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2004/09/20

週末は徒然なるまま創作三昧

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 土曜日に少し無理を押して武蔵境で行われた祭りに出かけた。その後に、鍵にまつわるトラブルがあったりして、その疲労などの後遺症が、ずっと尾を引いた。今日も休みだったのだけれど、ずっと、寝たきり。昨日から、ほとんどロッキングチェアーで過ごしていた。
 それでも、週末の連休には、この夏場、ずっと読みつづけていた藤沢周平の本の十冊目を読破し、池波正太郎の『雲霧仁左衛門 上・下』(新潮社)も読了することが出来た。この夏は、両大御所の時代小説三昧だったわけだ。
 その合間には、山本健吉の俳句の本、芭蕉の「おくの細道」などをつまみ食いしながら、俳句とは川柳とは、なんて、つらつら思いをめぐらしたりしていた。
 さて、小生、今年は米百表ならぬ掌編百篇の精神で、自分なりに頑張ってきた。六月までに50篇を書き上げ、7月は8篇、8月は10篇と書きつづけ、先月末までで68篇。
 が、先月末から今月に懸けては、サンバパレードにギャラリーしに行き、そのレポート作成、さらには苦手な写真のアップ作業に時間が奪われ、肝腎の掌編がなかなか手が付けられないでいた。
 そこで、昨夜は「彼岸花の頃」を曼珠沙華(彼岸花)を狂言回しに使って書き、今日の午後は、アガパンサスという花をトリックスター的に使っての「アガパンサスの花言葉」という掌編を書き上げた。

 このアガパンサスという花、南アフリカ原産で、和名はムラサキクンシラン(紫君子蘭)であり、アガペー(愛)とアンソス(花)の二つの語の組み合わせからなるアガペサントスが語源になっているとか。
 花言葉は、「恋の訪れ」とも、「知的な装い」ともいう。
 この花の存在を小生は、あるサイトの花を描いた絵を集めた頁で知った。とても、興味深い花。なんとしても、この花で小説を仕立てたいと思ったのである。
 この両作品と、これまでに書いた「案山子とボクと」「真夏の夜の出来事」「イチジクのネロ」をあわせ、これで今月は5篇。今年の通算では、73篇となる。いくら即興で虚構作品を綴るのが好きだといっても、ネタはとっくに尽きているし、これからいよいよ深まり行く秋の過ごし方としても、なかなか厳しいものがありそうな気がする。胸突き八丁に差し掛かっているような気もする。
 あるいは、もっともっと先にこそ、産みの苦しみが待っているのだろうか。
 さて、ホームページの更新も、ボチボチ、やっている。連作掌編の部屋に「案山子とボクと」「蛇 の 祟 り」の二作品をアップ、サンバの部屋には、ついこの土曜日に行ってきたパレードのレポート「「武蔵境舞祭」へ」をアップ、さらに、「04年浅草サンバカーニバル」には、写真を追加で掲載した。
 また、公表には至っていないが、富山の部屋の更新が滞っているので、昆布に焦点を合わせて、「富山と北海道と昆布と」という雑文を書いた。なんといっても、小生は富山の人間なのだ。以前には、やはり富山と北海道の交流ということで、「富山とコロッケ」というエッセイを書いている。掌編にしても、全部ではないが、ほとんどが、富山市の我が郷土、といっても、今は失われてしまった風景・光景が土台に成っている。 
 敢えて地名などは、小説の中にほどんど記さないが、心象風景としての幼い頃の風景が常に脳裏を掠めていることは間違いない。
 但し、小説は基本的に虚構である。実話はエッセイ(やレポート)で、創作は小説(掌編など)で、と決めているのである。現実の何かしらの出来事からヒントや、物語の切っ掛けは得るけれど、それは契機であって、冒頭の一行か二行、書き出すと、もう、そのほんの数行が小生の脳裏には強烈な存在感を持って刻まれる。現実の一切は消え去ってしまう。あるのは、虚構上の、物語上のリアリティだけ。
 そう、ひたすらにリアリティだけが小生の追い求めている全てなのだ。
 では、一体、リアリティとは何だろう。俗に言う生き甲斐? まあ、大雑把な言い方をすると、存在感、生きていることの確認としか言えない。小生は、理論家ではないので、やっていることの理路整然たる説明は、苦手。下手な説明は遠慮させてもらう所以である。

 さて、掲載した下手くそな写真は、武蔵境での「武蔵境舞祭」のポスター。何処かの店先に貼ってあるものを、頂戴とお願いしてもらってきたのである。
 ん? 小生としたことが、川柳を一句もひねっていない?!
 
> かなかねと 急かす日暮 質の前   michio

    風流を 気取ってみても ないものはない   弥一

> 蛇の目には 母をむかえる ちびの顔   michio
   
    秋の雨 濡れていくには 冷たくて    弥一

 あっ、これも載せ忘れている。あるサイトで差別の問題が話題になり、その流れで、小生は、さて、コオロギなどの秋の虫は風流だと愛でられるのに、何故、ゴキブリは毛嫌いされ虐待されるのか、という疑問を呈したのだった:

 コオロギや 今生の契りと 鳴きすさぶ
 ゴキブリや 台所の隅で なに思う
 嫌われても 嫌われても 元気なゴキちゃんです


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コメント

こんにちは、毎日の誕生花と花言葉が写真付きでわかるブログを作りました。興味が有りましたら暇なときに見てください

投稿: のんのん | 2004/10/02 15:17

 のんのんさん、今ごろ、コメントに気付きました。ごめんなさい。素敵なサイトです。小生の誕生花は、アドニスだとか。地味だけど健気に咲いていますね。

投稿: やいっち | 2005/01/12 22:37

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