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2004/12/30

息白し

s-DSC01221 さすがに12月の季語随筆も、季語・季題とされる言葉は抱負にあるとはいえ、月末となると使いたくなる言葉の候補が減ってくる。
 これまで「短日」「冬の月」「冬ざれ」「竈猫(かまどねこ)」「冬の嵐」「仲冬・大雪・炬燵」「鰤(ぶり)起こし」「仮の宿(これは「狩の宿」のもじり)」「虫の音」「火鉢」「枯尾花」「ポインセチア」「煤払い」「影踏み」「雑木林」「冬の星」「月に雁(かり)」「青みどろ」「日記買ふ」「毛糸編む」「冬木立」などを採り上げてきた。
 この中には、冬の季語ではない言葉が含まれている。さて、どれでしょう、なんて野暮な問いはしない。季節感と季語との齟齬は、異常気象のせいか、実感の上でずれているのは明らかだし、そもそも季語の多くは、京都や東京(江戸)などを中心で作られてきた。
 だから、北海道や九州・沖縄・四国で句作を試みるとなると、決まり事に拘っていると、なかなかに難儀だったりするのも無理はない。

 実感に拘る…。
 俳句も川柳も(短歌や詩も)創作なのだとしたら、生活実感、もっと素朴に自分の皮膚感覚を離れての創作など、無意味になりかねない。虚構的な物語的な句作もありえないことではないのだろうが。
 また、言葉自体に同語反復的な奇異感を呼び起こす場合もある。
 例えば、今日の表題に、一瞬、「冬の雪」にしたいという思いが浮かんだ。その前に、「冬の月」や「冬の雨」なども浮かんだのだけど、すでに使っているし、それ以上に昨日29日の雪模様が頭にある。どうしても雪を含む季語か言葉を表題に選びたい…。
 さすがに、「冬の雪」は、ためらう。表題だけで、こいつ、バッカじゃねえーのってことになりかねない。バッカじゃないのってのには、図星かもという思いがあって、拒否しきれないが、「冬の雪」という「冬」と「雪」との並列は、まずいかなと思ってしまう。
 冬というと雪というのは、北国では当たり前で、富山(平野部)生れの小生、子供の頃のドカ雪は遠い記憶の彼方になって、近年、せいぜい1メートルも積もるかどうかとなっている実情は知っているが、それでも、「冬」イコール「雪で、「冬の雪」というのは、同語反復に他ならないのである。
 が、東京となると、冬であっても雪が舞うのは、一月か二月に数日あるかどうか。昨日のように初雪が師走の内に降るのも珍しいけれど、それでも、半日もしないうちに雪が霙(みぞれ)になり、雨に変わり、やがて晴れて、夜中過ぎには星さえ、ポツポツと見え出したりした。
 その意味で、「冬」であっても、「雪」を体験するのは、僅か数日なのだから、ああ、冬に雪が降ったよ、ということで何がしかの感懐など抱いたりしても不思議はないのである。
 けれど、12月の季語を見ても、「短日、冬の日、冬の朝、冬の雲、冬霞、顔見世、冬の空、冬の鳥、冬の雁、梟、木兎、冬田、 水鳥、浮寝鳥、鴨、鴛鴦、鳰、初雪、初氷、寒さ、 冷たし、息白し」であり、「冬の雨、霙、霧氷、雨氷、冬の水、水、水涸る、 冬の川、」であり、「冬の夜、冬の月」などであって、「冬の雪」はない。
 尤も、小生の生息する東京にしても、一昔前だと数十センチの雪など珍しくなかったようだ。その意味で東京(江戸)も、「冬の雪」は奇異感を抱かせるのだろう。
 その前に、「冬の雪」という言葉自体が変という感覚もある。
 選んだのは表題にある如く、「息白し」である。その前に「御用納」や「年貢納」にも食指が伸びたりした。というのも、なんとなく生活が逼迫していて、小生の人生も年貢の納め時かな、なんていう生活実感があるからである。
 が、これは、あまりに現実感が露わ過ぎてボツ。もっと風情のある、冬や雪などを連想させてくれる「息白し」を選んだ。東京では雪はまだ明るさの残るうちに止んでしまったが、夜になって公園で小憩しようとタクシーの外に出て見ると、吐く息が白い。その白さに寒さを実感させられたのだった。
 ネットで検索すると、「息白し」の織り込まれた句が、少なからず見つけることができる。風情もあるし、実感の篭る言葉だし、吐く息が白いというのは寒々しい光景のはずだけれど、妙に人間味があって床しい感じもある。この言葉の好きな人も多いのではなかろうか。
 また、脳裏に吐く息の白かったような、いろんな場面が人それぞれに浮かんだりするのではなかろうか。
 例えば、「矢絣や妹若くして息白し  草田男」がネット検索の上位に出てきた。
 俳句ではなく歌(短歌)のようだけど、「月陰り吐く息白し肩寄せる、二人の道は淡くかすみて」なんていう例も(「北京歌日記」にて)。
 この「歌」、仮に小生なら、「月陰り吐く息白し肩寄せる」だけに留め、句として示すだろう(小生にこんな風雅な句は浮かばないだろうけれど、それはさておいて)。
 以下の「二人の道は淡くかすみて」の部分は、別に歌を作られた方をどうこうという意味ではなく、敢えて語らないし、触れない。
「肩寄せる」で「二人」だということ、二人が道を歩いているのだろうということを大方の人は理解してしまう。
 さらに、「吐く息白し」という表現に「淡さ」や「かすんでいる」様子が含まれているのだから、ということ以上に、前半の5・7・5だけを示した方が、詠む方が場面について自由に想像を羽ばたかせることができるだろうと思うからなのである。
 そう、恋人同士かもしれないし、まだ思いを打ち明けられないで居る恋人未満の二人かもしれないし、親子ということも考えていいだろうし、兄弟(姉妹)のどちらかなのかもしれない。
 たまたまネットで「息白しおさな子ふたり何語る」などという句が見つかった(「キタノホマレの書斎」の「冬の句」にて発見)。「月陰り吐く息白し肩寄せる」は、詠む人によっては、この「おさな子ふたり何語る」をも含意しえるのだろうと思うのだが。

 しかし、そうは言っても、小生、短歌を作る試みは行ったことがないので、句と短歌ではそもそも姿勢が違うのかもしれないことに十分、理解が及んでいないのかもと思ったりする…。
 俳句や川柳は、ともかく5・7・5である世界を示す。しかも、一定の完結感がないと困る。敢えて完結させない表現もあるが、かなりの技が必要だったりする。小生は、あと一年くらいは季語随筆日記を続け、俳句や川柳のイロハを学んでいくつもりである。その間、実作の試みも恥を忍んで行っていく。まだ、俳句なのか川柳なのか、その前に、そもそも、ただの事実叙景に過ぎないのではないか、標語なのか警句なのか正体がハッキリしない、方向性も定まらないという怖れも無きにしも非ず、なのだけれど、追々に定まっていくものと思う(かなりの希望的観測が篭っている。小生は希望がないと生きていけない。なので希望だけはたーくさん、持っている。これを人は無謀と呼ぶこともあるが、知ったこっちゃない!)。

 ところで、吐く息が白いのは何故か。息自体が白い訳はない。だったら、夏場でも、大息を吐いたら白っぽく見えるはず。水蒸気ってわけではない。つまりは、吐いた息の水蒸気が水滴(気温によっては氷の粒)となって、霧状になるから白いわけである。
 もっと言うと、昨日について言うと、日中に雪あるいは雨が降り、湿度が高くなっている。雪は止んだが冷えている。そんな中、息を吐くと、その中の水蒸気(水蒸気自体は本来、見えない)が湿度が高いせいで、空気(大気)中の飽和水蒸気量を超えてしまい、水蒸気の状態を保て切れなかったものが水滴(霧)となったというわけである。
 ってことは、寒くても、湿度が低いと吐く息が白くないということもありえるわけだ。
 吐く息が白いとは、その前に雪や雨が降ったということ、あるいはその日は降っていなくても、雪などが積もっているか近くに池か沼、川、海があるのだろうということを推測してもいいことを示す、のかもしれない。
 更に言うと、真っ暗闇だと、いくら霧が濃くても、湿度が高く息が白いはずであっても、白くは見えようがない。つまり、弱々しくても街灯があるのか、民家の窓明かりがカーテン越しに(障子越しだったら、もっと風情があるのだが)洩れているのか、月明かりを浴びている、場合によっては星明りかもしれない…、さすがに懐中電灯や提灯とまでは、想像しづらいが…、なんてことも、仮に「息白し」しか記述してなくても、予想乃至は想像していいわけであろう。
「月陰り吐く息白し肩寄せる…」の歌に戻ると、月が陰るだけじゃなく、完全に厚い雲に影が遮られてしまったなら、吐く息の白さは分からないはず、きっと、幾許かの月明かりが漏れ残っているか、電柱にぶら下がる白熱灯の灯りが寂しげに周囲を照らしているのだろう、なんて情景をも想像せずには居られない、というわけである。
 話が野暮に渡ってしまった。
「息白し」という言葉一つとっても、想像の翼は際限もなく広がり羽ばたいていってしまう。
 これだから、季語随筆日記という名の言葉探索の旅は止められないのである。

 ということで、来年も淡々と季語随筆の旅を続けていきたい。
 最後に熱い期待に応えて、駄句を幾つか、垂れ流しておきたい。吐く息の白さほどに綺麗ではないのだけれど。

 息白し洩らす溜め息知らすごと
 息白し鼻息の荒さバレルごと
 息白し鼻毛の氷柱(つらら)伸びていく
 息白し月と雪とに負けず映ゆ
 吐く息の雪より白く眩しかり
 吐く息の混じり合っての夜陰かな
 吐く息で星影消して霧の夜
 冬の息項(うなじ)に熱く届かざり
 雪降ろし体中から白い息
 雪明り吐息を照らして道遥か

 尚、冒頭に掲げた写真は、水曜日の営業も終わりに近付いた木曜日の夜明けの光景を写したもの。前日の氷雨、霙、牡丹雪がウソのような空だ。

 

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コメント

こんにちは、弥一さん。おじゃまします。
うちにおいでになった後あたりから、
こちらにちょろちょろと伺っています。

私は、俳句も川柳も短歌もたしなみませんから、
季語なども理解の外です。
が、
「息白し」は好きな感覚です。
空気が澄んでいる感じがして、息が白くなるほどの寒さが、
好きだったりします。

>吐く息の雪より白く眩しかり
この句、初々しい恋を連想しました。
想い人は、その吐く息ですらまぶしい。
どちらかと言うと、制服で、笑いさざめく女の子を
男の子が見てるように思えて…。

投稿: Amice | 2004/12/31 07:49

 Amiceさん、コメントをありがとう。句も詠んでくれたのは嬉しい。俳句や川柳は、ハイキングするつもりで気軽に読んでくれたら嬉しいです。
 句は、感想を詠み手があれこれ自由に持てるのがいいのかも。また、お邪魔しますね。来年になると思うけど。

投稿: 弥一=無精 | 2004/12/31 12:39

息白し…に因んで短歌一首です、

いきしろくこしなづまゆるむろにますわがみおもひはいとどしかりき

投稿: 井上勇 | 2017/02/14 00:04

井上勇さん

コメント、ありがとうございます。


息白くこしなづまゆるむろにます我が身思ひはいとどしかりき

「なづ・む」は、「行き悩む。停滞する 悩み苦しむ」の意でしょうか。
「こし」が分かりません。「来し」「越し」「腰」?

投稿: やいっち | 2017/02/14 13:19

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