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2004/12/21

日記買ふ

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「日記買う」は、何気ない言葉のようだが、立派な12月の季語である。
 できれば、この日曜日にも来年の日記帳や手帳を買いたかったのだが、生来の怠惰が邪魔して、バスで行けば十分ほどの駅までさえ、面倒になって出かけなかった。
 昨年までは歩いて数分のところに何処にでもあるような小さな書店があり、小生の散歩コースでもあったのだけど、閉店し、今ではテナントにコンビニが入っている。コンビニがあれば便利なようだが、既に何店舗も近所にあるから、利用者からしたら屋上屋を重ねるような光景に映る。競争があって大変だろうなと思うけれど、そんなことより、立ち寄る書店がなくなったことが困るし、寂しい。
 巨大な書店が都心部などにドンドン出来ているらしいが、近所に古書店や何の変哲もないのだとしても小さな書店があったほうが日常的には助かる。なのに、消えていくばかり。本に資本の論理、一極集中化の都合など通用しないと思うのだけど。
 書店のない町が増える一方。たまに見かけても、本を安く売ります・高く買いますといった類いのコンビニ風な<書店>で、しかも、小生の町にあるそれは、本といっても、文庫本しか買わないし(思いっきり値切られる)、売っていない。店内にあるのは、ビデオにCD・DVDなどばかり。
 日記帳や手帳などは、選んで買いたい。

 小生は、高校に入学した時から日記を書きつづけている。特に16歳から20歳近くまでは、毎日、大学ノートに数頁も書くのが当たり前だった。安保や公害問題もあったが、失恋や進路に悩んだりもしていて、書くネタが豊富だった。
 ネタが豊富というより、とにかく溢れるような情熱とは似て非なる、何か悶々とし鬱屈した情念を持て余していた。日記に書きまくるというのも、熱病に魘されていた自分の一つの発露だったのだ。
 そうして、書きまくった日記帳は、二十歳の時、手紙の類いと一緒に全て燃やしてしまった。18歳で大学入学で郷里の富山を離れたが、下宿の地で書いた日記は、溜まって溢れ出した本と一緒にダンボールに詰めて田舎に送っていた。
 そのダンボールを田舎の親が親切にも開けて、父の古い書架に並べてくれていた。それはいいのだが、日記までもが、整理されて並んでいた…。 
 ああ、読まれた! しまった! という悔恨の情も遅かりしだった。
 で、二十歳の夏、帰省した際、台所の外にあるドラム缶で15歳から書き始めた日記の類いを手紙などと共に全て焼き捨てたというわけである。
 同時に、二十歳の頃、ようやく失恋の痛手も多少は癒えていて、無闇に日記を活字で埋めるような真似はあまりしなくなっていた。それからも、日記は書きつづけていたが、それこそ、日記、日々の記録であって、下宿やアパートでの金銭の出納の記録、天気情報、外出の記録、そして若干のメモと、高校以来の横溢する情念の遣り場としての日記という側面は薄らいでいった。
 むしろ、天気、金銭の出費の記録、読書の記録(といっても、何を買い、いつ読み始め、いつ読み終えたかが主で、読書感想さえ、綴るのは稀だった)のみを淡々とメモしていったからこそ、今日まで続いているのだと思う。
 89年に細々と文筆という営みを始め、日記がまたも、往時のようではないにしても、活字で埋め尽くされるようになったが、それは、まさに活字だった。つまり、89年の1月15日にワープロを購入したのである。その日の真夜中から日記をワープロで綴るようになったのだ。
 初めて買ったワープロは、ソニー製で、印刷して現れ出る活字がなんとも味わいのあるものだった。小生など、その活字で自分の文面が何か一角の内容や質をも備えているかのような錯覚を覚えたものだ。
 その証左に、日記を書き始めて十日もしない24日から、日記のみならず、虚構文を綴るようになったのだ。それもこれも、ワープロの文字の、何処か掠れたような、独特な書体となって現出する自分の文章を見たいがためだったのだ。
 会社は忙しくて帰宅は、早くて十時過ぎ、大概は夜半となっていた。それから、仮眠を取り、友人が主宰していた勉強会の録音テープの書き起こし作業、それから創作と、ワープロはフル活動だった。
 睡眠時間が三時間あればいいほうで、会社で立ちくらみというか、眩暈で倒れそうになったこともしばしばだった。
 それでも、窓際族を自覚していた小生は、縋るように創作に励んだ。身を刻むような思いだった。創作。それは小生にはあくまで虚構でなければならなかった。現実のことは現実の世界で事足りる。
 その頃、日曜日には欠かさず何処かしらの美術展を見て周り、その際、カタログは必ず購入する。で、そのカタログの中のお気に入りの絵を横目に、想像力を無理にも掻き立て、虚構世界を構築しようと試みていた。参考にした画家は、ジャクソン・ポロックであり、パウル・クレーであり、フォートリエであり、デュヴュッフェであり、ムンクであり、ミロであり、ヴォルスであったりした。
 徹底して虚構の世界へ分け入ること。それは、ともすると現実からの逃避になりがちである。そうした面が全くなかったとは断言できない。が、求めたのは、現実世界と釣り合うリアリティだった。
 というより、リアリティのみが欣求する果実だった。餓え飢(かつ)える魂を癒すだけの、身も心も痺れさせる、下手すると眩暈さえ起こしそうなほどの緊密で濃密なる世界。
 心を病んだ奴が、弱気な奴がドラッグや過激な音楽に走るのを、小生は、ひたすら虚構世界の構築に賭けていた。自分の能力や才能など度外視した、無謀な営みだと自覚していなかったとは思わない。
 でも、自分はそこにこそ、自分の墓場を作る。自分の棺桶を複素数座標空間にコツコツと夜鍋仕事で作り上げ、自分なりに納得が行ったなら、そこに納まる…。
 茶番劇のような数年が過ぎ、気が着いたら、小生は会社を首になっていた。その頃には、メニエル症のような吐き気の伴う眩暈に日々、苦しんでいた。会社から帰ると、ぶっ倒れるようにベッドに横たわる。夜中を過ぎると、幾分かは症状が和らぎ、体に鞭打つようにして起き上がり、ワープロに向かい、量にして原稿用紙一枚か二枚程度の、訳の分からない文章を書き綴る。
 文字通り、掻き削るのだった。
 何があろうと、毎日、読書し、毎日書く。病気で倒れても、仕事が徹夜になっても、用事や約束があって、泊まりが余儀なくされようとも、とにかく、毎日、読み、書く。
 書くネタがあるかどうかなど、そんなことは一切、頓着しない。書かない理由にはならない。白い紙、白い画面に向かったなら、その雪原をどこまでも滑り行く。闇の原に踏み分けていく。
 別に白い画面恐怖があって、そこを活字で埋めないと安心できないという、そんな心理機構があるわけではない。あくまで創作であり、虚構世界の渉猟なのである。
 
 ワープロ、後にパソコンを使って執筆する小生には、紙の日記帳は、またもやただの日々の記録帳になっている。その意味で、日記帳の体裁などに拘りはない。大学ノートで十分である。ただ、15歳から続けているので、これからも続ける。
 創作は、今は、パソコンの画面で行う。電子の画面。これこそ、虚構空間のための空間だ。これまでパソコンでどれほどの文章を綴ってきた、電子の順列と組み合わせの骸を、死屍累々とばかりに残してきたか分からないが、一切、印刷はしてない。
 きっと、或る日、突然、クラッシュして、瞬時にしてハードディスクの中の仮初の並びは崩れ去ってしまうのだろう。
 が、光の集積としての物質、その物質の中に物質的恍惚に満ちた虚構空間を、ホログラグラムの曖昧さと共に浮かび上がらせるのである。
 これから先、どんな時空が我が手で描きえるのか、身震いするような予感を以って、その虚(負)の実現を楽しみたいのである。

 さて、季語随筆を銘打っているとはいえ、日記のサイトなので、日記らしいことを少々。月曜日の夕方、二週間ぶりに図書館へ行き、松浦寿輝や佐伯啓思の本を返却、代わりに、『日本絵画の見方』(榊原悟著、角川選書)、『戦後責任論』(高橋哲哉著、講談社)、『植物と動物の歳時記』(五十嵐健吉著、八坂書房)を借りてきた。
 いずれも気軽に読めそうで、楽しみ。
 円地文子著の『朱を奪うもの』(新潮文庫)を読了。早速、『植物と動物の歳時記』を読み始めた。
 夜、何か掌編を書こうかと思ったが、円地文子の本が面白くて、一気に最後まで読んでしまい、その時間がなくなった。今週末までには、今月のノルマである掌編二つを書き上げ、年間掌編百篇を達成したいものである。
 冒頭に掲げた写真は、土曜日の深夜に都内で撮ったもの。一つは、黄葉したイチョウの枝ぶりが趣があり、つい、撮ってしまった。
 もう一つは、東京タワー。なかなかうまく撮れない。我輩の腕前では、こんなものか。
 ところで、「青みどろ」と題した日記で、小生、うっかり、「青みどろ」に絡む駄句を綴っていないことに、あとで気が付いた。失態だ。
 なので、ここに投げておく(書き忘れていたことが、もう一つ。それは「青みどろ」が想像力を掻き立てるということ、何か「青みどろ」絡みで掌編を書いてみたいと、この言葉と出会って感じたということ):

 青みどろへどろもどろの我が道か
 青みどろしどろもどろの恋の道
 青みどろ透かしてみれば我が心
 青みどろ解かれし帯のしどけなさ
 青みどろ夢路の先の面影よ
 青みどろ目覚めて追いし夢みどろ
 年の瀬を瀬戸際と読む切なさよ
(最後の句は、もう、書いているかも)

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コメント

先日のもそうかなと思ったのですが、このタワーは「学校の前」の小さなロータリーからですね(^_^)
23日からはクリスマスバージョンで3色に変わるタワーを見ることが出来ます。
詳しくは
http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/2004/renewal/form.cgi?obj=1103538499&c=

投稿: td | 2004/12/21 19:09

はじめまして。 ブログ初心者です。 私も来年の手帳を用意しなければと思っているのですけれど、ついつい買いそびれています。 我が家の周辺でも近年書店が減り続けています。 一番悲しいのは小さな古本屋さんが次々に廃業していく事です。

投稿: もとよし | 2004/12/21 22:17

 tdさん、さすが、立ち位置、分かりましたか。歩道橋の上でも撮ってみたんですよ。でも、昨夜、もっといい場所を見つけた!
 23日は仕事なので、情報を頼りに、タワーの光景を見てきますね。

 もとよしさん、はじめまして!
 コメントにトラックバック、ありがとう。小生も機会を見つけて逆トラックバックしますね。
 古書店がなくなる。小生も、15年ほど前に、ここに越してきた時にあった古書店がなくなって寂しい思いをしています。年老いたご婦人が、静かに坐っておられたけれど。
 ああ、手帳、買わないと!


投稿: 弥一 | 2004/12/22 14:17

こんばんは。
高橋哲哉の本を借りられたのですね。
この人は哲学専門でありながら、教育問題、歴史問題いろいろ発言されてますよね。
僕は象牙の塔にこもらない学者と評価してます。
弥一さんの評価はいかがでしょう。

投稿: oki | 2004/12/22 23:40

 図書館で高橋哲哉の名を目にしたとき、即、本を手にして見ました。小生、現実感覚の豊かな哲学者が好き。どんなに抽象度の高い省察を重ねていても、豊かな人は違う。
 読みのが楽しみです。

投稿: 弥一です | 2004/12/23 02:17

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