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2004/12/06

冬の嵐

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 最初に断っておくが、「冬の嵐」というのは、冬の季語ではない。というより、およそ、季語ですらない。
 ただ、土曜日の夜が嵐の晩となり、翌5日の朝には、東京でも風速40.2mという64年以来の観測史上最高を記録したので、ふと、こんな言葉を表題に選んだだけなのである。暴風雨の影響で首都圏ではタンカーが座礁したり、木々が倒れ、電車は運行を一部見合わせた、空の便も終日、乱れてしまった。風は特に千葉県で激しく吹き荒れたらしい。
 小生は、土曜日の夜半から未明にかけて、せっせとこの日記「都会の落ち葉」を綴っていた。書き始めたのは、朝の六時前で、真っ暗。凄まじい風雨に窓ガラスが風圧で揺れていた。外は、普通でもまだ暗い。まして低気圧の雲が覆っているのだから、尚更である。
 それが、書き終わりに近付いた8時前だったか、外が明るみ始めているのは当然として、風雨も収まっている。それどころか、ブラインド越しに青空が垣間見えるではないか。むしろ、天候の変わりように驚いたくらいだった。
 冬の嵐などという言葉を使っているが、確かにあの風雨は嵐、台風と言っても過言ではないような凄みがあったが、単に嵐なら、ともかく、冬の嵐というなら、やはり、雪が降っていないと、感覚的に今一つという感がある。 
 小生は、富山生れで18で大学生活を他所の地で送るため、三十年以上も昔、富山を離れたが、今はともかく、当時はまだ冬の積雪が平野部でもかなりのもので、その降り積もった雪が、風の強い日には、本当なら降っていないような日であっても、地吹雪となって地上世界を席捲する。
 冷たい風と乾いたような、突き刺さると表現したくなるような粉雪が容赦なく道行く人を襲う。富山など北陸の地は、冬の雷の多い地で、地吹雪に雷が加わったりすると、最悪なのである。
 富山や仙台で冬に外出する際には、マフラーは必需品だった。手袋も常備していた。そのマフラーで口などを覆って、どこか隙あらば吹き込もうとする雪から身を防御する。まだ、若く、雪を時に情緒あるもの、ロマンチックなものと思うのんびりさもあった自分にも、もう、雪は魔物になってしまう。
 これが山間の地にあって、峠などを越える必要があったりするなら、小泉八雲の「雪女」の話も間に受けたくなる。雪の精がいて、人を虜にしてしまう、雪の中に閉じ込められ、息も出来なくなり、やがて遠のいていく意識の朧なスクリーンに、男ならば雪の精か化身である、あまりに美しすぎる雪女の姿を垣間見、絡み取られ、メビウスの輪の面をなぞるように、この世からあの世へと、滑るように舐めるように渡っていくのである。
 ここでは深入りしないが(怖いし)、雪女については、「日本むかし話」の中の「第五夜 雪女」が、物語の裏側の話が読めて、興味深い。なかなか一筋縄では済まない、実際の惨劇の言い伝えが背景にあったりするのである。

 とまあ、ここまで思ったりするので、確かに土曜日の深夜から日曜の朝にかけての風雨は台風の時にも経験しなかった、かなりのものだったが、吹雪くような嵐に息を呑む思いをした経験からすると、自然の猛威は、まだまだ本性を現しているとは到底、思えないのである。
 
 さて、ブログ日記を書いているせいもあって、週日は、なんだか、終日、ブログ日記に縛られているような気がしたりする。タクシーの徹夜仕事が終わって、その日によって一時間ほどは前後するが、七時頃に帰宅する。テレビなど見ながら、お茶を喫し、ヤキソバなど食べたいところだが、グッと我慢して、秋から冬にかけてはミカンなど口にする。ネットでいつものサイトを一巡し、掲示板に書き込みがあれば返事を書き、などして、帰宅して一時間あまりで、ようやく、二十時間近くハンドルを握っていて、昂ぶってしまった神経も鎮まってくる。寝床に入ろうかなという気になる。
 それが朝の九時前後。それからグッスリ眠れればいいが、日中ということもあり、大概は昼過ぎに目が覚める。日によって洗濯などするが、九月以降の習慣として、ブログ日記の執筆に取り掛かる時もある。
 あるいは、寝足りないこともあり、グズグズし、食事をして元気を取り戻してから、三時過ぎから書き始めることもある。これで、当日付けの日記は書いたことになる。
 やれやれ、である。
 が、さすがに寝不足で書いたこともあり、書き終えるとグッタリしてしまって、大概は、ロッキングチェアに腰を埋めたまま、読書しようと手に取った本を片手にした途端、本があたかも睡眠薬だったかのように寝入ってしまって、夕方の6時過ぎに目が覚める。
 この二度目の仮眠でやっと眠ったような気になる。買物へ出かけようかなという元気も出てくる。買い物から帰るとその日により七時から八時前。ネット巡りをし、それからやっと少し読書。が、ほんの少し読んだところで、気が付けば九時。慌ててシャワー。そして遅めの夕食。一服。気が付くと、夜半が迫っている。
 夜半となると、翌日の仕事が待っているわけだから、夜中の二時過ぎには寝たいので、それまでに翌日付の日記を書き上げて起きたいと思う。せっせと書く。書き終えると、二時前後。もう、寝ないと翌日(実際には当日)の仕事に差し支える、と思いつつも、寝床で読書。三時頃、ようやく消灯である。
 つまり、毎日、ブログの日記を書きたいと思っているので、終日は、在宅している(睡眠時間などを除いた)数時間の大半がブログ日記に費やされていることになるのだ。
 しかも、今年は掌編百篇をノルマにしているので、月に二度ある連休の際に掌編を書けば間に合うはずもなく、ブログ日記の合間には、週日であっても、夜半過ぎのブログ日記を書く前に、何が何でも掌編を書き上げたりする。

 愚痴なのか生活状況の報告なのか分からないことを書いてしまった。これが生活の実情なのだから、仕方がない。
 日曜日は、ブログ日記を書き終えて、ベッドに就いたが、昼前に目覚めたこともあり、昼過ぎに久しぶりに書評エッセイを書いた。図書館から借り出した堤隆 著『黒曜石 3万年の旅』を、せっせと読んで、読み終えたので、せっかくなので返却する前に何か書いておこうと、感想文を綴ったのである。
 ブログのいいところで、書き下ろした文章が、このブログ日記のように、書評エッセイも即座にアップすることができる。
 夕方、図書館へ行き、二冊の本を返却、新たにまた二冊、借り出してきた。久しく読んでいない新刊本が読めるのが嬉しい。
 夕方の買い物も済ませ、御茶で一服した後、今月のノルマである八篇の掌編の第一弾を書くことに。
 いつものことだが、何を書くか、画面に向かってから考える。何か、鍵となる言葉、気持ちに引っ掛かってくるような言葉があれば、その言葉やフレーズを織り込むように話を仕立てるのだが、今年は、先月までに92編の掌編を書いたから、もう、アイデアなど枯渇も枯渇、頭は空っぽである。何も浮かばない。
 それでも、画面に向かっているうちに、何かしら書く。黒曜石の本を読了し、感想文まで書いたことだし、黒曜石を巡る話にしようか、それとも、書評の中で触れたヒスイの話がいいか…。そのうち、海辺で何かいいものを拾う話がいいかな、と思われてきた。
 が、海に向かう必要がある。どうやって海へ行くか。電車で? いや、そうだ、自転車がいい、設定は語り手がガキだった頃にする。となると、自転車に初めて乗った体験を綴るか、そうだ、自転車に乗るのに、誰かに教えてもらった…、その兄ちゃんとの絡みで書こう…、さて、いざ、そうして書き始めると、話は全く書き始めた当初には予想だにしなかった方向へ展開していく。
 掌編のタイトルは「遠い海」である。タイトルのロマンチックめいた雰囲気とは違って、中身は、あれあれ、である。
 これで今月の第一作を書いた。今年の93作目である。あと、七作。頑張らないと。
 肩の荷が少し降りたところで、シャワーを浴び、九時過ぎから夕食(夜食?)に。
 食べ終えココアで一服していると、もう、夜半である。そろそろブログ日記に取り掛かる時間。
 この日記も掌編同様、いつも何を書く当てなど、ない。ぶっつけ本番。画面に向かって、ただ思いつくままに綴る。
 今日のブログ日記は、そんな小生の生活パターンを書いてみた。月に二度の連休以外は、ひたすらブログ日記を書いているような気分だ。
 でも、その甲斐があってか、@niftyのココログは、カウンターでは4日に千を越え、melmaでは、本日、一万を越えた。日に150回から200回の来訪者がいるらしい。
 一体、どんな方たちが訪れてくれているやら、さっぱり分からない。たまにコメントを貰うと嬉しいものだ。トラックバックも今日、された。
 とにかく、ひたすら書いていく。小生は、これでも大学は哲学科を選んだ。その際に決意したことは、決してどんな分野でも専門家にはならないこと。どんな分野も齧ることはあっても、中途半端であること。つまり、特定の分野なら、知り尽くしている、という強みを持たないこと、何一つ確かなことは知らない人間で通すこと、だった。
 何事にも素人の人間。でも、知りたいという気持ちは持っている。不安である。何か一つくらいはエキスパートでありたい。でも、激動する現代、情報が溢れ返る現代、そんな情報爆発の時代にあって、情報の海に漂流し、必死で溺れないようもがいている一人の人間として、適度に中途半端な知識を、自分なりの感覚だけで、掻き集め、即座に捨て去り、常に徒手空拳の身になって、漂っていきたいのだ。
 
 やっと、最後である。冒頭に掲げた写真は、土曜日の朝、羽田空港で撮ったもの。お客様を新しく出来た第二ターミナルにお届けし、会社へ帰るところである。これまでは、帰路には空港に信号のある交差点に足踏みすることはなかった。
 が、今度からはタイミングによっては(往路はあった)帰路には信号待ちがあるようだ。小生、今がチャンスだとばかりにデジカメを取り出して、羽田空港をパチリ。写っているのは、空港のどのビルなのだろう。
 画像に載せた句は、「名前から選ばれたのか羽田の地」である。
 空港、飛行機、羽根、羽田という、あまりに分かりやすい句。羽田を空港の地に選んだ人は、羽田という地名がピッタリだと思ったのではなかろうか、なんて、くだらない憶測を、この写真を見ながら思ったのだった。
 お粗末!

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