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2004/09/23

秋の雨

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 掌編のこと
 小生は、あまり考えないで川柳(と称していいのかも分からない)を作っている。風景を見たり、写真を見たり、何かのメッセージを読んだり、時に、思い出の中の光景を脳裏に思い浮かべたりして、そのイメージを句に置き換えている。
 そこには、もしかしたら、思わず知らずの作為が働いていないとは言えないのだろうけれど、小生としては、ほとんど考えもしないで、せいぜい語数(5・7・5)だけには多少、神経を払う程度で、即興でひねり出す。
 その意味で、所謂、創作というには、ちょっと安易過ぎるものなのかなと、感じている。
 しかし、それでも、ひねり出す一瞬の作為の中に、創作というのは大袈裟なのだとしても、何かしらの創造の作用がないとは言えないようだ。
 小生は、掌編を相当程度、書いている。今年も今のところ、73個、作った。全て、基本的には創作。実話に基づいているように見えて(読まれる方に、実話に見えてくれるなら作者冥利に尽きるのだが)、実際には、実体験から端緒(契機)を戴いているだけ。
 実際のところは、徹底して虚構の営為であり、虚構空間での現実空間の創出を懸命に企図している。その、あるようでいてない光景を叙述するのは、なかなかに難しい。目で実際に見た光景ではまるでないのだから、ない世界をあるかのように描かねばならない苦労は、並大抵でなかったりする。

 その際、風景描写など、川柳の句を捻るより、はるかに困難な捻りの営為が脳髄のどこかで行われている。比喩は可笑しいのだが、万葉集が、時に生活感情が生々しく詠われるのが、古今集には、表現の洗練もあり、庶民というより、貴族的な風情になりかけている。それが、新古今集となると、もう、浮世離れしてしまっている。表現の可能性が尽くされてしまっていて、残されているのは、徹底して表現の技術の洗練さだけ。情緒などが生のものとは切り離されて、抽象的な感情表現に成り果てているのだ。
 さて、小生の掌編において描かれているのは、万葉段階の生の感情というわけではないのだろうか。徹底して虚構空間において現実を描くとは、新古今集的抽象空間に彷徨ってしまっているということなのだろうか。
 その可能性がないわけではない。が、本人としては、ある種の抽象感覚表現に陥る危険性ギリギリの、瀬戸際にいることを感じつつも、実際には、常に万葉集を意識している。表現の洗練度より、生の情感をこそ、大事にしている。
 というより、生の情を何より大事にするからこそ、実際にあったこと、実際の思い出ではなく、虚構の、物語られた空間を創出するのであり、その空間において初めて吐露しえる、手付かずの、生の、熱々の、触れれば血の吹き出るような、そんな情念・情感をいかに、形そのままに提示できるかを常に念頭に置いているのである。
 またまた、表題とは、まるで違うことを書いてしまった。秋の雨は、独り者には、ちょっとツライ。空っぽな心の中に、雨音が鳴り響いてしまって、結構、胸が痛んだりする。
 それはそれとして、時折、小生の掌編などを読んでくれたと掲示板に書き込んでくれる人がいる。それは、音沙汰のなかった人からの、思いがけない便りが届いたような、しみじみとした嬉しさに似た感情を呼び覚ます。
 さて、一つは、わりと最近、HPにアップした、「蛇の祟り」であり、もう一つは、「呟き」である。
 そういえば、「猫と扇風機の思い出」を読んだと、感想を書いてくれた人もいたな。この三人(三件)が、昨日の読者の全てなのかな。
 せっかく、書いた小説だもの、読まれないとね。


 さて、駄句の嵐は続いている。

 紫苑さんに、東尋坊の写真を戴いた。その写真などを見ながら:
 
 東尋坊 藻屑に絡む 怨念か
 東尋坊 水平線を 見渡して

 michioさんとは、相変わらず、川柳での遣り取りを:

> おお彼岸 猫もきゃっと 驚くね   michio

 墓参り 手向けの酒を 待つ人よ
 墓参り 手向けの酒は 誰のもの
 墓参り 手向けの酒は 飲むが勝ち
 墓参り 猫も杓子も いつか彼岸だ
 墓参り 彼岸へ行くは 早い者勝ち(えっ?)

> 秋こぬと 雨は降る降る 月も泣く   michio

 秋雨は 断てぬ未練を 鎮めるか
 秋の雨 大地は潤み 月憩う
 秋来ると 夏が懐かし 我が身かな
 秋来ると 冬が近いと 我怯え
 秋来ぬと 雨の音にも 知られけり

> 猫の恋 やいっちゃんには 来いの猫   michio

 猫の恋 お天道様も 眩しそう
 猫の恋 お天道様も 照れてるね
 猫の恋 囃すがごとき 激しさよ
 猫の恋 急かされても 相手なし
 猫の恋 鎮まる頃に 夜は明けて

 掲載した写真は、火曜日の営業が終わり、水曜日の朝に帰宅した。その朝、帰宅途上に通る道で撮ったもの。ほんのしばらく前までは、朝焼けだったりしたのだけど、もう、すっかり日が上がっている。徹夜の目には眩しい。

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