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2004/11/26

時雨ていく

s-DSC01117.jpg

 日中は今にも泣き出しそうな空だった。今は既に暗くなっていて、部屋の中からは雲行きなど伺えない。昨日までの小春日和が夢のような寒さ。
 今日の表題は「時雨(しぐれ)」を選んだ。どの言葉もそうだが、この言葉も語感が素晴らしい。
 が、言葉の意味するものに情感が篭っていて、それゆえこの言葉までが情味溢れるものに感じられるのか、それとも純粋に耳障りの良さを覚えているだけなのか、よく分からない。
 しかし、日本語の分からない人に(つまり、日本人以外だけじゃなく、古来よりの言葉を解さなくなった若い人も含めて、という意味だったりして)この時雨という言葉を呟いてみても、掠りもしないで右の耳から左の耳へと素通りしてしまうのだろうから、やはり、単に語感の問題ではなく、この言葉への思い入れなどがないと、言葉の美しさも何もあたものではないのかもしれない。
 さて、「時雨(しぐれ)」は、冬の季語であり、「しばらく降ってやむ雨」で、他に類似する言葉として、「朝時雨・夕時雨・小夜時雨」などがある。最後の小夜時雨など、ついつい使いたくなってしまうような魅力ある語感であり表記であり、意味される何か、を感じる。

 ところで、今回のこの雑文、当初は「時雨」を表題にして書くつもりではなかった。実は、「散居村 季語」をキーワードにして、散居村の情報を集めようとしていたら、検索の結果、「雑楽篇(その一)」というサイトが見つかったのである。その網に掛かった検索語を含む文は、次のとおりである:
「秋の末から冬の初め頃に降ったり止んだりする雨を「しぐれ(時雨)」と呼び、初冬の季語となっています。「しぐれ」の語源は、(1)シバシクラキ(暫暗 ...垣内とも)」と呼ぶ屋敷林で囲まれた家が散在する散居村の景観で ... 」
 散居村が季語ではないだろうことは、さすがに素養のない小生でも見当が付く。ただ、散居村について綴るための情報が欲しくて、しかもできれば俳句などに関連するような情報が欲しくて上掲の検索語で検索したら、「しぐれ」の語源は、(1)シバシクラキ(暫暗 ...」なんていう下りがある。
 もう、散居村のことは後回しである。まずは、「しぐれ」の語源の説明文を覗いてみたい!
「233むらさめ(村雨)・しぐれ(時雨)・ひさめ(氷雨) 」の項に、「一しきり強く降っては止み、止んでは降る雨を「むらさめ(村雨)」といい、「群になって降る雨」の意と解されています。 」という村雨(むらさめ)の説明があったあとに(この「むらさめ」も好奇心や美感を擽る言葉だ!)、目当ての「しぐれ」の説明がある:
「秋の末から冬の初め頃に降ったり止んだりする雨を「しぐれ(時雨)」と呼び、初冬の季語となっています。「しぐれ」の語源は、(1)シバシクラキ(暫暗)の義、(2)シクレアメ(陰雨)の略、(3)シグレ(気暗)の義、(4)シキリクレ(頻昏)の義、(5)シゲククラム(茂暗)の義、(6)紅葉を染める雨であるところからソミハフレリ(染葉降)の反シフリの転、(7)イキグレ(気濛)の義、(8)シ(助詞)クレ(暗)からなどの説があります。 」という。
 この項には更に詳しい説明や、「ひさめ」の説明もある。興味のあるからは覗いてみて欲しい。

 散居村を調べようとしていたら、時雨というのは、冬の季語、それも11月の季語なのだと、知ることが出来た。上記のサイトでは、「秋の末から冬の初め頃に降ったり止んだりする雨を「しぐれ(時雨)」と呼び、初冬の季語となっています。」とあるが、別のサイトだと、「初時雨はその年の冬、初めて降る時雨のこと。」と説明されている。
 ネットで探すと、時雨という言葉を織り込んだ句を幾つも見出すことができる。しばしば引用させてもらっている「日刊:この一句 バックナンバー 」から、幾つか:

 法然院さまに時雨の寸志ほど   石動敬子
 大原の子は遊びゐる時雨かな   高浜虚子
 山の音時雨わたると思ひをり   森澄雄
 托鉢の出会ひがしらや能登時雨   市堀玉宗

 他にもいい句はないかと物色していたら、「時雨」について、再考を迫るようなサイトを見つけた。「石垣島地方気象台」というサイトの一頁のようだが、冒頭に「沖縄でも木枯らしが吹き、時雨れるか」という句(?)が載っている。
 句に「?」を付したのは、この引用に句読点が打ってあるので、句と呼称して構わないのか、判断が付かないからである。
 しかし、興味深いのは本文だ。さすがに石垣島からの観点だからだろう、「木枯らしは時雨を伴なう。冷たい北西季節風が暖かい日本海を吹き渡るときに発生した積雲が、本土に達したときに降らせる雨を、ふつうは時雨と呼んでいる。」と、「本土」を相対化して見る視点がある。
 時雨は、にわか雨と同じものだが、「時雨は文学的な表現であって、気象学の用語ではない。」
 また、「気象観測や天気予報では、時雨はにわか雨と表され、味もそっけもない。」とも言う。この点は異論がある。少なくとも小生の感覚だと、にわか雨という表現は、味も素っ気もある。こっそりと、さりげなく地の文章の中に織り込んで、叙述の味わいを醸し出す、言ってみれば隠し味的な言葉になりえる。好きな言葉であり、表現される状況なのである。
 それはさておき、以下も興味深い。つまり、「時雨というのは季節が晩秋から初冬に限定されるため、天気予報用語では「できるだけ使用しないようにしたい」という条件がつけられている。晩秋から初冬にかけての冷たいにわか雨なら、沖縄にだって頻繁に降る。そんな雨も「時雨」と呼べるだろうか。」というのである。
 なるほど、だ。もっと、続く。「『日本大歳時記』(講談社版)によると」として、以下、同書から引用されている。ここでも再引用させてもらうと、、「時雨とは本来、急に雨がぱらぱらと少時間降ることであり、北風が強く吹き、連峰の山々に当たって降雨を起こした残りの水蒸気が山越えしてくるときに見られる現象である。だから、降る範囲も非常に狭く、また盆地に多く、京都のような地形のところに、しばしば見られる。…(中略)… そのような京都近辺で生まれ、京都人士によって磨かれた季節感情を、他のさほどでもない土地でも模倣して、民謡端唄の類に至るまで同じような発想で、時雨情趣をうたって来たのである。」
 筆者の痛烈な叱責は、時雨という言葉の安易な使い方をする小生のような人士に向けられているわけである。
 この頁の最後には、時雨の語源について、興味深い記述がある:
「沖縄の古語『おもろさうし辞典』には、「あま・くれ」という語があり、雨、夕立、一時的な降雨の意とある。「あま」と「くれ」は対語または同義語として用いられ、「くれ」は今でも「雨ぐい」、「夏ぐれ」という方言に、その面影をとどめている。  時雨の語源は「過ぐる」から出た「通り雨」(広辞苑)というが、時雨(し・ぐれ)の「くれ」は、おもろ語にそのルーツを残しているように思えてならない。」
 この「時雨」という言葉一つとっても、語源探索に限らず、調べてみる余地が相当にありそうだ。
 そして、自分が時雨に限らず、言葉の担う歴史や背景、土台、思い入れ、そのどれをも何も知らないことを痛感したのだった。気持ちが時雨れてしまいそうである(なんて、安易な使い方をしてしまう小生なのだ。これが表題を「時雨ていく」にした由縁である)。

 さて、小生、「散居村」(砺波市)のことについて書くつもりだった、そのための情報を集める過程で、脱線してしまったと冒頭で書いた。散居村について、今更、小生如きが何を書くのか。
 大体、小生、既に、散居村のことについては、若干だが書いている(「富山の部屋」の頁の中の、「砺波市の散居村(付 : 富山が南京玉すだれの発祥の地)」)。
 散居村は、「全国では出雲の斐川(ひかわ)平野、静岡県の大井川扇 状地、北海道の十勝平野など、富山県内でも黒部川や常願寺川、神通川などの 扇状地の一部に見られますが、広さにおいても散居の仕方においても砺波平野 がもっとも典型的」なのだという。
 実は、過日、朝日新聞に<砺波発>として、[「散居村」景観の危機 田んぼに住宅点在]と題された記事が載っていたのである。「台風、屋敷林2万本倒す」とも副題にあった。
 朝日新聞の記事は、ネットでは読めなかった。なので、東京新聞の当該頁「『かいにょ』に台風23号 北東風猛威 倒木相次ぐ 自然と共生 教訓残す」を参照する。
 この記事の冒頭には、以下のようにある:
「かいにょ(屋敷林)がなくなる-。十月二十日の台風23号で、砺波平野の散居村が大きな打撃を受けた。雨を伴った強風が何時間にもわたって吹き荒れ、アズマダチなど伝統的家屋の周りに植えられた樹木が次々と倒れていった。被害に遭わなかった家はないと言われるほど。「かいにょはもうあかんチャ」-この際、屋敷林をすべて切ってしまおうという声まで聞こえてくる。倒木が相次いだ理由や、世界遺産の候補にとの思いまである散居景観を守るには何が必要かなどを考えた。(砺波通信局・鷹島荘一郎)」
 ところで、恥ずかしながらなのだが、小生、屋敷林を「かいにょ」と呼ぶことをこのサイトを覗いて初めて知った。
 「かいにょ(屋敷林)」のある「散居村を残そう」という運動も行われてきた。
 その矢先の台風の襲来なのだった。
 台風23号で、「倒木が激しかった主な原因は、風の向きにあった。砺波平野の風の多くは南から吹く。「井波風」と呼ばれ、樹木もこれに耐えられるよう根や枝を張ってきた。それが、台風23号は思いがけない北東風。間断なく降った雨で地盤が緩んだところへ、二十日夜を中心に半日あまり吹き続けた強風で根が返ったり、将棋倒しになったりした。」という。
 この記事の中で、「かいにょ倶楽部の柏樹さんは「こんな災難、もうけもんやと思わなければ。今度は何の苗を植えようかと考えれば楽しくなる」と発想の転換を説く。その上で、スギ中心だった屋敷林をカシやケヤキなど各種取り交ぜて植えればいいと提案。それも並べるのではなく、間を空けて千鳥植えにと要望する。」とあるのは心強い。
 スギ花粉も戦後、木材を逸早く育てようと、古来からの樹木ではなく、育ちの早い杉を安易に植え過ぎたことも背景にあるというとが、屋敷林が、スギ中心になっいていたことも、台風での被害を大きくする一因だったわけだ。屋敷林は防風林の役目も果たしていると思っていた小生は、見る目がなかったわけである。

 話は思いっきり飛ぶ。
 小生は、仕事柄、いつも朝帰りである(たまには艶っぽい事情で朝帰りし見たいものが)。徹夜仕事なので、七時前後に帰宅する小生は、疲労と売り上げの悪さで意気消沈し、グッタリしている。
 そんな小生を慰めてくれるのは、近所の白猫さんである。オスなのかメスなのか、幾度も眺めてきたのに未だに分からないのだが、かなりの老い猫さんだ。動く姿をめったに目にしない。
 その猫さんの勇姿など撮って、人様のサイトに貼り付けたりしている。その猫さんの画像を額に入れてくれた方がいる。以下は、その作品。我が守り神であり白猫殿が一層、気品溢れる姿になっている。
 しかも、今度は、その同じ白猫殿を他の黒猫さんたち共々、素敵な居間に鎮座している。小生は、白猫殿が玄関先に坐っている姿しか見たことがないので、いつか、白猫殿のこんな光景を実見したいものと思うのである。

 最後に、冒頭に掲げた写真は、今朝、ある踏切を渡る瞬間に撮ったもの。線路は続く、何処までも。でも、何処から来て、何処へ行くのか、暗雲と薄闇に視界が阻まれて、何も見えない、分からない。我が人生のようだ、なんてのは、気取りすぎかね。
 それじゃ、気取りついでに、昨夜、公園で見かけた光景から浮かんだ句などを。公園で忘れ去られたのか、捨て去られたのか分からないけれど、玩具やら三輪車やら手まりやらシューズの片割れなどが落ちている。玩具たちが寂しそう。
 拾って持ち主に返したいものだけれど、そうもいかない。夜になり子供たちの体温もすっかり消えて、月の光をやんわりと受けていたっけ。ついでに即興の句も混ぜとこう:

 行き暮れて手まり一つの転がって
 三輪車乗る人もなしにペダル揺れ
 靴一つ足の抜け殻示すごと
 時雨ゆく人の温もり晒すごと
 笑い興じ戯れし日は夢なのか
 時雨れても遊びをせんと待ちけるか

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