金木犀に降る雨は
掲示板への書き込みで、金木犀のことが妙に気になってしまった。小生、仕事柄、都内随所の公園脇に車を止め、しばしの休憩を取る。ある旧宮邸跡の公園の片隅に金木犀が植えられている。小生の如き、花や木に疎い者にもそれと分かるようにと、金木犀と表示してある。
が、今年は、何故か、その公園の前で車を止めることがない…。と、思ったら、公園の前で工事していて、車を止め辛いのだった。なので、金木犀の花の咲き具合がまるで分からないのだった。
我がサイトの掲示板で一昨年、金木犀のことが話題になったことがある。小生のこと、せっかくだからと、「金木犀あれこれ」などというエッセイをその時に仕立てた。
今年は、またまた金木犀の話題が出たことだし、「金木犀の頃」という掌編を雨の降る音など耳にしながら、夕方に一気に書き上げた。内容は、前日には咲き誇った花が香が、翌日には風雨に一気に散り消え果ていたという光景を軸にした短篇で、失恋の物語である。金木犀の雨風に呆気なく散るという特性をイメージして小説にしたのだった(そのうちに、アップしたい)。
いろいろ遣り取りがあったのだが、その辺りは掲示板で確かめてもらいたい。
金木犀雨に散りしは夢の香か
三日の未明、ちょっと驚くことがあった。我が部屋に蜘蛛を見たのである。昨年、天井や壁などによく見かけたものだったが、今年になって、とんと姿を見かけない。きっと、死んでしまったか、我が家を捨て去ったものと思っていた。
が、その頃に見た蜘蛛より一回り大きな蜘蛛の姿を見た。間違いなく(直感だけれど)去年の蜘蛛だ。
なんとなく、嬉しい。旧友に会ったような気持ち。一人住まいの小生には唯一の友であり、共棲動物なのである。
一昨年に蜘蛛との再会を果たした時、「我が友は蜘蛛!」などという戯言(ざれごと)を書いたものだった。
今回、またまた再会(多分)を果たしたことでもあり、「「我が友は蜘蛛!」後日談 」を三日のお昼頃、せっせと書き綴ったものだった。これまた、できるだけ近いうちに、アップしたいものである。
蜘蛛よ蜘蛛 オレを慰めに 現れたの?
土日に懸けて、徹底して休憩し、タクシー業務での疲れを体から抜くことに専念した。日曜日の未明頃になって、ようやく完璧には程遠いとしても、まずます体が疲労困憊から、ちょっと疲れ気味かな、という程度までに回復した。その証拠に、エッセイを立て続けに書くだけの気力が漲ってきたのだ(ちょっと大袈裟。誇張表現。ま、大目に見てね)。
この週末、寺田寅彦の随筆集を読んでいる。小生の大ファンとなっている書き手だ。垂涎の書であり、滋味ある随筆を堪能させてくれる。その寅彦の「喫煙四十年」というエッセイで、興味深い一節を見出した。
それは、「しかし人間は煙草以外にもいろいろの煙を作る動物であって、これが他のあらゆる動物と人間とを区別する目標になる。そうして人間の生活程度が高ければ高いほどよけいに煙を製造する」という下りである。
この、「煙を作る動物」というのが、甚く気に入った。そこで、小生、古来よりの、人間の定義を思いつく限り拾い集めてみることにした。その上で、この寅彦の定義について、考えてみようと思った。
小生、寅彦は、この定義を随筆の気侭というか座興で、ちょっとした思い付きを書き連ねただけなのかと思っていたが、どうやら、そうでもないようである。
が、ま、先を急いでも仕方ない。今日は、「人間を定義する」という雑文を綴っておくに留めた。これもまた、そのうち、多分、メルマガにて公表するつもりでいる。
さて、そのメルマガ、このところ、滞り勝ちであるが、今夜半、なんとか配信した。通巻で354号である。イチローの偉業に匹敵するというわけにはいかないが、小生なりに、一つ一つ、何がしかのモノを積み上げていきたいのである。
汗駄句川柳のことを忘れているわけではない。が、段々、あちこちに書き散らした川柳を拾い集めるのが面倒になってきた。目に付いた幾つかを拾うだけにさせてもらう:
野路菊や 賽の河原で 咲くのかな
(これは、三途の川が話題になっていたことでもあり、また、あるサイトで、野菊の句を見掛けたという偶然が重なったので、じゃ、賽の河原では、菜の花ばかりじゃなく、野菊(野路菊)も咲くのかなと、ふと、疑問に思ったのであった)
ステーキの 末期の喘ぎ 屁一発
(要するに、ステーキを食べて、最後には屁を放ったという、なんということのない句なのである)
ナナカマド 決して竈(かまど)じゃ ありません
(これは、ナナカマドがあるサイトの掲示板で話題に上っていて、あれ、これって、花なの、それとも、特殊な竈なの? と、ふと、疑問に思い、ネットで調べ、ナナカマドは決して竈の一種などではなく、立派な花の一種なのだと分かり、自分に言い聞かせる意味もあり、ひねってみた句なのである)
小生、ほかにも戯言を綴っている。そのうちの一つだけ、例として掲げておく。これも、某サイトの掲示板で、口裂け女の話題が出ていたので、せっかくだからと、詩文(?)を綴ってみたのだった:
口裂け女も怖いが、口だけ女も怖い。
口だけ女も怖いが、愚痴だけ女も怖い。
愚痴だけ女も怖いが、ブスっとした女も怖い。
ブスッとした女も怖いが、無知な女も怖い。
無知な女も怖いが、顔がブチ模様の女も怖い。
顔がブチ模様の女も怖いが、グッチだけ(買わせる)女も怖い。
グッチだけ女も怖いが、女の居ない世界は辛い。
困ったものです。
愚痴だらけ 不満ばかりでも 仲良くね
掲載した写真は、木曜日の営業が終わりに近付いた金曜日の未明、ある住宅街で見掛けた、有明の月の光景である。写真では、ポツンと小さく満月を数日過ぎた月影が見えるだけだが、肉眼では、結構、ポッカリと大きな月が浮かんでいたのだった。
それにしても、三日に予定されていたサンバパレードが中止になったのは、残念だった。
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