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2004/11/22

小春日和?

 今日は久々に図書館に行ってきた。といっても、たまたま近所にあるオートバイの店に用事があったから、そのついでに寄った、というほうがいいのかもしれない。
 今、乗っているスクーター、今度で三回目のリコールの対象になり、その通知が先々週週だったかに来たのである。前のスクーターでも一度なので、通算、四回目のリコールの経験となる。
 小生は、74年冬に中型免許を取得し、即座に中古のオートバイを購入、その年の夏には勢いで大型免許を取得した。以来、3年間の中断を除いて、ずっとライダーだった。それも、スクーターは乗らず、全てオートバイ。最初の一台を除いて全て新車で購入した。
 が、一度たりともリコールの通知が来たことはない。六年前から最初の中古のスクーターに乗り始めるまでは。
 これはどういうことなのだろう。スクーターというのは、オートバイに比べ、リコールがちの難しい機械なのだということ? それとも、オートバイに乗っていた数年前までは、あまり故障の原因がメーカー側なのか、乗り手や販売店(修理店)にあるのかの追求には厳しくなく、全て乗り手の側の責任にされていた、ということなのか。
 まさか、オートバイにはリコール対象になるような不都合は一切、生じないというわけもないだろうし。
 そんな疑念はともかく、不具合があるという以上は、直さないといけない。時間的な余裕があるわけではないが、通知が来、さらに販売店に問い合わせをしてからも一週間を経過してしまった。販売店からは部品がメーカー側から入ってきたという連絡も貰っている。行くしかない。
[我がオートバイ歴については、「Hobby(趣味?)」を参照のこと]

 今日は、小春日和という言葉を使いたくなるような日和。つい先日までの寒さがウソのよう。紅葉前線も足踏みどころか、もしかしたら後退してしまって、一旦は色付いた木の葉たちも、戸惑いつつ、緑色に戻ってしまおうか、なんて迷っていたりするかもしれない。
 オートバイを届ける時間を決め、店に届け、他に点検して欲しい箇所などを告げて、近くの図書館へ。今年初めて、昨年は行ったかどうか覚えていない。その前は、幾度となく通り過ぎているのだけど。
 図書館と呼称しているが、実際には文化施設であって、ダンスや写真展、絵画展などのためにスペースが用意されている。喫茶店もある。名称も、「文化の森」とか。ちょっと敷居の高く感じられる風格あるもの。小生には、気軽には立ち寄れないような名前だ。
 二階にある開架のコーナーへ。少なくとも二年ぶりになるのに、施設が開所して通っていた当時に感じていた蔵書の貧弱さというイメージは、全く、変わらない。何処かの蔵書の場所には、きっと沢山の本で埋まっているものと期待する。
 久しぶりなので、全体をザッと見て回る。書店にさえ、この七ヶ月、立ち寄っていない小生のこと、書籍の居並ぶ様子に圧倒されたりする。目がちらちらする。何度も脚を運んでいたら、それなりに目当ての場所が出来たり、新刊はどうだろう、なんて伺ってみたりするのだが、久しぶりだと、どう回っていいか分からなくなる。
 こんな時は、写真のコーナーに寄って、ヌードの本を物色しようと思ったが、見当たらない。なんで? どうして?
 やはり、久々だとHなる心にも図書館の蔵書はツーと言えばカー、というわけにはいかないもののようだ。
 そうだ、ジョージ・エリオットの本を読みたい、あるかなと探してみたが、見つからない。『サイラス・マーナー』もいいが、『ロモラ』の感動をもう一度、の夢は儚く潰えた。では、ダフネ・デュ・モーリアの本は? 『レベッカ』の世界に浸ってみたい。でも、これもダメ。そのうちに、ジェイン・オースティンの『エマ』が目に飛び込んできた。これだ。
 が、今は、自宅でカフカの『アメリカ』を、車中では、『カサノヴァ回想録』を、つまりは古典に近い本を並行して読んでいる最中である。借りるなら軽めの本を。
 で、宇宙論、考古学、哲学、評論、歴史、数学などのコーナーを見て回った。で、「黒曜石」という言葉に惹かれ、堤隆著の『黒曜石 3万年の旅』(NHKbooks)と、佐々木正人著『知覚はおわらない』(青土社)の二冊に決めた。どちらもかかれている世界は深いし、広いが気軽に読めそう。前者は奥付けを見ると新刊本。おカネがあったら、間違いなく購入しているはずだ。
 念のため、謳い文句だけ、転記しておくと、「人類の痕跡のある始原のときから、ひとびとは黒く輝く石に魅入られた
火山が作った天然ガラスである黒曜石は、打ちかくと鋭利な剥片となり、利器となった。狩猟・採集をなりわいとする人々が、いかに黒曜石を求めてきたか。海峡を越えた黒曜石の旅を追う。」とある。

 黒曜石については、「黒曜石世界」というサイトさんにもリンクさせていただいている。一度は、その店に行って、実物を見たいと思っている。
 が、当分、叶いそうにないので、掌編「翡翠の浜、そして黒曜石の山」を書いて、逸る気持ちを抑えてみたりしたこともある。
 佐々木正人氏の本は、アフォーダンスの理論を紹介する本である。数年前、田近伸和著『未来のアトム』(アスキー刊)を読んだりした際に、少しだけ馴染んだ理論。四年前の本で、新刊ではないが、インタビュー乃至対話形式の部分も多く、哲学には馴染んでいない小生にも分かりやすいのではと期待する。図書館で齧り読みして、読めそうな気もしたし。

 オートバイ店に預けたバイクの修理(部品交換)は夕方5時頃には終わるという。なので、それまで図書館で粘ろうかと思ったが、小生の宿痾(しゅくあ)である居眠りが、机に向かって本を読み始めたりしたら発症しそうで、二冊を借り、いろんなパンフレット類を戴いて帰宅の途に。
 で、今、バイク屋さんに行くまでの待ち時間を利用して、この雑文を綴っているわけである。

 昨夜というか、今朝は、六時前に就寝した。で、十一時過ぎに起床。五時間近く、断続的にだが、寝ている。だから昼間にこれだけ、小生には珍しい量の活動が出来ているのだと思う。
 昼過ぎには、メルマガを配信した。通巻で360号となる。目次だけ、例によって掲げておく:

   目次:●1.「我が友は蜘蛛!」後日談
      ●2.「閑古鳥が鳴く!」余聞
      ●3.白川静著『中国の古代文学(一)』
      ●[後欄無駄]:HP更新情報、ほか

 昨夜(正確には未明)には、「無精庵方丈記」に新作を一挙に五編をアップさせた。今週一杯(遅くとも今月一杯)には、手持ちの掌編の在庫を一掃できるに違いないと思っている。
 そうすれば、書きたての作品の即座の公表、究極の産地直送展示が可能となるわけである。
 さすがにホームページの更新は、思うに任せないが、「無精庵方丈記」のほうの態勢が整えば、随時、行うことができるだろう。
 
 さて、表題を「小春日和?」としたが、まさに「?」を付した通りの内容となった。季語については、稿を改めて書いてみたい。

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