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2004/12/16

影踏み

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 表題を「影踏み」に決めたものの、この言葉が季語なのかどうか、小生は知らない。夜半になって、何か小説を書こうと思ったが、アイデアが何も思い浮かばない。そのうちに、何故か、この言葉だけが、ポツンと浮かんできた。そう、まるで見知らぬ海に、思いがけず浮いてきたブイのように。
 実は、夕方だったか、茶碗など洗っていた最中、ちょっとしたプロットというか、ドンデン返しのネタが浮かんだ。めったにないことである。大抵は、とりあえず、メモしておくのだが、洗い終わってからメモしようと思ったのが、間違いの元だった。
 さて、何か書こうとパソコンのモニターに向かったのだが、ついさっき、浮かんだばかりのアイデアが消え去っている。すっかり忘却の海に沈んでしまった。
 思い出そうとしても、ダメ。とにかく、何か、漫才系の小品のネタだったような気がするのだが、気がするばかりで、何も浮かばない。
 

 とうとう、諦めて、シャワーを浴び、食事し、一服して、そうして、やはり諦めきれず、パソコンに向かいながら、素知らぬ振りをしつつ、さりげなく思い出そうとするのだが、悪足掻きに終わってしまった。
 そのうちに、どういう脈絡か分からないが(アイデアが没してしまった闇から連想したのだろうか)、「影踏み」という言葉、あるいは遠い日の遊びの思い出などが浮かんできたというわけなのである。
 で、なんとなく、「影踏み」をキーワードにネット検索。あまり、調べることもない。遊びとしては、ある年代以上の人なら、誰でも経験しているだろうし、そもそもルールは簡単である。道具も要らない。
 小生、なんとなく、影踏みの遊びのルールなどをメモしていく。そのうちに、よし、今夜は「影踏み」で掌編を書こうと決める。
 以下は、掌編「影踏み」の中での、影踏みのルールの説明である:

 ルールは簡単だった。できれば、人数は最低でも3人はいたほうが、面白い。みんなでジャンケンして鬼を決める。鬼以外の人たちは、鬼役の人に影を踏まれないように、ひたすら逃げ回る。そう、だから、影の長い、秋から雪の降る冬までの間の遊びだ。
 ああ、段々、思い出してきた。逃げる方は、鬼に影を踏まれそうになったら、そこらの雪吊りされた木立とか、作業小屋の陰とか、植え込みとか、とにかく適当なモノの陰に隠れて、自分の影を消し去る。そうしたら、鬼も影を踏めないというわけだった。
 そして、少しでも影を踏まれた奴が、次の鬼になり、他のやつ等は逃げ回るというわけだった。
 そうだ、日曜日の昼過ぎなんかに集まって、他の遊びをやり、もう、飽きたところで、この遊びをしたような気がする。年長の誰かが曰く、影が短いと捉まりにくくて、鬼役は大変だとか何とかという理由だったと思う。
 影踏みは楽しかった。それに、人数さえ揃えばいいし、道具は何もいらないし、天気がよくて日差しさえあれば、するにでも始められる。なんといっても、楽しい。楽しい以上に、始めだすと夢中になってしまうほど、面白い。
(転記終わり)

 これが小説の一部だといのだから、笑っちゃう?
 ちなみに、影踏み、一人でもやってみたりしたことがあったような気がするのだが。
 さて、ここから、どうやって物語に仕立てるのか。その結果は、「無精庵方丈記」の中の「影踏み」を読んで欲しい。読むのに、1分余りを要するのだが。

 さて、「影踏み」は季語なのだろうか。「母よ月の夜は影踏みをしませうか」(大石悦子)をネットで見つけたが、この句の場合、「月」が秋の季語の扱いをされている。ということは、影踏みは、そもそも季語ではないということか。
 ネットでは、「父と子の影踏み遊び日脚のぶ」 (高橋 咲く子) などを見つけた。
 ネット検索していたら、「昔 の 子 供 の あ そ び~和歌山県田辺西牟婁地方~」というサイトが見つかった。遊びの種類の多さに、びっくり。毎日、違う遊びをしても、子供のうちには、遊びきれないんじゃないかと思うほどだ。
「明治・大正・昭和初期の、田辺・西牟婁地方の子供たち」、そんなに遊び好きだったのか。まさか、そうでもないだろうが、昔は、ゲーム機もないし、テレビもラジオもカネもないから、知恵を出し合って遊ぶしかなかったということなのだろう。遊びというのは、何処かの専門家が与えてくれる、カネで買うようなものじゃなく、自分たちで創出するものだったわけだ。だから、極端に言えば、子供の数だけ、違う遊びもありえたのかもしれない。
 あるいは、違う言い方をすると、子供には、何をするにしても、その営みは遊びとなるのだし、遊びが子供の仕事だったということ、生存そのものだったということか。
 小生など、近所の女の子との相撲なんて好きだったけど、あまりその機会がなかったのが残念だった。
 影踏みで疑問だったのは、例えば、物陰に隠れてしまえば、自分の影が消え去り、よって、鬼に見つけられても、鬼は影を踏みようがないから、他の人に鬼の役をバトンタッチできない、この難点をどうやってクリアーするのか、という点だった。
 すると、「太陽があるから 月があるから 星があるから   伊藤 裕一」という頁の「影踏みをしよう」という項に、ちゃんと説明があった。
 つまり、「所々に安全地帯の島をつくりますが,鬼が10を唱える間にその島から出て行かなければならないルールも必要です。」というのだ。なるほど、カウントダウンのルールを設定しておけば、小生の懸念も解消するわけである。小生が、その決まりを忘れていただけなのだろうが、知恵がとにかく遊びには必要なのだ。

 さて、冒頭に掲げた写真は、火曜日の営業も終わり、会社に戻る途中、何処かの踏切を渡る瞬間、鉄路を撮ったもの。肉眼では、写真より、もう少し、視界が効いていたような気がするが、いずれにしても、朝の六時半近くは、空が曇っていたこともあり、真っ暗に近かったのである。
 載せた句は、「数知れぬ夢の行き交う鉄路かな」と、かなり平凡なもの。鉄路にロマンを感じる人は多いのではなかろうか。ガキの頃、鉄路をボンヤリ、何処までも歩いてみたいと思ったことがある。そう、鉄路だからといって、何も列車に乗らなければいけないということもない。
 真夜中などに、山の中の鉄路など、歩いたら、どんな気分がするんだろう。
 ま、とにかく、今夜は今月五つ目の掌編も書いたし、やるだけのことはやったのだ。あとは明日の仕事に備え、寝るだけだ。
 さて、例によって、駄句で締め、である:

 影踏みに打ち興じてのなれの果て
 影踏まれ魂(たま)を抜かれて魂消てる
 影を踏みあなたの心留めたい
 影踏みの楽しさ究め生きんかな
 影踏みを口実にする恋路かな
 あの世にて影を慕いて迷子かな
 あの世では見つかるのかな踏む影が
 二つの影踏み合っての麦畑

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