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2004/10/10

秋も深まって

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 いろいろ恥ずかしい句の数々を並べてきたので、ここらで罪滅ぼしというわけでもないが、有名な歌や句から、ちょっと気になるものを挙げておきたい。
 こういう歌などを掲げると、小生の作品と対比されそうで、辛いので避けてきたのだが、いつまでも、そういうわけにもいかないだろうし。
 まずは、後嵯峨皇女悦子内親王の有名な歌。機知溢れる女性らしい作品である。

 ふたつ文字 牛の角文字すぐな文字 ゆがみもじとぞ君は覚ゆる

 後嵯峨皇女悦子内親王(延政門院)は、後嵯峨天皇の皇女で鎌倉時代の方。生没年は不明という。この歌は、悦子内親王が父である後嵯峨院に届けたものだとか。彼女は、父を頼もしく思い、信頼を寄せていたことが分かる。
 この歌の意味は、「ふたつもじ=こ 牛の角もじ=い  直ぐなもじ=し ゆがみもじ=く」と読み解くと、分かる仕組みになっている。
「幼い皇女が父を慕って届けた和歌」と思って、改めてこの歌を詠むと、一層味わいが深まるかも。
 尚、この歌は、吉田兼好の『徒然草(62段)』の中で紹介されていた。学生時代に古典の好きだった人なら、周知の歌なのだろう。
 関連するサイト(「徒然草のなぞなぞの歌」)から、当該箇所を転記すると:

「延政門院いとけなくおはしましける時、院へ参る人に、御言付けとて、申させ給ひける、

ふたつ文字 牛の角(つの)文字 直ぐな文字 歪(ゆが)み文字とぞ 君は覚ゆる

恋(こひ)しく思ひ参らせ給ふとなり。」
 
 上掲の「徒然草のなぞなぞの歌」には、兼好の無心の暗号を織り込んだ歌が紹介されている。興味のある方は、どうぞ。面白いかもよ。

 秋の句には名句が枚挙に遑ないほどにあるのだが、ちょっといかにもこれからの季節の句かなと思わせるものを幾つか:

 水瓶(みづがめ)へ鼠(ねずみ)の落ちし夜寒かな   炭 太祇 

 炭 太祇(たん・たいぎ、1738-1791)のこの句。なんというわけもないが、不思議な句でもある。どうして水瓶に鼠が落ちたのかも分からないが、そんな情景をたまたま目にすることもあろう。その時、ふと、夏には温いか熱かったりしていた水が、冷えてしまっているのだろう、そうか、もう、秋も深まっているのだなと、改めて実感した瞬間を感じさせる句である。
 金曜日の営業が終わりに近付く土曜日の未明、小生は、一服も兼ねて、ある駅にタクシーを止め、客待ちをしていた。晴れていたら夜空に薄明かりも差してこようという頃合いだったが、台風22号が近付いていて、雨がザンザン降りで、まだ、真っ暗。そんな中、駅ビルの前の化粧タイルに蠢く影が。猫? 違う。もっと小さい。じっと見たら鼠だった。鼠にしても小さいので、まだ用心が足りない若いか幼い、子供の鼠だったのだろう。
 久しぶりに鼠を見たような気がする。

 路地裏に何を探すか子鼠よ   弥一


 山深し心に落つる秋の水   心敬

 心敬(1406‐1476)は、室町時代の連歌作者・歌人である。『ささめごと』の著者としても有名。「中世の芭蕉」と呼ばれたりもする。心敬から宗祇、芭蕉という流れを考える人もいるようである。
 秋の水は澄み、かつ冷たい。森の木の梢か葉を伝う雨の雫か露だろうか、ふと落ちるのを目にする。別に自分の体に落ちたわけじゃないけれど、その冴えきった透明感に秋の深まりを覚えてしまう。
 以下の歌に彼の精神が示されていると考えることもできるかも:

 語りなばその淋しさやなからまし芭蕉に過ぐる夜の村雨  

 ひとり寝の紅葉に冷えし夜もあらん   正岡子規

 正岡子規は有名だし、彼を扱うサイトは検索するのも辛くなるほど。ここでは、例によって、松岡正剛が正岡子規の『墨汁一滴』を扱ったサイトだけ、紹介しておこう。ここには、子規の句が数々載せてある。
 それにしても、「ひとり寝の紅葉に冷えし夜もあらん」の末尾の「あらん」というのは、推測の形になっている。子規が誰かの寂しいだろうひとり寝の姿を浮かべて詠った句なのだろうか。
 それとも、やはり、自分のことを他人事のようにして客観視しての句なのか。
 自分をも突き放して観てしまう。野球に熱中した青年時代を送った彼が、今はひとり寝し(仰臥し)、夜露に濡れる紅葉を眺めやっている。首を横にするだけでも辛かろうに。

 ついでというわけではないが、水俣の話題が掲示板などで出たので、石牟礼道子の歌を掲げておく:

 雨洩りのする日の午後に吾子(あこ)が描(か)く蟹(かに)の甲にはポケットがある

 一体、どんな状況での歌なのか、さっぱり分からない。そんなときは、そのままに受け取るのが一番、いいのだろう。それにしても、蟹の甲に何故、ポケットがあるのか…。ああ、やっぱり小生は野暮だ。つまらない疑問ばかり浮かんでしまう。

 野暮天ついでに、我が駄句を並べておこう。恥を忍んで載せる。書くとは恥を掻くこと。恥を晒さないと何事も上達しないのだ(と言い訳しておいて):

 遊ばれて 踊りまくって 尻(けつ)捲る
 遊ばれて 遊びまくって 我忘る
 遊ばれて あなたを追って 濡れ落ち葉
 遊ばれて 仕事忘れて 生活破綻
 遊ばれて 句を考えて 日が暮れて
 遊ばれて 悦っちゃん思って 日が暮れて
 遊ばれて 遊びつかれて 日が暮れて
某サイトの川柳で遊ぼう掲示板で小生はこの七月から川柳に凝り始めた。その掲示板はどういう経緯で作ったのかと尋ねたら、遊び心で、だって。その掲示板も今はない。)

 雲霧の 山道通う 神韻よ
(某サイトの画像掲示板の神韻渺々たる写真を見て)

 花の色は 移りにけりも 塵ならず
(「竹馬やいろはにほへとちりぢりに   久保田万太郎」 に寄せて。年の八月末、浅草サンバカーニバルに我がチームのスタッフとして参加した際、浅草寺でたこ焼き休憩をしていたら、植え込みに句碑が。それが、この句なのだった。)

 世の人が みんな美人で 嬉しいな(近視だと)
 ヨン様の 行く手を阻む ヤー様ぞ(やいっち)
 そこの人 覗いてみてね 我が心(きゃ、覗かれた!)
 サザン聴き 南の空に 浮かぶ顔
(これらも、某サイトの掲示板での即興。汗駄句だ!)

 それぞれの句の出来た経緯など知りたくなったら、当該のサイトの掲示板に飛んでね。


 掲げた写真は、水曜日の営業が終わりに近付いた木曜日の早朝に撮ったもの。その翌日には台風の余波で激しい雨、やがて風がやってくるとは想像も付かない、秋晴れの空。雲一つとて、ないのだ。
 日曜日は、こんな台風一過の空となるだろうね。

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