2019/05/23

足洗潟公園 足洗の謂れ

 1558509617773197 ← 昨日、たまたま通りかかったので、撮影した公園。画像も紹介した。名前は、「足洗潟公園(あしあらいがたこうえん)」。富山県射水市海老江(えびえ)にある。以前も立ち寄ったことがあり、変わった名前だなと、ただ通り過ぎていた。翌日である今夜、せっかくだからと調べてみたら、なんと、「その昔、親鸞聖人がこの地に立ち寄り、足を洗ったことから足洗潟の名が付いた」とか。
 池や沼ではなく、潟だとか。違いがよく分からないが。 

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2019/05/21

神々は今も君臨するのか 『白鳥伝説』再び

270657 ← 魯迅 作『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇 吶喊』(竹内 好 訳 岩波文庫)  「人が人を食うという妄想にとりつかれた「狂人日記」の「おれ」,貧しい日雇い農民でどんなに馬鹿にされても「精神的勝利法」によって意気軒昂たる阿Q.表題二作とも辛亥革命前後の時代を背景に,妄想者の意識・行動をたどりながら,中国社会の欺瞞性を鋭くえぐり出す.魯迅(1881-1936)最初の作品集『吶喊』の全訳」 

 阿Qを筆頭にどの作品の主人公たちもやや頼りない、ふがいない奴ばかり。それなりにプライドはあるのだが、現実の中で空回りするばかり。無論、魯迅は意図的にそうしている。恐らくは、底辺を生きる民衆の風俗や生活ぶりを描くことこそが主眼に思える。
 一歩間違えると、魯迅による体験記と見なしかねない。が、辛うじて魯迅の筆が単なるエッセイ(思い出の記)から飛躍させ、虚構作品として長く読まれるような普遍性に届こうかという作品群に仕立てている。一昨日から読みだして、仕事の日を挟んで、今日、読了した。感想は敢えて書かないが、幾つかの作品は印象に残った。

 

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2019/05/19

愛犬の代わりの狼王ロボ

269961  ← 大江 健三郎著『キルプの軍団』(岩波同時代ライブラリー)「高校生の「僕」は,刑事の忠叔父さんとディケンズの小説『骨董屋』を読み進めていくうちに,とてつもない「事件」に巻きこまれてしまう.――人間の悪と罪,そして「ゆるし」,「癒し」とは何かを追究した大江文学の結晶」

 19日付朝日新聞の鴻巣友季子氏「今読む 大江文学」欄にて紹介されていた。「本書を一冊読むことは、何冊もの本を読むことに値する」「作品の内と外にある無数の物語が響きあい、解釈が掛けあわされて、全く新しい世界が生まれでてくる」と。

 なかなか大江文学に親しめないでいるが、それでも、この数年、なぜか中上健次文学と相次ぐように読むようになってきた。鴻巣さんの紹介の巧みさもあり、読みたくなったのである。

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2019/05/18

今は失われた中国(清)の面影…実像

1558163724581487  ← 昨日、柵(棒)が足りなくて中途になっていた、ナスやキュウリなどの畑。既に役目を終えていたキウイフルーツから支柱を持ってきた。何とか柵、完成。

 昨日、久しぶりに(令和初めて、今年に入って3回目)掃除をした。といっても、廊下の一部をウェットペーパーで拭いただけ。庭や畑、町内会の雑用、一応の仕事などで忙しく(← サボるための言い訳)、何処かで手を抜く。外回りの怠慢は近所に迷惑。家の中は、来客のない我が家は汚れ放題でも問題ない。ただ、一寸だけ掃除してみて、廊下の見違えるような変貌ぶりに感激。やはり、たまには掃除するもんだ。

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2019/05/17

検査結果が思わしくない

1558093351190913  ← 畑のカボチャやスイカ畑に柵やネットを張る作業。蔓が伸びるからネットは不可欠。ナスやキュウリ、トマトの畑には、柵を設ける作業。こちらは、ネットは要らないが、支柱や柵を縦横に。 

  そういえば、ジャーマンアイリス、咲いていたんだった。昨夕、庭仕事してて気が付いた。何故か生け垣の透き間、コンクリート壁の際に育っていて、何だか栄養失調気味。生存闘争に押され勝ち。植え替えて、他へ? 近所のジャーマンアイリスは立派なんだけど。

 今日、30日に一度通院の内科医院へ。前回、検便した結果が思わしくない(血便)。大学病院で検査を受けることに。糖尿病も一段と悪化。悲しい。

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