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2004/10/11

台風の過ぎたあとに

 台風一過の快晴を期待したけれど、空しかった。せめて、十日の我が日記に掲載した写真で秋晴れの雰囲気を味わって欲しい。
 日曜日。今日は終日、だらけた状態で過ごした。先週末の仕事が、珍しく忙しかったこともあり、ひたすら体の疲れを抜くことに徹していたのである。今日はサンバパレードが所沢であったのに、行かなかった。いろいろあって、元気が湧かなかったし。
 そうはいっても、せっかくの休日、台風の過ぎ去った穏やかな一日、何もしなかったわけではない。
 まずは、一ヶ月近く滞っていた、「駄文、駄洒落、語源の殿堂!」の部屋に新作をアップ:
「独活と竹の子/夏ばてだ」
「独活と竹の子」から、その一部を引用してみる:

 尤も、竹の生長する力も、時には厄介物だったりする。万が一、家屋の床下などに竹の子が芽吹きでもしようものなら、大変な事態がやってくることになる。気がつかないまま、数日間でも家を開けて、さて、帰宅してみたら、竹が床を破り、天井をも突き抜ける、なんて悲惨な光景を目の当たりにすることになりかねないのだ。

 竹の驚異的な生長を狂言回しに使った掌編がある。タイトルも、「筍 の 家」である。
 小生が好んで扱う<ボク>ものの掌編で、お袋に連れられてお袋の田舎に行く。
 普段、悪戯ばっかりするボクは、山深い中を分け入る田舎の道を歩いているうちに、だんだんと不安になってくる。ボクは、もしかして、お袋に嫌われて、山の中に捨てられてしまうんじゃないか、と。
 さて、ボクの運命や、如何に、というお話である。

「夏ばてだ」」は、今年の夏の異常な暑さにめげて書いた駄文である。夏が来る前に冷蔵庫がダメになり、夏を遣り過すのに苦労したものだった。
 この小文では、夏ばてという症状についての説明も試みているが、それ以上に、小生のこと、語源探索に勤しまないわけがない。
 皆さんは、夏ばての「ばてる」の語源は何処にあるか、ご存知だろうか。答えは、「走り疲れた○△」という動物なのである。尤も、異説もある。
 さらに、小生自身の憶測逞しい珍説も示している。

 掌編作品の部屋に、「アガパンサスの花言葉は」という作品をアップした。
 これは、「アガパンサスの花言葉は……恋の訪れ」を鍵にしている小品である。純愛モノのような、アバンチュールの恋のような。その正体は、皆さんが読んで確かめてほしい。
 尚、この掌編のタイトルとなった、「アガパンサス」という花(の名前)は、keiさんサイトの「FLOWER
Gallery」にある彼女の絵画作品で知ったのである。
 もっと言うと、その絵を挿絵に使いたくて、せっせと書いたのだが、出来上がったものが今一つなので、挿絵に使わせてくださいとは言えずにいる。悲しいことである。
 ま、せめて、作品だけでも、皆さん、読んでみて欲しい。

 日曜日の午前、小生は、せっせと掌編を書いていた。とりあえず、完成はしている。タイトルは、「ディープタイム」である。本作は、あるサイトの絵日記にあるクラゲの絵を見て、一目で気に入り、これまた、その絵を挿絵に使いたい一心で、せっせと書いたのである。
 しかも、これはそのクラゲの絵を見ての、第二弾である。第一弾のタイトルは、「ディープブルー」である。
 このタイトルで、映画好きならピンと来るだろう。そう、あの今夏、評判になっていた映画「ディープ・ブルー」である。そのサイトの方が、その映画を見て、印象に残った一場面を描いてみたというわけのようだった(映画のタイトルに敬意を表して、小生の掌編にはドットを省略している)。
 映画は小生、見ていないのだが、せめて、雰囲気だけでも味わいたいものと、我が虚構世界のスクリーンをビンビンに張って、自分なりの世界を映し出してみたというわけである。
 が、悲しいかな。第一弾は、気に入らず、約二週間ぶりに、第二弾に挑戦したというわけだった。
 アップは、未だである。その際には、二作品ともにアップするつもりでいる。

 さて、居眠りを幾度となく繰り返した挙句、夜になって、小生は、また、別の仕事に取り掛かった。
 書き上げた小文のタイトルは、「前田普羅のこと」である。

 これについては、冒頭の一節を引用することで、事情などを説明したい:

 奥野達夫氏から、『青花堂(しょうげどう)』という小冊子(非売品)を贈呈していただいた。その直前に我がサイトが5万ヒットしたばかりだったので、そのお祝いに戴いたような、勝手な受け止め方をつい、したものだった。
 小生が、前田普羅の存在を認識したのは、実にこの冊子を読んでのことだったのである。
                            (引用終わり)

 前田普羅は、越中風土を詠んだ虚子門下四天王の一人なのだが、戦火に見舞われ、疎開の地として富山(福光町)を選んだのである。
 詳しいことは、後日、メルマガか、あるいは直接ホームページに、この小文を載せるので、その際、覗いていただければと思う。この前田普羅は、一時期は、我が郷里の村にも住んでいたことがあったらしい…。
 実は、ここにかの版画家・棟方志功も絡んでいる。
 せっかくなので、一つだけ、前田普羅の句を掲げおきたい。

 鰤網(ぶりあみ)を越す大波(おおなみ)の見えにけり

 最後のこの「前田普羅のこと」を書き上げるには、四時間ほどを要してしまった。毎度のことだが、書くだけなら早いのだが、ネット検索して資料を掻き集めるのに苦労するのだ。一つのエッセイやレポートなどを書くのに、書く時間の二倍以上の時間をネット検索やサイト巡りに費やすことになる。
 尤も、四時間の間に、小生のこと、居眠りの一時間が含まれていることは、内緒である。

 読書のほうは、寺田寅彦の随筆(随筆集の第五巻)をゆっくり噛み締めるようにして読んでいる。秋の夜長に読むためにと、まだ本が買え蔵書(随筆集は全六巻である)にしておく余裕があった時代に買い込んでおいたものだった。蔵書があって、実に助かる。それこそ、ワインでも嗜むように、ちびりちびりと読み進めているのである。
 しかも、まだ、第六巻が残っているし、それを万が一、予想以上に早く読み終えたなら、中谷宇吉郎の著作集が待っていてくれる。待ち合わせする相手はいないけれど、いつまでも待っていてくれる蔵書が小生にはあるのだ。

 さて、このように、喰っちゃ寝の生活の合間に、チビチビと読書や執筆を楽しんでいる。
 そうはいいながらも、サイト巡りを欠かしているはずがない。
 で、巡るたびに、それこそワンちゃんがオシッコで印を残すのを真似ているわけじゃないが、駄句を書き残していく。
 そんな駄句の数々を恥を忍んで(と、言いながらも、あまり恥ずかしくない。厚顔無恥にでもなってしまったのか…。紅顔の美少年が、変われば変わるものである)、列挙しておこう。

 鍋焼きの 具は内緒なの だってクマだし
 クマさんの 宴会誘われ 餌になり
 河童だもの 雨に濡れても 平気だね
 夏枯れが 秋枯れとなり 木枯らしだ
 花すすき 頬を撫でよと 風の吹く
 紅葉狩り 夢の山野を 我が手にす

 これらの句は、今まで紹介してきたサイトの掲示板に散らしてきたもの。どんなサイトかは、紹介済みなので、興味のある方は、過去の日記を読んでみて欲しい。

 十日の日曜日には引越しをした友人から、遊びに来ないかという誘いをメールで受けた。朋あり遠方より来る、である。その日は、タクシーの営業の日だったが、スケジュールを変更して、お邪魔するつもりである。
 また、日曜日は、我がお袋のン回目の誕生日。何も出来ないので、電話だけ、入れた。
 サンバパレードに行かなかったこと、後悔している。でも、仕方ないんだよね。

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