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2004/12/07

夜鷹蕎麦

 今日の日記の季語を何するか。冬、できれば12月の季語から何かいいのがないかと物色していたら、「夜鷹蕎麦」という言葉が目に入った。
「夜鷹」に目が眩んだのか、それとも、「蕎麦」になのか。
 一応は「蕎麦」なのである。冬だし、寒いし、暖かいものを食べたいし、たまたま先週末、あるサイトの掲示板で蕎麦(出雲蕎麦など)が話題に上っていたこともある。
 小生は、仕事が絶不調で昨年から極力、外食を避けている。私生活でもそうだし、営業で外を走っている最中であっても。一頃は、夕方には定食屋さん、夜食にはお気に入りの蕎麦屋さんで、気分次第で蕎麦だったりウドンだったりするが、玉子を載せた麺類を食べる。景気がいいと、チャーシュー麺っていうこともあった。
 あったのである。それが牛丼屋さんになり、ついには、一切、外食はまかりならなくなった。でも、蕎麦屋さんやラーメン屋さんの前を通ると、入りたいなーと、つくづくしみじみ思う。
 いつになったら、入れる日が来ることやら。
 寒い夜中に蕎麦。
 屋台もいいのだが、一度、新宿でぶらりと寄ったラーメンの屋台が、ひどくて、懲りてしまって、数年来、立ち寄っていない。あれは、間違いないく即席ラーメンだった。別に即席ラーメンが嫌いとか、ダメというわけじゃなく、ただ、店に寄ってまで、何も食べたいとは思わない。しかも、茹で方も小生の下手な腕前にも劣っていた。
 で、話は季語に戻るが、上掲の表を一覧して、今日は「夜鷹蕎麦」に目が止まったので、表題はこれにする。
 ネット検索でたまたま見つけたメルマガの「歳時記~四季折々の言葉たち~ その166~風鈴~」を読むと、興味深い一節があった:
 因に硝子ではないと思われますが、この少し後、明和(1764~72)頃に風鈴蕎麦なる店が流行しました。夜鷹蕎麦、つまり深夜まで営業している屋台なのですが、店先に風鈴を吊るして鳴らし、店の目印にしたんですね。なるほど、夜まで営業している性質上、大声を上げて呼び込むわけにはいきません。ですが、りんりんと涼やかな音なら周りも多めに見てくれるという訳でしょうか。夜遅くまでということもあり、魔除け効果も狙ったのかもしれませんね。
(転記終わり)
 このメルマガの166は風鈴に焦点を合わせている。その関連で夜鷹蕎麦のある時期に流行った風物もあって、風鈴蕎麦が話題に出たようだ。
 夜鷹蕎麦というと、落語好きならずとも、「時蕎麦」を思い起こす方も多いだろう。
 あるいは、夜鷹蕎麦よりも、夜鳴蕎麦(ウドン)のほうが言葉としては耳に馴染んでいるかもしれない。
 ここまできて、小生らしい、ポカ。そもそも「夜鷹(よたか)」って、何か。小生、「夜鷹」の説明を抜かしている。 「特定の女郎屋などに属せず、路傍で客をとり、荒屋や橋の下で商売をする下級の遊女」のようである。時代劇などを見ると、時々登場する。何故か三味線など持っていたり、頭巾か何かを姉さん被りしていて、喉下などがやたらと白く塗られている。
 実際の姿がそうだったのか、それとも舞台や時代劇のための演出なのか、よく分からない。
 では、何故、屋台での蕎麦屋が夜鷹蕎麦と呼ばれたりするのか。「こだわり!めん広場情報」によると、「夜そば売りが夜鷹そばと呼ばれた理由は不明だが、客に夜鷹が多かったからとか、そばの値段が10文が夜鷹の代金と同じだから、あるいは、夜鷹と同様に夜となると現れて商売したからとか諸説がある。」という。
 では、夜鳴蕎麦という名称の由来は。チャルメラのようなものを鳴らして、合図していたからなのか。それが煩いという苦情が一時期にあって、風鈴蕎麦なる形態になったりしたのか。
 ただ、酒好きだと屋台で蕎麦やウドンだけじゃなう、熱いのを一杯、やりたいところだろうが、屋台では酒はご法度だったとか。小生、お酒に酔って、それで「酔うたか」が小粋な風に転訛して「夜鷹」と呼称されるようになったのかと、駄洒落などを目論んでいたが、目論見が外れてしまった。

 この数年だろうか、東京では(全国的に?)一杯呑み屋や、立ち食い(立ち呑み)屋が急激に増えているようなきがする。しかも、繁盛している。女性客も多い。さすがに夜鷹は寄っていないと思うが。
 ああ、小生、どうも、夜鷹のことが気になる。実際には会えないだろうが、せめて、その風姿などを拝みたい。例えば、「岐陽山人の江戸川柳で見る日本の歴史」というサイトの、「江戸の芸者と夜鷹」を覗いてみる。
「三味線の下手はころぶが上手なり」 「転ぶたび金を握って芸者起き」 「踊り子は転ぶと箔をつけてやり」などと名句(迷句)のオンパレードである。さらに、「三味線のかわりに枕二つだし」があったり、「人目も草もいとわぬは夜鷹なり」など風俗の一端が垣間見えるようで、風情が濃厚だし、江戸の光景が髣髴としてくる。
 今の世に夜鷹はいないだろうが、夜の仕事をされている女性は多いようだ。が、外だけで(つまり、路上で、草の上で)仕事される方は少ないのではなかろうか。断言はできない。仕事柄、風俗街やその近辺を車で通ることもあるが、明らかに(お世辞を目一杯、含めても)六十歳を越える女性が、路上で客引きをし、しかも、どうやらご当人が路上で(つまり車中で)事に及ぶつもりでいる。小生は、びっくらこいて、逃げた。
 こんな程度で驚いては仕事にならないのだが。
「夜鷹」の画像をネット検索していたら、「夜鷹蕎麦」について、先述した以外の説が見つかった。
そばの散歩道」というサイトの「夜鷹そば」という頁を覗くと、次のような記述がある:

私娼とは関係なく、落語家の三遊亭円朝が『月謡萩江一節-萩江露友伝』の中で、「夜鷹そばは夜鷹が食うからではない。お鷹匠の拳の冷えるのに手焙りを供するため、享保年間(一七一六~一七三六年)、往来に出て手当てを致し、其廉(そのかど)を以て蕎麦屋甚兵衛というものが願って出て、お許しになったので夜鷹そばというがナ。夜お鷹匠の手を焙るお鷹そばというのだ」と語り、お鷹そばが転訛して「夜鷹そば」になったという説である。

 さて、「夜鷹」の画像だが、人によっては少々、気色悪いと思うかもしれないが、夜鷹の刺繍など入ったTシャツの画像が見つかった。これにて、「夜鷹」の画像は打ち止めにしておくか。
 では、「夜鷹」の鳴き声で我慢しておく? 艶っぽいというより、軽やかな感じがするのだが。
 と、ここで、「夜鳴うどん」のことが多少、分かるサイトに出会った。「夜鷹そばは江戸のもの。夜鷹(娼婦)が出るほど遅くに辻に出ていた。」のに対し、「夜鳴うどんは浪速のもの。夜鳴鳥のように遅くによく働くうどん屋台をいう。」のだとか。
「職人・独り身の多い江戸では夜鷹が、独立心旺盛の浪速では夜鳴鳥がの違い?」とあるが、言われるように、江戸は男性の数が女性を圧倒していた。なので、夜鷹に限らず、そういった女性の需要が多かった。対して、浪速に限らず、他の地域は、女性がその手の商売を開業しようにも商売として成り立たなかったということか。
 しかし、とうとう「夜鷹」の画像を見つけられなかった。残念。

 さて、ここで話がちょっと変わる。月曜日の営業もあと二時間あまりとなっていた火曜日の未明、四時過ぎ、お客さんを待ちながらラジオを聴いていたら(「ラジオ深夜便 〔こころの時代〕」)、「▼激動の昭和外交の証言者・加瀬 俊一(1)」ということで、筑波大学名誉教授である花井 等氏へのインタビュー番組となった。
 小生、ラジオでは講演やインタビューは聴かないことにしている。大概は、お客さんが来たりして、中途半端な話しか聴けないから、音楽とニュースが専らなのである。
 が、明日は、12月8日ということもあり、話題が興味深くもあったので、つい、やはり中途に終わったが、聴き入った。
 加瀬俊一氏とは、「すぐれた語学力でロンドン軍縮会議や国際連盟脱退などに随員として同行、20年のミズリー号上の降伏調印には外務省報道部長として参列。30年初代国連大使、33年駐ユーゴスラビア大使、35年外務省顧問となる。吉田、佐藤、中曽根の歴代首相の顧問もつとめる。」という方。
去る五月二十一日(今年の)に享年百一歳で逝去」された。
 アナウンサーのインタビューに答えていたのは、上記したように花井 等氏である。
 話題は、日米の開戦秘話だった。何故に日本は、あんな無謀な戦争に突き進んでしまったのか。避けることはできなかったのか。外交の裏舞台、あるいはまさに日米の外交の実務そのものに長く携わってこられた加瀬俊一の話やエピソードなどを花井氏が紹介されていた。
 話の焦点の一つは、アメリカ側が日本に突きつけた最後通牒とも呼ばれたりする、ハルノートだった。
 その内容は、主に「1、満州国を含む支那大陸、及び仏印から軍隊、警察の全面撤退。 2、大陸に於ける総ての権益の放棄。 3、三国同盟の廃棄。 」で、日本側としては到底、呑める筈もない要求内容だった。
【ハルノート】:ホワイト・モーゲンソー案
1941年11月18日ヘンリーモーゲンソー財務長官がルーズベルト大統領に提出したハリーホワイト試案

 このハルノート、最近の研究で、ソ連側のスパイが書き下ろしたものだと判明しているという。ハルノートの原案は、当初、2種類あったという。が、時のアメリカのルーズベルト大統領が選択したのは、日本に対しより苛酷な案だったのである。
 その案を書いたのは、ホワイト・モーゲンソーなのだが、彼については、最近の研究でいろいろ分かって来たというわけである
 ホワイト・モーゲンソーがソ連のスパイかどうかは別にして、日本が三国同盟を廃棄し、アメリカと戦端を開くのは、ソ連にとって都合が良かったし、アメリカにとっても、利害に叶ったということなのだろう。日本に日米開戦以外に選択肢がないところまで追い詰められていったのである。
 もっとも、ここに至るまでには、日露戦争での(思わぬ? 小村寿太郎の外交の賜物?)勝利という発端もあって、日清戦争にも勝利した日本の国民の慢心もあったのだろう。一部の軍国主義者だけが戦争への風潮を煽ったり、主導したわけではなかったのだが。
 さて、ハルノートという実質的な最後通牒を突きつけられ、アメリカとの戦争やむなしとなったのだが、問題は、次の真珠湾攻撃である。奇襲攻撃だったのかどうか。
 アメリカ側は今も(これからも)奇襲攻撃だったと主張している。9・11と同じだと言うわけである。
 日本側が開戦の火蓋を切って落とす際、宣戦布告を予めするか、それとも軍部の一部の思惑で奇襲するか、外交筋と軍部で(軍部内部でも対立があった。山本五十六海軍大将は、アメリカへの布告の確実な通知や時間を外交筋に念を押していたとか)厳しい対立があった。
 地下のケーブルでの電信が二つのルートを使って、確実に外交部を通じてアメリカ側に届けられるよう試みられたのだが、しかし、結果的には、アメリカ側に不備を突かれ、奇襲攻撃だと非難され、アメリカ側としては復讐だとばかりに、堂々と開戦を主張できるようになったわけだ。
 この辺りの経緯には、不明な点もあるような。
 そもそも、日本側の思惑も、軍部の動き、海軍などの動静も、暗号の解読でアメリカ側に情報が筒抜けになっており、パールハーバーにいるアメリカ軍はともかく、少なくともアメリカのルーズベルト大統領など首脳は、事前に<奇襲攻撃>があることを知っていたわけだ。
 9・11同時多発テロについても、アメリカ側の意図的なのか怠慢なのか分からないが、テロがあるという情報は入っていたとか。問題は、アメリカの現大統領ブッシュら首脳陣が事前に知っていたのかどうか。これは、時代が変わらないと真実は見えてこないのだろう。
 さて、実務面での不備や行き違いなどがあったが、太平洋戦争については、さらには満州事変に始まる十五年戦争については、大きくは、人種問題、民族の問題、資源獲得競争、日本の台頭(特に中国大陸での台頭)を許さないというアメリカやソ連の思惑、日本のロシアや中国に勝ってしまっての驕りや民族主義・軍国主義の過度の進行など、さまざまな要因が絡んでいる。
 思うに、12月8日の開戦記念日というなら、これはあくまで太平洋戦争に限ってのことであり、十五間戦争という括り方をするなら、開戦記念日は、「昭和6年(1931)9月18日、関東軍は、奉天北部の柳条湖において南満州鉄道の線路を自ら爆破し(爆破したふりをした、と言うほうがより正しい)、これを中国軍の仕業として攻撃を開始した。」9月18日ということになる。
 が、後者はほとんど話題にならない(最近は、前者も話題になる機会が減っているけれど)。

 先の戦争についての評価はさまざまにある。判断の付きかねる問題もあるし、情報が不充分な面もある。いずれにしても、十分なる反省と、さらには犠牲になった日本国内外の数千万の方々への追悼の念を折々に新たにしたほうがいいのだろう。
 夜鷹蕎麦という表題が、とんでもなく話が飛んでしまった。
 夜に飛ぶのかどうか知らないが、鷹の背に乗って、遠くに飛んだのだと思ってもらうしかない。


[最近(なのかどうか分からないが)、「韃靼ソバ」が話題に上ったりすることがある。
 以下、「信州そばの国だより Vol.8 「薫」」を参照させていただく(さらに、「信州そばの国だより Vol.9 「彩」」にも関連する記述が見出される)。
 蕎麦には「植物学的にソバに属するものは野生種を含めて十種類ほど報告されている。その中で最も代表的なものが「宿根ソバ」「普通ソバ」「韃靼ソバ(だったんソバ)」の三種であるのに対し他の二種は栽培種である。「宿根ソバ」は食品としてよりも主に漢方薬として利用されている」という。
 さらに、「日本で一般的に「ソバ」と呼ばれているのが「普通ソバ」である。北半球を中心に世界各地で広く栽培される。一年草である。「韃靼ソバ」とは中国やネパール等の標高の高い地域で主に栽培されているもので、韃靼民族が好んで食していたことからこの名がつけられたとされている。強い苦みを伴うため別名「苦ソバ(にがそば)」とも言われている」という。
 で、何故に「韃靼ソバ」が注目されているかというと、蕎麦の栄養豊富なこと、消化のよいことは広く知られているが、中でもこの韃靼ソバは、「「ルチン」が豊富に含まれている点で他のソバと大きく異なる。その量はなんと普通ソバの約100倍である」という。 (05/04/15 追記)]

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