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2004/12/23

冬木立

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 今回の表題を選ぶに際しては、あまり迷わなかった。小生が、在宅の日は必ず覗く「優嵐歳時記」では、今日の題が「冬木立」になっていたのである。たまたま、火曜日のタクシーの仕事の際、青山近辺の公園で小憩したのだが、カエデの紅葉の写真も撮ったが、イチョウの落葉ぶりも見事で、落ち葉の絨毯に見惚れてしまって、枝に残る葉っぱより、地に散り敷く一面の黄色世界も写真に収めた。
 写真の焦点は落ち葉だが、ほとんど裸同然になったイチョウの木の寂しげな、しかし、何処かスッキリしているという安堵感の漂うような様子にも、知らず焦点が合わさっているとも思える。
 なので、表題は「冬木立」。12月の季語である。
 写真に載せた句は、「落ち葉敷き地を温めて春を待つ」である。なんとなくコピー風で句にはなっていないような感もあるが、気にしないことにする。

 冬木立という言葉も、素晴らしい。想像力を掻き立てるし、実際の風景を眺めていても、葉っぱが落ち尽くして寂しい光景を目にしているはずなのに、何故か落ち着いた風情を感じてしまう。
 花を咲かせ、実がなり、葉っぱが枝や幹をも覆い尽くしていた、そんな華やかだった時が夢だったかのように、今は、葉脈のような、網の目のように走る毛細血管のような枝振りが、そこにあるだけ。枝を透かして、冬の晴れた空が、あるいは冬の夜の光景がくっきりと浮かび上がってくる。
 むしろ、鞭のように撓る枝が、額縁の縁のような作用を持ち、遠景をより強調してくれるようでもある。
 そう、まるで、私のことは放っておいてくれ、今は、一人、静寂の時を心穏やかに堪能している、今は、脇役に徹している、私を忘れ去って、今こそあなたの目に映る世界を楽しんでもらえれば、それでいいのだと告げているかのようだ。
 ネットで「冬木立」をキーワードに検索してみたら、「浜名湖を見下ろす展望公園の頂上付近」だという、文字通り「冬木立」と題された写真を見つけたり、「冬の鈍い太陽が、木々を赤く染めてゆく。」という風景の「冬木立」、あるいは、「#171 写真「公園の秋~冬木立」」など、数々の写真を見ることができる。
 このタイトルは、俳句の世界を離れても、表題(テーマ)に使いたくなるイメージ的な喚起力を持っているということなのだろうか。
 また、浅野謙治氏の多色刷り木版画作品「冬木立」に遭遇した。
 俳句では、「木に関する俳句 木と季語」という」頁で、「からからと日は吹き暮れつ冬木立   内藤鳴雪」「汽車道の一すぢ長し冬木立   正岡子規」「斧入れて香におどろくや冬木立   与謝蕪村」「からびたる三井の仁王や冬木立   宝井其角」を見出す。

 ところで、「ぽぷら21  俳句の世界へようこそ!」というサイトの「デジカメ歳時記 冬木立(三冬)」の頁を覗くと、「落葉して裸木となるのは、乾燥した冬に余分な水分を奪われないようにするため。」などと、以下、落葉のメカニズムや役割について述べてある。
 実は、「青みどろ」と題した日記を書いた後で、少しばかり悔いたのだが、もう少し、「青みどろ(アオミドロ)」の生態について触れておくべきだったと、反省したのだった。
 小生には、落葉の意味合いを説明できないので、せめて、紹介したサイトを覗いて欲しいと思う。
 ここでは、「もし落葉樹が乾期や厳寒期に薄い葉をつけたままであれば、気孔からどんどん水分が奪われて、木全体が死ぬことになる。また、葉にたまっている大気の汚染物質や体内の老廃物を吐き出す役割も果たす。常緑樹も葉にデンプンを蓄えて、より低温に耐える仕組みを作る。そして、初夏にかけて伸びた若い枝は充実して硬くなり、少々の寒さにはびくともしないようになる。」というくだりだけ、転記させてもらう。
 落葉のメカニズムもさることながら、違う意味で感心するのは常緑樹のこと。いつだったか、ラジオで低温でも凍結しない常緑樹(葉っぱ)のメカニズムについての話を聞くことができた。このメカニズムを応用して、冬でも凍結しない製品に生かすという話だったが、悲しいかな話の大半を忘却してしまった。
 いつか、常緑樹(葉っぱ)のことにも、触れてみたい。俳句的には、常緑だと、今一つ、その世界に取り込みづらいのだろうか。その辺りにも興味があるのだ。
 なお、紹介した頁にも、冬木立ではないが、冬の木立に絡む句が紹介されている。転載する前に、予め断っておくと、同頁に説明されているが、「一本の場合は「冬木」。「枯木」というのは、本当に枯れてしまって死んだ木ではなく、葉がすっかり落ちつくして枯れたように見える木のことを言う。」のである。
 では、「裸木」とは如何。どのような状態の木を表現するのか。

 大空に伸び傾ける冬木かな   高濱虚子
 枯木らは枯れし高さをきそひけり   成瀬桜桃子
 逢ふ人のかくれ待ちゐし冬木かな   野見山朱鳥
 根もとよりおのがしじまの大冬木   長谷川素逝

 冬木立や冬木に見惚れていると、自分までもが枯れ木になってしまいそう。こちとらは、一旦、枯れ木になったら、そのまま。そのうち春になったら、枯れ木に花も咲く、というわけにはいかないのである。小生ごときは、深入りは禁物だろう。

 さて、日記らしいことを少々。車中では安部公房を、自宅では、『植物と動物の歳時記』(五十嵐健吉著、八坂書房)を読んでいるのだが、後者、なかなか奥行きの深い本である。できれば、購入したいものだが、叶わぬ夢。せめて、機会を設けて感想文だけは書いてみたい。
 我がホームページの掲示板に、ある人から絵をクリスマスプレゼント(?)として提供してもらった(発言番号:567) 。冒頭に掲げてある絵が、それ。
 小生、早速、その絵を挿絵に使うべく、昨夜、掌編をせっせと書いた。タイトルは、「雪だるま」。小生らしい(?)、ほのぼのとした作品になっていると思う。
 これで、今月、七個目、今年通算、99個目の掌編を書き上げたことになる。目標達成に、あと一つだ。頑張るぞ!
 さあ、駄句タイムだ:
 
 冬木立束の間の春迎えけり
 冬木立吹き散らす葉は飛沫かも
 冬木立日の光をも和らげて
 冬木立長い日陰に身を隠す
 震撼と幹に響かせ冬木立
 降る雪も振り落とすのか冬木立

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コメント

引用頂きありがとうございます。
実際は最後の1枚だけなんですが嬉しいです。
でも、これって元はと言えば弥一さんの記事から頂いたものだったのですが・・・
巡ってますね(^_^)
タワー、撮れましたか。

投稿: td | 2004/12/24 00:21

 tdさん、こんにちは。
 今回は、ネット検索でヒットしたのです。凄い! というか、あれ、これって見たことのあるサイトじゃん、というわけです。
 東京タワーのクリスマスヴァージョン、仕事で港区を走っていたし、仕事、暇だったのだけど、暇過ぎて、疲れて、気力をなくし、運河近くで黄昏ていました。
 チャンスを逃してしまった!

投稿: 弥一 | 2004/12/24 21:22

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