、素晴らしい。個性があることは素晴らしい。
 でも、どうして人と違っていなければいけないのか、それが分からない。人と同じでいいじゃないかという発想は罪なのか。そもそも、人と同じように、目も耳も二つあり、鼻があり口があり、二本の腕、二本の足、健康な胴体、アレルギーのない体を持っていたら、もう、それだけで、ありがたき奇跡なのではないか。そのような平凡な人間であることは、とんでもなく僥倖なことだと、どうして思えないのか。
 ここにオンリーワンが被さってくる。そう、最近、作詞・作曲した槇原敬之自身が歌っている「世界に一つだけの花」で歌われている世界。
 少なくとも日本など先進国は、一人っ子、せいぜい二人きりの子どもが多い。一時期、オンリーワンという歌が流行ったが、今の子供たちは、親たち(両親、二組の祖父母、小父叔母、隣近所、学校の先生)に、耳にタコができるほど、あなたはオンリーワンなのだと耳打ちされてきている。掛け替えのない子供、大事な子供。
 あなたはオンリーワンなのだから、大切な人間なのだからと、乳母日傘(わー、古い言葉!)で育って、それでいて、社会は、ナンバーワンを求める。競争や評価を学校では避けても、一歩、社会へ出たら、オンリーワンなどという悠長なことは、冗談にも言ってくれない。
 そう、冗談じゃないのだ。鎬(しのぎ)を削る苛酷な日々が待っているのだ。オンリーワンは、昨日のこと、今日からはナンバーワンであらねばならない。
 ぬるま湯から一歩、外に出ると、常在戦場、あらゆる場所がナンバーワンの自分であるかどうかが問われる環境となる。
 現代とは(少なくとも日本においては)、オンリーワンとナンバーワンとの両方が、過度に要求される社会になっていると言えようか。
 オンリーワンとは、何だろう。 
 オンリーワンとは、自分が掛け替えのない人間なのであり、他に代わりのない大切な人間だと自覚すること、人にも、そのように扱ってもらうことなのだろうか。
 ここには想像力が欠けているような気がしてならない(誤解して欲しくないのは、別に槇原敬之の歌の世界を批判しているのではなく、非現実的なまでにオンリーワンが強調される風潮を思っているだけである)。
 オンリーワンなのは、全ての人なのだということ。当たり前のことだけれど、この認識なくして、オンリーワンなど決して存立しえない。すぐに崩壊するか、壁にぶつかる。
 そうではなく、オンリーワンなのは、世の中のすべての人間が、そうなのであり、出会った、出会っている、これから出会うだろう、全ての人間がオンリーワンなのだという想像力こそが大事なような気がする。
 たまたま今は、その人がホームレスであっても、今は病の床に臥している人であっても、服装が、見かけが貧相であっても、それぞれがオンリーワンの生活をしているオンリーワンの人々なのだと理解すること。想像すること、自分が自分を大事と思うなら、人も全く同じように自分を大事に思っているし、日々、楽しく、あるいは懸命に生きているということ、そのことに思い至ることが大切なのだと思う。
 このことをもっと敷衍すると、そう、秋霜烈日なる思いに繋がるのだと思う。人間だけがオンリーワンなのではないのだ。目の前にある壁も、ポスターも、車も、路傍の石も、雨に濡れる木の葉も、吹き飛ばされ道端に吹き溜まる枯葉も、ペットも、野山の熊も、それこそ、ミミズもカラスも鼠も蛙も、さらには、水滴でさえもが、オンリーワンなのでる。
 それぞれが叡智の限りを尽くしているのだ。
 目の前に流れ落ちていく水滴と出会うこと、そのことが、オンリーワンの体験を今、していることなのだ。
 歴史は繰り返すのかどうかは、知らない。が、繰り返さない歴史があるとしたら、この瞬間を生き抜いたか、誰よりも深く感じ取ったか、心に受け止めたかどうかに懸かっているような気がする。
 日々の全てが、秋霜烈日、つまりは、己が深く細やかに広く感じ、考え、思い、想像し、共感し、愛惜しているかを問うているのだと思う。
 
 なんだか、大袈裟な話になってしまった。ま、焦らず、日々を大切にということで、取り留めのない稿を閉めておく。
 ついでに蛇足の駄句を一つだけ:


 水滴の伝い行く先の床しくて

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2004/10/13

「蓮と睡蓮」の周辺

 あるサイトの掲示板を覗いたら、睡蓮の写真が載っていた。睡蓮と蓮との違いがよく分からないとも。
 蓮は、俳句では夏の季語である。睡蓮と蓮とは同じ、睡蓮科の仲間だけれど、睡蓮というのは、10月になっても、咲くものなのだろうか。
 ちょっと睡蓮の画像を見てみよう:
睡蓮
 撮影されたのは、夏のようである。睡蓮の英名が美しい。「Water lily」だとか。では蓮は、というと、「Lotus」である。ロータスクラブなどで、耳にしたことがある方も多いだろう。
 上掲のサイトによると、「ハスは、葉や花が水面から立ち上がるが、 睡蓮は、葉も花も水面に浮かんだまま」だという。
 が、例えば、下記の写真を見ても、違いがよく分からない:
写真」 
 但し、上掲の写真は、説明にもあるように、蓮は蓮でも、「大賀ハス」であり、「古代ハス」なのである。
 さらに、説明は、「古代ハスの研究者、東京大学農学部教授の大賀一郎さんが、千葉市の東大厚生農場 (現、東大検見川総合運動場)で、1951年に弥生時代の地層からこの蓮の実を発見。なんと2000年も前の実だった。そして発芽、開花に成功、その後全国に広まった」と続く。
 小生、以前、ある方のサイトで、古代ハスの写真を見て、思わず、一句、ひねったことがある。紹介済みだが、関連するので、睡蓮の写真を見て作った句と併せて載せておく:

 古代ハス 二千年の 夢と咲く
 睡蓮や泥水を啜って誇らしく

 泥水(煩悩)に浸かり、そんな水の中でも美しい花を咲かせるということで、蓮は仏教などでは、象徴的な花(植物)として珍重される。仏教の盛んなベトナムの国花は蓮だとか。
 一方、睡蓮は、自ら花や葉を泥水から離そうとするので、講話の例には使われないようだ。
 しかし、思うに、蓮や睡蓮に限らず、大凡の植物は泥水ではなくとも、土に咲くのが普通のはずである。水分は、土中から根っ子というストローで吸い上げるわけだ。つまり、理屈の上では、泥水も土でも、似たり寄ったりの環境で多くの植物は育つのである。
 何も、蓮に拘る必然性など、ないわけだ。が、何故か、蓮、なのである。
 やはり、水辺で咲く花というのは、人間の願望として、澄んだ水においてこそ咲いて欲しいというのだろう。
 が、泥水にあって、健気に蓮は咲いている。しかも、多くの睡蓮のように、汚れた水面から少しでも離れようと、伸び上がろうとする。濁り水を毛嫌いし、自らの美しさは、そんな汚れた世界とは無縁なのよと、出自を誤魔化そうとしているように、映ったりもする、のだろうか。
 その点、蓮は、葉も花も、泥水にどっぷりと浸かりながらも、しかし、緑の葉を雄雄しく広げ、美しい花を咲かせる。これは、講話の種には絶好の花、というわけのようだ。
 そんな蓮に思いを寄せる趣味人は昔から多い。かの小林一茶も、蓮に託した句を幾つも残している:

 蓮の香や昼寝の上を吹巡る
 犬の声ぱったり止て蓮の花
 蓮の花虱を捨るばかり也
 大沼や一つ咲ても蓮の花
 福蟇も這出給へ蓮の花

 ネット検索していたら、とても詩情溢れる写真を見つけた。是非、見て欲しい:
枯蓮  茜色さす湖面のオブジェ
 写真に寄せてだろう、句が載っている。句を作ったのは、誰だろうか。やはり、「文・山崎しげ子(随筆家)」とあるからには、山崎しげ子氏ということになるのか。写真と句を併せて味わうのがいい。

 枯蓮のさらにもつれし影水に

 上掲の一文の中に、「江戸中期の代表的な画家の一人、伊藤若冲(じゃくちゅう)は、晩年、大阪の寺の襖に蓮池の水墨画を描いた。哀感たっぷりの枯蓮。だがその横に、なぜか蓮の花の蕾(つぼみ)が描かれている。」という興味深い記述があった。
 小生、かの伊藤若冲の画となると、見たくなる。キーワードを工夫して、ネット検索し、当該の水墨画(だろうと思われる)を見ることの出来るサイトを見つけた:
「蓮池図」 伊藤若冲筆
「蓮の花の蕾(つぼみ)」も、ちゃんと見ることができる。
 このサイトには、若冲の考えなども紹介してある。一部、転記する:

若冲は眼前の事物を観察しつづけることにより、そのなかに潜む「神気」が見えてくるという。その「神気」を捉えることができれば、筆はおのずと動き出すのだ、と。

 40歳になった若冲は、弟に家督を譲り、名も茂右衛門と改めて、画事に専念することになった。これ以後、85歳で没するまで、嫁もなければ子供もなく、画三昧の生涯を送った。

 このサイトでは、伊藤若冲筆の「付喪神図」という、まことに奇抜な絵を見ることができる。これも、見逃せない。
 
 最後になるが(蓮や睡蓮となると、到底、語り尽くせない)、睡蓮というとモネ。モネに全く、触れないわけにはいかないだろう。
 知る人は知るだが、「彼の後半生で熱心に取り組んだのは、「睡蓮」の連作でした。ジヴェルニーの自宅の庭園に睡蓮の池をつくり、制作に没頭し」たという。
 芸術に限らないが、何事も、他の一切を犠牲にしても、やりたいことに専念しないと、一角の仕事は残せないということか。

 さて、恒例になっているので、蛇足とは思いつつも、我が駄句を。今日の収穫は少ないので、サッと読み進めるはずだ:

 鰯雲夜寒の露の身に沁みて
 臥待ちて恋に恋して焼け尽くし
 肌寒し松がさねなる帯を解く

 これらの句は、季語を重ねるという禁を犯している。こういういけないことをやっていはいけないのだ。
 ああ、今日は、休みだったのに、雑事で潰れてしまった。悲しい。仕事に関連するから、仕方ないのだが。

 雨しとど 咲き揃う夢も 悲しげに

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2004/10/12

秋気澄む日々…

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 表題とは違って、東京は連休中を通して、台風だったり、台風一過の快晴とは程遠かったり、なのだが、まあ、秋気澄む日々を希っている意味も篭めて付けたタイトルなのだ。掲げた写真も、そんなわけで選んだのだった。

 この連休は、エッセイなども含め創作三昧となった。などというと格好いいが、台風一過にも関わらず雨模様の天気と、手元不如意などで身動きが取れなかった、というのが実情なのである。
 前にも書いたが、連休の内に書いたものを列挙しておくと、雑文系が、「前田普羅のこと」「三途の川と賽の河原と」「光害(ひかりがい)のこと」の3篇、虚構系が、「ディープタイム 」「天の川幻想」の2篇である。
「三途の川と賽の河原と」は、「三途の川のこと」の続編で、焦点は賽の河原にあったのだが、三途の川にさえも辿り着かないうちに、長すぎて中断させてしまった。書き始めると、あれこれ連想が働いて、道草の多い文章になる小生の性癖が出てしまうのである。
 特に、三途の川というと、立山曼荼羅を思い起こしてしまい、つい、それに絡む思い出をつづりたくなってしまうのだった。
「光害(ひかりがい)のこと」は、読んで字の如しで、光の害の話である。「光害」と書いて、「ひかりがい」と読ませるらしい。現代の日本は、町中を明るくしようと、工夫を重ねてきたが、過度の光に溢れている。街灯など、必要なものもあるが、過度の光が充満してしまって、それが空にまで洩れ零れている。
 夜空に溢れた光。それは、形を変えたゴミの廃棄に他ならないのだ、エネルギーの無駄遣いなのだという発想が高まりつつあるのだ。
「ディープタイム 」のことは、前日の日記に既に書いてある。
「天の川幻想」は、まさに、「光害(ひかりがい)のこと」と相関する。ある首切りに遭った主人公が、やっと開放された気分になり、それまで忙しくて行けなかった、ある念願の場所へ赴く。
 そこは、町外れにある鎮守の森。森を更に奥深くまで歩くと、もう、町灯りどころか、人工的な明りなど一切届かない世界に至る。
 真っ暗闇のその世界で主人公が体験したものとは……、まさに天の川幻想なのである。
(内緒だが、この「天の川幻想」についても、誰か、挿絵を書いてくれないかと密かに願っている。)
 年間掌編百篇が目標で、今月のノルマは八篇。これで、今月は3篇となったので、まずまずのペースとなった。やれやれである。これで、残すは、年内に21個となった。胸突き八丁の日々が続く。

 どうも、書いたはいいが、アップが追い着かない。というより、アップする時間があったら、読書と執筆に振り向けたいので、結果、アップ作業が疎かになってしまうのである。仮眠と居眠りが牢固たる持疾になっているので、実際に頭を使って何かをする時間は限られている。
 困ったものである。

 先週と週末とに、メルマガを配信した。その目次だけ、示しておく:

[04/10/04 配信分]
   目次:●1.秋の月をめぐって
      ◎ 我がリベルダージのパレード情報
      ●2.藤沢周平の周辺
      ●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか
[04/10/11 配信分]
   目次:●1.三途の川のこと
      ◎勝手にサイト紹介:「美しい般若心経」
      ●2.人間を定義する(前編)
      ●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか

 さて、例によって、汗駄句川柳を。昨日、あちこちの掲示板に書き散らしたものである。小生は、川柳はほぼ常に掲示板に書いたメッセージに付するためにひねっている。もしかしたらダブっているものがあるかもしれないが、愛敬と見逃して欲しい。
 そういう事情もあっての川柳の数々なので、脈絡から切り離すと、ただのおふざけになってしまうのが辛い:

 あぶく銭 濡れ手に粟と どこ違う
 年寄ると 涙もろいの 空よりも
 古代文字 謎を秘めつつ 解くを待つ
 揺れる葉も 焦らさないでと 空に言う
 筍の 猛々しきは 家の床 
 筍の 家の床下 竹だけだ
 龍田姫 待つ人忘れ 席を立つ
 朝寒し 待てど暮らせど 来ぬ人よ
 待ちぼうけ かさねがさねの 飲み明かし
 秋深し 酔いどれの朝 迎えけり
 露しとど 待ち草臥れて 澄まぬ秋
 肩透かし その気もなしに 振ってみせ
 肩透かし 振られたくせに 振ったふり
 肩透かし 秋の夕焼け 浮かぶ顔
 肩透かし もぬけの殻に 秋暮れる

 掲げた写真は、例によって、徹夜のタクシー仕事が終わりに近付いた頃の朝の写真。実際に撮ったのは、先週なのだが、秋晴れを待ち望んで載せてみる。空も乗って欲しいね。

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2004/10/11

台風の過ぎたあとに

 台風一過の快晴を期待したけれど、空しかった。せめて、十日の我が日記に掲載した写真で秋晴れの雰囲気を味わって欲しい。
 日曜日。今日は終日、だらけた状態で過ごした。先週末の仕事が、珍しく忙しかったこともあり、ひたすら体の疲れを抜くことに徹していたのである。今日はサンバパレードが所沢であったのに、行かなかった。いろいろあって、元気が湧かなかったし。
 そうはいっても、せっかくの休日、台風の過ぎ去った穏やかな一日、何もしなかったわけではない。
 まずは、一ヶ月近く滞っていた、「駄文、駄洒落、語源の殿堂!」の部屋に新作をアップ:
「独活と竹の子/夏ばてだ」
「独活と竹の子」から、その一部を引用してみる:

 尤も、竹の生長する力も、時には厄介物だったりする。万が一、家屋の床下などに竹の子が芽吹きでもしようものなら、大変な事態がやってくることになる。気がつかないまま、数日間でも家を開けて、さて、帰宅してみたら、竹が床を破り、天井をも突き抜ける、なんて悲惨な光景を目の当たりにすることになりかねないのだ。

 竹の驚異的な生長を狂言回しに使った掌編がある。タイトルも、「筍 の 家」である。
 小生が好んで扱う<ボク>ものの掌編で、お袋に連れられてお袋の田舎に行く。
 普段、悪戯ばっかりするボクは、山深い中を分け入る田舎の道を歩いているうちに、だんだんと不安になってくる。ボクは、もしかして、お袋に嫌われて、山の中に捨てられてしまうんじゃないか、と。
 さて、ボクの運命や、如何に、というお話である。

「夏ばてだ」」は、今年の夏の異常な暑さにめげて書いた駄文である。夏が来る前に冷蔵庫がダメになり、夏を遣り過すのに苦労したものだった。
 この小文では、夏ばてという症状についての説明も試みているが、それ以上に、小生のこと、語源探索に勤しまないわけがない。
 皆さんは、夏ばての「ばてる」の語源は何処にあるか、ご存知だろうか。答えは、「走り疲れた○△」という動物なのである。尤も、異説もある。
 さらに、小生自身の憶測逞しい珍説も示している。

 掌編作品の部屋に、「アガパンサスの花言葉は」という作品をアップした。
 これは、「アガパンサスの花言葉は……恋の訪れ」を鍵にしている小品である。純愛モノのような、アバンチュールの恋のような。その正体は、皆さんが読んで確かめてほしい。
 尚、この掌編のタイトルとなった、「アガパンサス」という花(の名前)は、keiさんサイトの「FLOWER
Gallery」にある彼女の絵画作品で知ったのである。
 もっと言うと、その絵を挿絵に使いたくて、せっせと書いたのだが、出来上がったものが今一つなので、挿絵に使わせてくださいとは言えずにいる。悲しいことである。
 ま、せめて、作品だけでも、皆さん、読んでみて欲しい。

 日曜日の午前、小生は、せっせと掌編を書いていた。とりあえず、完成はしている。タイトルは、「ディープタイム」である。本作は、あるサイトの絵日記にあるクラゲの絵を見て、一目で気に入り、これまた、その絵を挿絵に使いたい一心で、せっせと書いたのである。
 しかも、これはそのクラゲの絵を見ての、第二弾である。第一弾のタイトルは、「ディープブルー」である。
 このタイトルで、映画好きならピンと来るだろう。そう、あの今夏、評判になっていた映画「ディープ・ブルー」である。そのサイトの方が、その映画を見て、印象に残った一場面を描いてみたというわけのようだった(映画のタイトルに敬意を表して、小生の掌編にはドットを省略している)。
 映画は小生、見ていないのだが、せめて、雰囲気だけでも味わいたいものと、我が虚構世界のスクリーンをビンビンに張って、自分なりの世界を映し出してみたというわけである。
 が、悲しいかな。第一弾は、気に入らず、約二週間ぶりに、第二弾に挑戦したというわけだった。
 アップは、未だである。その際には、二作品ともにアップするつもりでいる。

 さて、居眠りを幾度となく繰り返した挙句、夜になって、小生は、また、別の仕事に取り掛かった。
 書き上げた小文のタイトルは、「前田普羅のこと」である。

 これについては、冒頭の一節を引用することで、事情などを説明したい:

 奥野達夫氏から、『青花堂(しょうげどう)』という小冊子(非売品)を贈呈していただいた。その直前に我がサイトが5万ヒットしたばかりだったので、そのお祝いに戴いたような、勝手な受け止め方をつい、したものだった。
 小生が、前田普羅の存在を認識したのは、実にこの冊子を読んでのことだったのである。
                            (引用終わり)

 前田普羅は、越中風土を詠んだ虚子門下四天王の一人なのだが、戦火に見舞われ、疎開の地として富山(福光町)を選んだのである。
 詳しいことは、後日、メルマガか、あるいは直接ホームページに、この小文を載せるので、その際、覗いていただければと思う。この前田普羅は、一時期は、我が郷里の村にも住んでいたことがあったらしい…。
 実は、ここにかの版画家・棟方志功も絡んでいる。
 せっかくなので、一つだけ、前田普羅の句を掲げおきたい。

 鰤網(ぶりあみ)を越す大波(おおなみ)の見えにけり

 最後のこの「前田普羅のこと」を書き上げるには、四時間ほどを要してしまった。毎度のことだが、書くだけなら早いのだが、ネット検索して資料を掻き集めるのに苦労するのだ。一つのエッセイやレポートなどを書くのに、書く時間の二倍以上の時間をネット検索やサイト巡りに費やすことになる。
 尤も、四時間の間に、小生のこと、居眠りの一時間が含まれていることは、内緒である。

 読書のほうは、寺田寅彦の随筆(随筆集の第五巻)をゆっくり噛み締めるようにして読んでいる。秋の夜長に読むためにと、まだ本が買え蔵書(随筆集は全六巻である)にしておく余裕があった時代に買い込んでおいたものだった。蔵書があって、実に助かる。それこそ、ワインでも嗜むように、ちびりちびりと読み進めているのである。
 しかも、まだ、第六巻が残っているし、それを万が一、予想以上に早く読み終えたなら、中谷宇吉郎の著作集が待っていてくれる。待ち合わせする相手はいないけれど、いつまでも待っていてくれる蔵書が小生にはあるのだ。

 さて、このように、喰っちゃ寝の生活の合間に、チビチビと読書や執筆を楽しんでいる。
 そうはいいながらも、サイト巡りを欠かしているはずがない。
 で、巡るたびに、それこそワンちゃんがオシッコで印を残すのを真似ているわけじゃないが、駄句を書き残していく。
 そんな駄句の数々を恥を忍んで(と、言いながらも、あまり恥ずかしくない。厚顔無恥にでもなってしまったのか…。紅顔の美少年が、変われば変わるものである)、列挙しておこう。

 鍋焼きの 具は内緒なの だってクマだし
 クマさんの 宴会誘われ 餌になり
 河童だもの 雨に濡れても 平気だね
 夏枯れが 秋枯れとなり 木枯らしだ
 花すすき 頬を撫でよと 風の吹く
 紅葉狩り 夢の山野を 我が手にす

 これらの句は、今まで紹介してきたサイトの掲示板に散らしてきたもの。どんなサイトかは、紹介済みなので、興味のある方は、過去の日記を読んでみて欲しい。

 十日の日曜日には引越しをした友人から、遊びに来ないかという誘いをメールで受けた。朋あり遠方より来る、である。その日は、タクシーの営業の日だったが、スケジュールを変更して、お邪魔するつもりである。
 また、日曜日は、我がお袋のン回目の誕生日。何も出来ないので、電話だけ、入れた。
 サンバパレードに行かなかったこと、後悔している。でも、仕方ないんだよね。

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2004/10/10

秋も深まって

s-DSC00998.jpg

 いろいろ恥ずかしい句の数々を並べてきたので、ここらで罪滅ぼしというわけでもないが、有名な歌や句から、ちょっと気になるものを挙げておきたい。
 こういう歌などを掲げると、小生の作品と対比されそうで、辛いので避けてきたのだが、いつまでも、そういうわけにもいかないだろうし。
 まずは、後嵯峨皇女悦子内親王の有名な歌。機知溢れる女性らしい作品である。

 ふたつ文字 牛の角文字すぐな文字 ゆがみもじとぞ君は覚ゆる

 後嵯峨皇女悦子内親王(延政門院)は、後嵯峨天皇の皇女で鎌倉時代の方。生没年は不明という。この歌は、悦子内親王が父である後嵯峨院に届けたものだとか。彼女は、父を頼もしく思い、信頼を寄せていたことが分かる。
 この歌の意味は、「ふたつもじ=こ 牛の角もじ=い  直ぐなもじ=し ゆがみもじ=く」と読み解くと、分かる仕組みになっている。
「幼い皇女が父を慕って届けた和歌」と思って、改めてこの歌を詠むと、一層味わいが深まるかも。
 尚、この歌は、吉田兼好の『徒然草(62段)』の中で紹介されていた。学生時代に古典の好きだった人なら、周知の歌なのだろう。
 関連するサイト(「徒然草のなぞなぞの歌」)から、当該箇所を転記すると:

「延政門院いとけなくおはしましける時、院へ参る人に、御言付けとて、申させ給ひける、

ふたつ文字 牛の角(つの)文字 直ぐな文字 歪(ゆが)み文字とぞ 君は覚ゆる

恋(こひ)しく思ひ参らせ給ふとなり。」
 
 上掲の「徒然草のなぞなぞの歌」には、兼好の無心の暗号を織り込んだ歌が紹介されている。興味のある方は、どうぞ。面白いかもよ。

 秋の句には名句が枚挙に遑ないほどにあるのだが、ちょっといかにもこれからの季節の句かなと思わせるものを幾つか:

 水瓶(みづがめ)へ鼠(ねずみ)の落ちし夜寒かな   炭 太祇 

 炭 太祇(たん・たいぎ、1738-1791)のこの句。なんというわけもないが、不思議な句でもある。どうして水瓶に鼠が落ちたのかも分からないが、そんな情景をたまたま目にすることもあろう。その時、ふと、夏には温いか熱かったりしていた水が、冷えてしまっているのだろう、そうか、もう、秋も深まっているのだなと、改めて実感した瞬間を感じさせる句である。
 金曜日の営業が終わりに近付く土曜日の未明、小生は、一服も兼ねて、ある駅にタクシーを止め、客待ちをしていた。晴れていたら夜空に薄明かりも差してこようという頃合いだったが、台風22号が近付いていて、雨がザンザン降りで、まだ、真っ暗。そんな中、駅ビルの前の化粧タイルに蠢く影が。猫? 違う。もっと小さい。じっと見たら鼠だった。鼠にしても小さいので、まだ用心が足りない若いか幼い、子供の鼠だったのだろう。
 久しぶりに鼠を見たような気がする。

 路地裏に何を探すか子鼠よ   弥一


 山深し心に落つる秋の水   心敬

 心敬(1406‐1476)は、室町時代の連歌作者・歌人である。『ささめごと』の著者としても有名。「中世の芭蕉」と呼ばれたりもする。心敬から宗祇、芭蕉という流れを考える人もいるようである。
 秋の水は澄み、かつ冷たい。森の木の梢か葉を伝う雨の雫か露だろうか、ふと落ちるのを目にする。別に自分の体に落ちたわけじゃないけれど、その冴えきった透明感に秋の深まりを覚えてしまう。
 以下の歌に彼の精神が示されていると考えることもできるかも:

 語りなばその淋しさやなからまし芭蕉に過ぐる夜の村雨  

 ひとり寝の紅葉に冷えし夜もあらん   正岡子規

 正岡子規は有名だし、彼を扱うサイトは検索するのも辛くなるほど。ここでは、例によって、松岡正剛が正岡子規の『墨汁一滴』を扱ったサイトだけ、紹介しておこう。ここには、子規の句が数々載せてある。
 それにしても、「ひとり寝の紅葉に冷えし夜もあらん」の末尾の「あらん」というのは、推測の形になっている。子規が誰かの寂しいだろうひとり寝の姿を浮かべて詠った句なのだろうか。
 それとも、やはり、自分のことを他人事のようにして客観視しての句なのか。
 自分をも突き放して観てしまう。野球に熱中した青年時代を送った彼が、今はひとり寝し(仰臥し)、夜露に濡れる紅葉を眺めやっている。首を横にするだけでも辛かろうに。

 ついでというわけではないが、水俣の話題が掲示板などで出たので、石牟礼道子の歌を掲げておく:

 雨洩りのする日の午後に吾子(あこ)が描(か)く蟹(かに)の甲にはポケットがある

 一体、どんな状況での歌なのか、さっぱり分からない。そんなときは、そのままに受け取るのが一番、いいのだろう。それにしても、蟹の甲に何故、ポケットがあるのか…。ああ、やっぱり小生は野暮だ。つまらない疑問ばかり浮かんでしまう。

 野暮天ついでに、我が駄句を並べておこう。恥を忍んで載せる。書くとは恥を掻くこと。恥を晒さないと何事も上達しないのだ(と言い訳しておいて):

 遊ばれて 踊りまくって 尻(けつ)捲る
 遊ばれて 遊びまくって 我忘る
 遊ばれて あなたを追って 濡れ落ち葉
 遊ばれて 仕事忘れて 生活破綻
 遊ばれて 句を考えて 日が暮れて
 遊ばれて 悦っちゃん思って 日が暮れて
 遊ばれて 遊びつかれて 日が暮れて
某サイトの川柳で遊ぼう掲示板で小生はこの七月から川柳に凝り始めた。その掲示板はどういう経緯で作ったのかと尋ねたら、遊び心で、だって。その掲示板も今はない。)

 雲霧の 山道通う 神韻よ
(某サイトの画像掲示板の神韻渺々たる写真を見て)

 花の色は 移りにけりも 塵ならず
(「竹馬やいろはにほへとちりぢりに   久保田万太郎」 に寄せて。年の八月末、浅草サンバカーニバルに我がチームのスタッフとして参加した際、浅草寺でたこ焼き休憩をしていたら、植え込みに句碑が。それが、この句なのだった。)

 世の人が みんな美人で 嬉しいな(近視だと)
 ヨン様の 行く手を阻む ヤー様ぞ(やいっち)
 そこの人 覗いてみてね 我が心(きゃ、覗かれた!)
 サザン聴き 南の空に 浮かぶ顔
(これらも、某サイトの掲示板での即興。汗駄句だ!)

 それぞれの句の出来た経緯など知りたくなったら、当該のサイトの掲示板に飛んでね。


 掲げた写真は、水曜日の営業が終わりに近付いた木曜日の早朝に撮ったもの。その翌日には台風の余波で激しい雨、やがて風がやってくるとは想像も付かない、秋晴れの空。雲一つとて、ないのだ。
 日曜日は、こんな台風一過の空となるだろうね。

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