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2004/11/03

秋薊のこと

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 俳句の世界では、ただ薊(あざみ)というと春の季語となる。実際には、春に咲く薊は少ないらしく、ほとんどの薊は夏から秋にかけて咲くのだとか。「イギリスでは、痛いトゲで敵から国を守った花として国花となっている」という。だからか、花言葉は、「独立」。
 日本では、どれほど見かけるものなのか。
 秋薊で秋の季語というが、多くは夏に咲くものらしい。「花のあとはタンポポみたいな種(たね)になり、風に乗って飛」ぶというが、その様子が野薊という名前に相応しいと感じる。
 不意に薊の話題を持ち出したのは、あるサイトの掲示板での書き込みで、その方の弟さんが俳句をされている、金子兜太氏が顧問となっている俳誌を出されている、とあり、飛んでみたら、以下の句を見つけたのである

 遠くから帰る途中の秋薊   (ほ)

 どうやら病が癒え、家に帰る途中で秋薊を見た、という句のようである。
 驚いたのは、例によって、せっかくなので、「秋薊」とはどんなものなのか、言葉の意味、花の姿など知りたくて、「秋薊」のみをキーワードにネット検索してみたら、実に筆頭に、この句と共に、金子兜太氏のこの句などへの評が寄せられているサイトが現れたのである。
 小生のこと、早速、この句に付す形で、一句をひねった。それは既に紹介済みだが、再度、載せておくと、

 はるばると 来つるものかな 秋薊  (や)

 無粋な小生が、「薊」という花の名前を印象付けられたのは、遠い昔に流行った歌を通じてだった。
 曲名など、覚えていない。が、メロディと歌詞の中に「恋あざみ」が出てくるのは覚えている。で、「恋あざみ」をキーワードにネット検索したら、これはまぐれ当たりで筆頭に「恋あざみ」の歌が出てきてくれた。
「作詞:泉淳三 作曲:彩木雅夫 歌:勝彩也」というが、小生の朧な記憶では、歌手は女性だったような気がするが、記憶違いなのだろう。歌詞を引用するのは著作権上、問題があるのだろうか。ま、好きな曲だし、紹介したい気持ちもあるので、一番だけ、転記する:

 愛しあってもどうにもならぬ
 今日と言う日が行き止まり
 思い出だけのあなたゆえ
 遠くで倖せ祈りましょう
 あたしは酒場の恋あざみ

 一体、何時の歌かと調べてみたら、昭和45年という。小生の初恋(失恋)の年である。ああ、これじゃ、記憶に残るしかないわけだ。あの日が小生の行き止まりだったのだろうし、「思い出だけのあなたゆえ 遠くで倖せ祈りましょう」だ。さすがに当時は、「あたしは酒場の恋あざみ」ではなかったけれど、今じゃ、場末の恋あざみのような気がする。
 アザミ(あざみ)の歌をさらにネットで探してみると、一頃流行った曲が幾つかヒットした。
 一つは、中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」(作詞・作曲 中島みゆき)。この歌、「ララバイ ひとりで 眠れない夜は ララバイ あたしを たずねておいで」なんてあって、純情な小生など、間に受けて、そんな人が世の中に居るんだ、だったら!ってんで、飛んでいきたいものだと思ったものだ。
 それ以上に、歌を聴いていて、アザミ城(ジョウ)というのが、最初の頃、どうしても分からなかった。アザミ城? 歌詞を聞いてみても、城などまるで出てこない。曲名が、「アザミ嬢のララバイ」なのであり、「アザミ城のララバイ」ではないと分かるのに、かなりの時を経たような気がする。
 余計な思い出はともかく、「春は菜の花 秋には桔梗 そして あたしは いつも夜咲くアザミ」という歌詞とメロディの言い回しが印象的な歌だった。
 他にアザミの歌というと、逸することの出来ないものに、「あざみの歌」(作詞・横井 弘 作曲・八洲秀章 唄・伊藤久男)がある。出だしの、「山には山の 愁いあり  海には海の かなしみや」が、既に印象的で懐メロなのかもしれないが、長く唄われて欲しい歌だと思う。
 ちょっと気になるのが、「北原白秋・心の旅」というサイト。この冒頭辺りに、「耳を澄ませば「♪♪夏は…恋アザミ・・・私の心は夢模様」と少女らの歌声が聞こえてくる」と、歌詞の一部らしい一節が引用されている。さだまさしの世界に満ちたサイトだと自称されているが、さだまさしの歌、なのだろうか。
 
 アザミ、薊、秋薊、野薊…。アザミという名前の不思議な力なのか、昔にしても、そんなに見たことがないはずなのに、印象的な花。野に咲く花。庭などに、殊更、植えられることがあるのだろうか。
 小生、語源というか、何故に、このような名前が付けられたのか、とても、気になる。
 薊という花については、画像も含め、サイトを冒頭に紹介したが、「葉は羽状に裂け、縁にとげがある」花だとか。で、「沖縄の八重山では、とげを「あざ」と呼ぶことから、 「あざぎ」(とげの多い木)と呼ばれ、 しだいに「あざみ」になった」という説が、そこには紹介されている。
 あるいは、「「アザム」の言葉に由来するという説もある。 「アザム」には「驚きあきれる」とか「興ざめする」の意味があり、花が美しいので手折ろうとするとトゲにさされて痛いので、 「驚きあきれ、興ざめする」ということからこの名前がついたらしい」とも。
 それでは、「アザム」という言葉の意味は、如何と、「アザム 薊」をキーワードにネット検索してみた。すると、その名もズバリ「あざみ」というサイトが登場した。
 このサイトにも、「アザミ」の語源について、全く同じ説明がされている。どこかに典拠があるのだろう。
 野原薊(のはらあざみ)の詳しい説明が載っているのもありがたいが、以下の句や歌を知れたのも、嬉しい:

 世をいとう心薊を愛すかな     正岡子規

 口をもて 霧吹くよりも こまかなる
              雨に薊の 花はぬれけり
                         長塚 節

「あざみ」の花言葉は、「独立」だと紹介したが、「触れないで」も、あるらしい。棘(とげ)があるから、なのだろうか。でも、薔薇にはそんな花言葉はない。「あざみ」に、殊更に、「触れないで」とか「独立」という花言葉が寄せられているのは、あざみの花言葉がイギリスで作られたからなのか。
 でも、「触れないで」は、触れて! を暗喩しているような気がする。
 野にアザミの花が寂しげに咲いている。ともすると、そこに咲いていても見過ごしてしまう。見過ごされた花は、誇り高く、「触れないで!」と自分が言っているから、誰も見向きもしないのだと、思っている。
 でも、本当は、誰もが、気付きもしない地味な花なのだと、自分でも分かっている。敢えて、「独立」を標榜する人間というのは、実のところ、孤立していることが寂しいのかもしれない。けれど、寂しいと感じていることを、自分でさえ、認めたくないのかもしれない。

 世を恋ふる心薊に見透かされ     (や)

 さて、掲げた写真は、火曜日の朝、そろそろ仕事も終わりという頃、何処かの線路の踏切を渡る最中に撮ったもの。
 昨日の日記「朝、霧が出るとその日は晴れる」にも書いたけど、火曜日の朝は霧が濃かった。
 この写真を撮った頃合いには、日も出始めていて、霧も晴れたわけじゃないけれど、大分、見通しが利くようになっている。でも、濃霧の余韻は残っている。
 小生の父は、鉄道員だった。生涯一鉄道員。その息子は不肖の息子で、行方定めぬ浮薄なる人生を送っている。誰にだったか、小生が学生の頃、父の望みは小生が鉄道員になることだったと聞いたことがある。小生が選んだ学部は文学部。それも、哲学科。およそ、無縁な世界に紛れ込んでしまった。
 鉄路の彼方にロマンを見た父。鉄路の彼方も此方も霧に覆われ、霞んでしまっている自分。
 こうなった以上は、より深い霧の世界の彼方へと飛び込んでいくまでである。

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