2017/02/25

『里山資本主義』やら中村 弥作「 幼い記憶」など

 今日は火事に、じゃない、家事に専念。この数日の強風で家の外が心配で見て回ったら、案の定だった。車道沿いの出窓の庇に被せてあったトタンが破れ一部、出窓のほうへぶら下っていた! むろん、手で引き千切った。見ると、庇自体、古くてトタンの下の板切れが腐敗し始めている。
 腐敗しかけているのは、他にも何か所も。

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← 塩田武士 作『罪の声』(講談社) グリコ森永事件の真相に迫った本。未読なのだが、この表紙の絵が気になった。調べてみたら、中村 弥氏による「 幼い記憶」という作品だった。「シェル美術賞2005」の入選作品。 (「シェル美術賞2005 受賞・入選作家一覧」参照。) この方の他の作品も観たくなった。

 家の外、他に日除けのシートをぶら下げている金具が外れかけていた。畑などの防草シートなども一部、剥がれていた。一番、心配だったパイプ車庫に被せてある防水シートだけは、無事だった。いつもながら、強風吹き荒れる翌日は、パイプ車庫自体が飛ばされていないか、心配でならない。

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2017/02/24

人生のピーク ? !

 今日は、昼間は、暖房を切っても大丈夫な暖かさ。だからだろうか、陽気に誘われて、茶の間の窓外の野原(元は田圃だった)にアオサギが飛来し、啄んでいた。まだ、餌となる虫はいないだろうに、野性って大変だなー。

 吾輩の人生のピークは、中学一年生だった。勉強は一切せず(一学年400人の中で、下から数番目をキープしていた)、ただただ授業中、先生を含め、みんなを笑わすことに徹していた。ああ、栄光の日々よ、遠すぎるぜ!

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2017/02/22

梯久美子著『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』をこれから

 富山ゆかりの作家は、少ないとはいえ、思ったよりはいる。富山が舞台の小説も結構ある。富山の名物やお土産もいろいろある。今、探しているのは、小説(作品)に絡む、ゆかりのお菓子やお土産。

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← 梯久美子著『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)

 月世界、抹茶とまでは言わないけど、緑茶が相性がいいな。大野屋の常夏(とこなつ)とか、特に、志乃原の江出の月(えでのつき)が緑茶と合う。鈴木亭の杢目羊羹もいいなー。あと、未だ食べてないけど、五郎丸屋の生菓子『冬ざれ』が気になっている。大野屋の『高岡ラムネ』も最近、話題になっているとか。竹林堂の『甘酒饅頭』は定番過ぎるか。みんな、お茶の友だ。

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2017/02/21

早生まれの意味、生きることのなつかしさ

「早生まれの意味、生きることのなつかしさ」(02/05/24)

 小生がガキの頃、お袋がよく近所の人とかに「この子は早生まれだから…」と言うのを聞いた覚えがある。
 同時に、その言い方の中にかすかに言い訳がましいニュアンスが含まれていることを、幼いながらに感じていた。 
 鈍感な小生は、思春期も大分過ぎてから、ようやく「早生まれ」の意味が理解できるようになった。そして、何故にお袋が弁解口調で語っていたかの訳も。
 早生まれというのは、「1月1日から4月1日までに生まれた人のこと」である。この4月1日というのには、微妙な意味合いがある。「法律上で1歳年をとるのはいつかという区切りについては、民法第143条の《暦による計算》がその根拠となってい」るという。詳しくはこのサイトを参照してほしい。

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ジョージ・エリオット『ダニエル・デロンダ』読了

 今日、プール通い再開3回目。初日の倍を泳いだ。といっても、25メートルを6往復。まだまだアイドリングです。泳いだ後の抹茶カフェが美味しい。

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← ジョージエリオット 作『ダニエル・デロンダ〈3〉』(淀川 郁子訳 松籟社)

 未だに日本は単一民族国家だという幻想に囚われている人が多い。夢見るのは勝手だけど、アジアの中で極東の島国だって位置を忘れちゃいけない。北方系、南方系、大陸や半島系など(さらにはインドや中東など)の寄せ集め国家だという厳然たる事実は遺伝子研究からも動かないのだ。:
記者会見「日本列島3人類集団の遺伝的近縁性」 東京大学
崎谷 満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』!
「日本人になった祖先たち」の周辺

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